形の無いもの
天井のシミから目を離せないでいた。
「何見てんだ?」
飼い猫が興味深そうに訊いた。
僕は寝返りを打って背を向けた。
「別に何も」
「ニンゲンは俺たちに見えないものが見えるらしいな」
「お前だって何もないとこを見つめるだろ」
「あれは幽霊を見てんだよ」
フェレンゲルシュターデン現象は正しかったらしい。
「どうしたんだよ。悩みってやつか?」
「……そんなとこだよ」
猫はぺろりと舌を出した。
「悩みって、どんな見た目なんだ? 恐ろしいか?」
「形なんてない。見えるものじゃないよ」
「形がないのに怖いのか?」
「そうだよ」
「今ここにいるのか」
「今はいない」
飼い猫はつまらなさそうに言った。
「ならいいじゃん。美味いもんでも食って寝たらどっか行くって。それより飯出せよ。久しぶりに缶詰のやつ開けるってのはどうだ」
「お前、腹減ってるだけだろ」
猫は僕の背中に押し潰されないよう飛び退いた。
その黄色い目は、いつだって形あるものを見ていた。
少しは見習ってやるか。
弾みをつけて立ち上がると、猫は上機嫌についてきた。
9/24/2024, 1:32:01 PM