つぶて

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5/7/2023, 3:05:07 PM

「初恋の日だって」
「俺の初恋の日、わかる?」
「え、うんとね……」
所在なさげに考えこむ君を、
俺は小さく笑って見守る。

君はいつまで経っても謙虚だ。
ホントに私でいいの?
俺が告白した時も、最初に俺のことを心配していた。

一緒に過ごすうちに、
俺が君に心から惚れていること、
君には君の良さがたくさんあること、
いろんなことを少しずつ受け入れてくれた。

だけど、こうした時にふと自信を持てない所がある。
「私の知ってる日?」
「もちろん」
「えっとね……」

眉を寄せて一生懸命な彼女が愛おしい。
大丈夫だよ。
何日でも正解なんだから。
君と会った日。君と話した日。君が笑った日。
気付けば恋をしていた。
だから365日、いつだって初恋の日だ。

そう誓ってみせるから。

5/7/2023, 2:24:43 AM

人類の蛮行、いよいよ目に余り。
神の法廷にてその滅亡を恃む声が上がった。
短気な神々は檄を飛ばし、
穏健な神々は異議を唱える。
決議は三日三晩に及んだ。
「では人類に直接問うというのはどうだろう」
その提案とは次の通りだ。

1.全人類に対し、24時間後に必ず滅亡すると知らせる。
2.滅亡の1時間前に全人類に滅亡の賛否を問う。
3.多数決により滅亡の可否を決定する。

滅亡派の神々は笑う。
「愚かな人間どもは我を忘れ、滅亡に身を堕とす」
存続派の神々は固唾を飲む。
「人間は聡明な生き物だ。必ずや存続を願うだろう」

その日、地球上では大混乱が発生した。
犯罪の横行。阿鼻叫喚の嵐。
そして選択の時。
「存続か。それとも滅亡か」
何を今更、と恋人を手にかけた女は言う。
滅亡だ、と泥酔した男は叫ぶ。

勝負は決した。
人類の大多数が存続を選んだ。
「人類も捨てたものじゃないでしょう?」
穏健な神々は莞爾として言った。

5/6/2023, 7:03:44 AM

バス停に佇む君は、澄ました顔で空を眺めていた。
さあさあと雨が降る中、
私の足音が聞こえたのだろう。
振り返った君は、少し意外そうな表情を浮かべた。
「雨だからバスにしたの」
「あ、一緒」
君は合点がいった様子で目元を緩める。

部活とか、授業のこととか。
そんな他愛のない会話が楽しかった。
穏やかな君は悠然としていて、
隣の席で傘を握りしめる私とは正反対だった。

また明日。学校でね。
うん。

君はひらりと手を振り、私も手を振り返す。
嬉しさと寂しさが混じり合って、
私はわけもなく家路を急いだんだっけ。


目覚ましが鳴る。
身を起こし、窓の外を確認する。

今日も私は、雨を願う。

5/5/2023, 5:17:23 AM

瞼の裏に残る空が、
懐かしい感情とともに移ろう。

初めて獲物を狩ったときの眩しい空。
収穫を前にした秋晴れの空。
土地を争って怪我を負い見つめた空。
恋人を想って詠んだ茜色の空。
戦に敗れ途方に暮れて見上げた空。
貧困に喘いで救いを求めた空。
ただ戦争を生き抜くために仰ぎ見た空。
つまらない授業を抜け出して眺めた空。
膨らんだ腹部に手を当てて病室から見ていた空。

この空が呼び起こすのは、
僕の中に刻み込まれた先祖たちの物語。
連綿と続く僕らの命は、
今も昔も変わらないこの空を見上げてきた。

空の記憶がないまぜになった僕の心は穏やかだ。
じきに、また忙しくなる。
それでも構わない。
僕はきっと、その先を生きていくだろう。

微睡みに落ちていく。


5/4/2023, 5:46:17 AM

冗談という瓦礫を積み上げながら生きてきた。
他愛のない会話、しょうもないジョーク。
俺のダチは最高で、
毎日ゲラゲラ笑い合ってふざけ倒していた。
真面目な話なんて、したことなかった。

動画配信を始めたのも冗談半分だった。
内輪ノリがウケるはずもなく、
全然上手くいなかったけど、
面白いと言ってくれる人がいた。
また観たいと言ってくれる人もいた。
いつしか俺はのめり込んでいた。
そのうち有名になっちまうぜ、困るなあ!
それは楽しみだなあ! ダチはゲラゲラ笑う。
俺もゲラゲラ笑った。

月日が経ち、俺たちは酒が飲めるようになった。
「お前、まだやってんの?」
久しぶりに再会したダチは指輪を嵌めていた。
俺は冗談混じりに答える。
「やってるぜー? 視聴者が可愛くって縛られてんの」
真っ赤な嘘。
縛られてるのは、俺の方だ。
上手くいかない。
上手くならない。
上手くなれない。
有名人なんて、これっぽっちも手が届かない。
崩れそうだった。
真夜中。たった1人の窓辺。
積み上げてきた何かを見ようとして、
でも、そこには瓦礫すら無いような気がして。
もう、何が面白いかもわからない。
そんな本音は、本当は、
腹の底から口元までいっぱいに詰まっていて、
吐き出せないままえづいている。
「その視聴者の1人、俺だぜー?」
「マジかよ、恥っず」
「古参アピってマウント取りたいからさぁ」
「うっわ。古参アピめんど」
「自慢したいに決まってんだろ? さっさとバズれ」
「なんでお前のために」
俺たちはまた、ゲラゲラ笑う。

真夜中。1人夜道。
ありがとな。
心の中で呟く。
ダチの前で言えなかったのは、
口にしてしまえば、
とめどなく本音が溢れて、
全部崩れてしまいそうだったから。

支えがある。見えていない支えがある。
大丈夫だ。

俺はまだ、舞える。

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