「好きじゃないのに」
そう言って不服そうに眉を顰める君は顔全体を真っ赤に染めていた。
君が見つめる先には僕は居ない、僕ではない他の人間だ。
僕はそんな君に「じゃあ僕にしなよ」なんて言えない。
僕なら、君をそんな顔にさせたりしないのに。
でも正直視線の先の彼が羨ましかった。
だって彼女がこんなにも感情を露わにしてるんだから。
彼は見向きもしないんだろうけど、それでも僕は彼女の恋人になりたいだなんて言えなかった。
悔しくて拳を握った。
「好きじゃないのに目が離せないんだ?」
僅かな抵抗をすると彼女は黙り込んでしまう。
あぁ、そんなにも好きなんだね。
もう隙間すら無いんだね。
「良いんじゃないかな、僕は応援するよ……僕は友達だから」
そう、友達だから。
君の隣に居る理由はそれだけで良い。
君がただ笑ってくれるのならそれで良い。
「……鈍感」
その声に僕は気付けなかった。
街灯の灯の下、寒空の下で君を待つ。
雪がまばらに落ちていくのを眺めながらひたすらに君を待つ。
車が通る度に君だろうかと目で追ってしまう、だけどその車には君は居ない。
溜息混じりに空を見上げてもただ時間が過ぎてゆくだけ。
次第に車の数も減っていって、残された私は1人ポツンとその場に立っていた。
「バカみたい」
この時間は無駄だったのかもしれない。
君の心がまだ私に向いていると思い込んでしまった、自覚したくなかったから気付きたくなかったから間違いであってほしいと思ってしまった。
だけど、現実はそう甘くなかったのだ。
頭に僅かに積もった雪を払って暗闇へと歩み始める。
明日からひとりぼっちだ、笑える。
涙すら出てこない、悲しいはずなのに。
付近の建物の灯りはもう消えた、そして私もそんな暗闇に惹かれるように流れていく。
街灯の灯りがバチバチと点滅する中、ひとつくしゃみをした。
バカは、風邪引かないんじゃなかったのかな。
2人きりの小部屋、カタカタと秒針だけが響いている。
緊張してる貴方の顔をじっと見つめていると目の奥が熱く痛くなってくる。
目の前に置かれてるものはぼやけて形が何なのかは分からない。
紙、のようにも見えるし箱、のようにも見える。
だけどそれに意識を向ける事は無かった、ただ貴方だけを見つめている。
妙に思考が安定しない、何か突拍子もない事を口走りそうなそんな変な感覚。
手を伸ばせば急に世界が変わってしまうような不安。
貴方の口の動きを見ていても、脳が言葉を理解してくれない。
身体が軽い、ふわふわと飛べそうだなとおかしな事を考えてしまう、何故こんなにも集中出来ないのか。
そんな事すら考えられない、今は目の前の貴方しか見れない。
気付いたらテーブルの上にあったはずのモヤは消えていて秒針の音も別のものに切り替わっていた。
彼の声が鮮明に聞こえ始めた。
あぁ、聞きたい。
聞きたい。
胸糞悪いスマホのアラームがそこで鳴った。
あぁ、今日も聞けなかった。
脳はまだ眠っているのに体も視界もハッキリしているのが苦痛でしかなかった。
今日も君の答えは聞けなかったよ。
もう君の声は聞けないのに、どうして夢の中でまで君は焦らすんだよ。
鼻腔を擽ぐる線香の香りに現実を感じてしまう。
夢が醒めてしまう前に、本当に1度で良いから。
お願いだから、あの日の続きを聞かせてよ。
「恋の病とはよく言ったもんだ」
赤面して俯く私に対して君は酷くぶっきらぼうにそう言ってのけた。
大して興味も無さそうに。
私にとって覚悟に近かったのに、あっさりとそう言われてあからさまに落ち込んでしまう。
貴方を目で追いかけるようになって、性格はあまり良くなかったけど輝いて見えてしまったのだから恋は盲目なんて考えた人は凄いと思う。
ごめんねと無理矢理笑う、声はきっと震えていた。
そんな私の言葉に無言で腕を引っ張り引き寄せる。
意地悪なその笑顔は私の好きだったもので。
きっと揶揄われ続けるんだ、弄られてしまうんだと目を瞑る。
瞼に感じた優しい温もりに、彼の香りに、一瞬で脳が覚醒する。
「恋の病なんて、そんな可愛いもん俺には似合わないだろ」
瞼に、額に、頬に……柔い感触がじわりと広がる。
揶揄われてるのか分からない。
顔を上げると夕陽灯に照らされて綺麗な顔が視界に入ってくる。
胸が、痛い。
痛いよ。
どうしようもなく、やっぱりどうしようもなく君が好きだ。
頬を撫でる手は優しすぎて辛い。
「俺のビョーキも、お前のビョーキも、一緒に治していくか」
無邪気に見せた照れ隠しの笑顔は、どんな表情よりも好きで締め付けられる痛みに胸を抑えた。
再度瞳を閉じて彼を待つとその痛みはすうっと引いていく。
私と君の処方箋はここに存在する。
キラキラ輝くような恋なんかじゃない、誰かの幸せの裏にひっそりと潜むような目立つ事の無い恋だけれど。
貴方のその優しげな瞳を独り占め出来るのだと思うと、我儘な高鳴りはやめられない。
隠れて再び重なった唇はお互いを溶かすような、そんな淡くて甘いものでした。
いつからこんなに臆病になったのだろう。
いつからこんなに弱気になってしまったんだろう。
子供の頃は何でも出来る気がしてた、空だって飛べると思ってた、超能力だってきっと身に付けられると思ってた。
そんな名も無い自信に満ち溢れていた筈なのに。
それなのにいつからこんなにも自信を無くしてしまったのだろう。
誰かに優しいのは嫌われたくないから?
誰かに相槌するのは仲間外れにされたくないから?
誰かに言い返せないのは怒らせたくないから?
のらりくらりかわして生きていくのは自分を壊したくないから?
あぁ、いつからこんな人間になってしまったのだろう。
怖がりな僕はそんな事を考えながらまたあの気持ちの悪い朝を迎えた。