つぶて

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9/25/2024, 1:47:56 PM

窓から見える景色

 どんな人が好きかと聞かれたら、電車で窓の外を眺めているような人、と答えるのはどうだろう。そんな使い所のないことを考える。電車に乗るたびに思う。いつ何時もスマホを見ている人が苦手だ。忙しくて、やりたいことが多くて、それをこなしている人は尊敬している。だけど、自分とは波長が合わないだろうとも思う。のんびりと、もう少し言えば、何を考えてもいい時間が好きなのだ。それを理解してくれる人と一緒にいたい。
 最近では電車で何もしない人は少ない。ぼんやり立っていたら、スマホを覗かれたと勘違いして睨んでくる人もいる。必然的に、窓の外を眺めることになる。
 ガタゴトと音を立てる車両が橋にかかる。夕日がきらきらと水面に映えていた。綺麗だと思い、でも水質は汚いはずだと思い直す。都市部の河川だ。川底には多くのゴミが落ちているに違いない。
 水を見るというのは、物事を見ることの象徴かもしれない。浅い角度では表面しか見えず、覗き込むことで底深くまで見える。そういえば、水は屈折により実際より浅く見えるともいう。見えているようで、浅くまでしか見えていない。これは耳が痛い話だ……。
 そんなどうでもいいことを考えながら、今日も僕は帰り道を行く。

9/24/2024, 1:32:01 PM

形の無いもの

天井のシミから目を離せないでいた。
「何見てんだ?」
飼い猫が興味深そうに訊いた。
僕は寝返りを打って背を向けた。
「別に何も」
「ニンゲンは俺たちに見えないものが見えるらしいな」
「お前だって何もないとこを見つめるだろ」
「あれは幽霊を見てんだよ」
フェレンゲルシュターデン現象は正しかったらしい。
「どうしたんだよ。悩みってやつか?」
「……そんなとこだよ」
猫はぺろりと舌を出した。
「悩みって、どんな見た目なんだ? 恐ろしいか?」
「形なんてない。見えるものじゃないよ」
「形がないのに怖いのか?」
「そうだよ」
「今ここにいるのか」
「今はいない」
飼い猫はつまらなさそうに言った。
「ならいいじゃん。美味いもんでも食って寝たらどっか行くって。それより飯出せよ。久しぶりに缶詰のやつ開けるってのはどうだ」
「お前、腹減ってるだけだろ」
猫は僕の背中に押し潰されないよう飛び退いた。
その黄色い目は、いつだって形あるものを見ていた。
少しは見習ってやるか。
弾みをつけて立ち上がると、猫は上機嫌についてきた。

9/23/2024, 1:01:46 PM

ジャングルジム

 ジャングルジムの頂上で、恐る恐る立ち上がった時のことを思い出す。夕暮れ時。クラスメイトたちが姿を消してから、煮え切らない自分と決別するために、骨組みに足をかけた。最上段まではすぐに登れた。あとは立ち上がるだけだった。肝を冷やすには十分な高さ。手を離してしまえば、自分を支えるものはないこともわかっていた。最初に手を離した。屈んだままバランスをとる。重心を意識し、膝に力を込める。目線が、ぐぐぐ、と予想より高くまで上がっていく。膝が伸び切った時、できた、という実感が足元から這い上がってきた。思ったよりも簡単だと思った。その高さは生々しいスリルとともに、自分のものになった。
 久しぶりに訪ねた地元の公園はすっかり様相が変わっていた。ジャングルジムはほとんどなくなっていた。六段あったそれは、落下による事故を危険視され、二段の立方体になっていた。肌の白い少年たちが退屈そうに腰掛けて駄弁っていた。
 私はどことなく彼らが哀れに思えた。その時、ポケットの右手が固い感触を捉えた。取り出してみると、燃料の入った百円ライターだった。ちょうど少年たちが場所を変えたので、私はそれをジャングルジムの角に置いて帰った。

5/11/2024, 7:05:31 PM

愛を叫ぶ。

いくよー、と遠くで君がボールを掲げる。
グラブを上げて答えると、君はいかにもといった動作で大きく振りかぶり、投球する。緩やかに弧を描いたボールは、パスっと音を立てて俺の左手に収まった。懐かしい感覚だ。右手に持ち替える。
ばっちこい、と君は声高らかに構える。その左肩やや上方に柔らかく返球する。仮に取り損なったとしても体に当たらないよう配慮したのだが、君は危なげなくキャッチし、もっと速くとせがんでくる。
キャッチボールの相手をしながら、真剣にボールを投げる君の実力を無意識に測っていた。
ボールを握ると、無性に全力投球してみたくなる。ブンッと真っ直ぐに飛んだボールが、パシンッと乾いた音を立てて相手のグラブに収まる、あの瞬間を味わいたい。
だが大人になった今は難しい。
君はキャッチできないかもしれない。速球が君を痛め、心まで傷つけるかもしれない。たとえ体に当たらないよう投げても、不慣れな君を傷つけない確信はない。
愛を叫ぶという行為は、たぶん全力投球に似ている。
練習がいる。距離感がいる。信頼がいる。いろんな条件をクリアして初めて受け止めてくれる人ができる。
のんびりとしたキャッチボールは思いのほか楽しかった。何より君が上機嫌に投げてくれるのが嬉しい。
今はこのペースでいい。焦ることはない。少しずつ、互いの信頼を育めばいい。
想いを全力投球する日を想像すると、ボールを握る手に力が籠った。大きく外れたボールはしかし、ポン、とグラブに収まった。ナイスキャッチと笑う君に、その日は案外遠くないのかもしれないなと思った。

5/11/2024, 9:33:05 AM

モンシロチョウ

モンシロチョウが一匹、ひらひらと飛んでいた。おぼつかない軌道を描いて、鉢植えに舞い降りる。疲れているのだろうか。ゆっくりと細い脚を動かしている。
こんなところまで、ご苦労なこった。
アパートの五階。地上から飛んできたのだとすれば、かなりの高さだ。何に釣られてきたのかはわからないが、種族の中でははぐれ者だろう。メスかオスかはわからないが、つがいがいる場所ではない。
地上へ帰りな、と心の中で諭す。だが、あろうことか、その蝶はまた上の階へと彷徨っていく。
空へ上りたいのか。
幼虫の頃、空を知りたいと願ったのだろうか。地上から離れ、生物としての使命すら置き去りにして、高みを目指すことを決めたのか。
頑張れよ。
階上へと消える白い蝶を見送る。
俺だって負けてられないな。
机に向かい、今日も創作の世界へと舞い上がる。

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