つぶて

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6/3/2023, 6:58:06 AM

「正直に言ってみろ」

口にした途端、その場が凍りつく景色が見えた。
ずらりと並んだ配下の背筋が強張っている。矢面に立っている臣下は、蛇に睨まれた蛙さながら震えていた。

「何か言え。悪いのは誰だ」
「申し訳ありませんでした!」
「悪いのは誰かと聞いている」
「わ、私にございます」
「そうか。ならば相応の処罰が必要であるな」

未来を失った臣下は色をなくしている。その後ろの配下たちは飛び火に怯えながらじっと火が消えるのを待っている。沈黙に苛立ちを覚え、思わず声を荒らげる。

「もういい。立ち去れ」

拳を打ちつける。どうせあいつらは陰で私を嘆くのだ。悪政。理不尽な独裁。そんな言葉で私を呪い、寿命が尽きるのを待っている。もう懲り懲りだ。反吐が出る。

誰か。この私を断罪してくれないか。

6/1/2023, 1:30:48 PM

「ずっと降ってるね」
「明日も雨だって」
「梅雨入りしたからね」

静かな室内。かすかに届く雨の音。
時折、ページをめくる音、キーボードを叩く音、衣擦れの音、床を擦れる足音、二人の息づかいが響く。

「何か買いに行こうか」
「いいよ。雨だし」
「そう。……コーヒーでも飲む」
「うん」

ケトルに水を注ぎ火にかける。豆を砕いてフィルターに落ちる。お湯を注ぐと芳醇な香りが湧き立つ。

「ありがとう」
「どういたしまして」

雨音が鳴り続けている。
心地よい静けさが部屋を満たしている。

雨の休日が穏やかに過ぎていく。

5/31/2023, 1:39:10 PM

施設の最上階で君はじっと空を見ていた。
やっと、辿り着いた。
僕はよろめきながら君の元へと歩を進める。脚が言うことを聞かない。返り血の着いた服がやけに重い。

「何をしている! ここはもうダメだ!」

叫ぶ声が掠れた。君は逆光の中、背を向けたまま言う。

「いい天気だわ」
「見ただろう? 空からおぞましい液体が降り注ぐのを。あれを浴びた奴らはみんな壊れた。人間でなくなるんだ! そのうちここも」
「とっても綺麗」
「……なんだって?」
「紫色の空、黒い太陽、紅い雨。この世界の裏側みたい。いい天気だわ」

君は、何を言ってるんだ?
天気の話なんてどうだっていいんだ。僕が話したいことは、僕と君が生き延びるために必要な、何よりも優先すべきことで。

「本当に、いい天気だわ」

君は空を見続けている。
ああ、そうか。君はもうすでに……。
僕は君の前に回り込む。
その壊れた瞳に涙が落ちた。

5/30/2023, 12:38:12 PM

門を出ると、ドドドドッと地響きがした。
見ると、大勢の人が土埃を上げてこっちへ走ってくる。

「え! 何! どういうこと!」

呆然とする私。隣にいた同期が肩を叩く。「走るよ!」
「ちょっと待って! うわああああっ」

みるみる疾走軍団に飲み込まれる。スーツを着たサラリーマンや、ハイヒールの女性、白髪混じりのご老人たちが見事なフォームで私を抜き去っていく。そんな中、髪をなでつけた若い男の人が涼しげに隣へやってきた。

「新入りさん? 最初はしんどいかもしれないけど、慣れたらそうでもないから。頑張って」
「あ、ありがとうございます。……あの、これ、どうして走ってるんですか?」
「うーん。怖い魔物が追ってきてるらしいよ」
「らしい、ですか」
「そう。本当のところはだれもわからない」

その先輩はにこりとする。

「走りたくなければ走らなくていい。魔物に食べられても、魔物を殴り倒しても、飼い慣らしてもいいんだよ。全ては君次第さ。君はどうしたい?」

問われて、私は少し考える。
隣を並走する先輩はどこか楽しそうに見えた。

「とりあえず、走ります!」

5/29/2023, 1:28:59 PM

「絶対、一緒に合格しようね!」

一点の曇りもない目と目が合った時、私はこの結末を悟っていたのだと思う。あなたは素直で、真っ直ぐで、いつも夢だけを見ていて、挫折とか、不安とか、将来のことで思い詰めたことなんて、きっと一度もないのでしょう。

オーディションの合格発表。呼ばれたのはあなたの番号だけだった。ラストイヤーの私は、もう入ることの許されない部屋を抜け出した。誰とも会いたくなくて、薄暗い廊下を歩いた。家に着くまでは心を殺せるような気がした。

パタパタ駆けてくる足音が聞こえた。
リリ、と私を呼ぶ声。
振り返る勇気なんてなかった。
背中から抱きすくめられた瞬間、あなたの中の喜びと悲しみが押し寄せてきて、こらえていたものが溢れた。

「ごめんね」

その一言だけだったら、私は壊れていただろう。
だけど、あなたは私の耳元で懸命に言葉を紡ぐ。

「私、頑張るから。リリの分まで、頑張るから」

ずっと、あなたが大好きで、大嫌いだった。
それは今も変わらなくて、たぶんこれからも変わらない。

背中越しに感じる親友の温もりを、私は一生忘れない。

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