つぶて

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5/6/2023, 7:03:44 AM

バス停に佇む君は、澄ました顔で空を眺めていた。
さあさあと雨が降る中、
私の足音が聞こえたのだろう。
振り返った君は、少し意外そうな表情を浮かべた。
「雨だからバスにしたの」
「あ、一緒」
君は合点がいった様子で目元を緩める。

部活とか、授業のこととか。
そんな他愛のない会話が楽しかった。
穏やかな君は悠然としていて、
隣の席で傘を握りしめる私とは正反対だった。

また明日。学校でね。
うん。

君はひらりと手を振り、私も手を振り返す。
嬉しさと寂しさが混じり合って、
私はわけもなく家路を急いだんだっけ。


目覚ましが鳴る。
身を起こし、窓の外を確認する。

今日も私は、雨を願う。

5/5/2023, 5:17:23 AM

瞼の裏に残る空が、
懐かしい感情とともに移ろう。

初めて獲物を狩ったときの眩しい空。
収穫を前にした秋晴れの空。
土地を争って怪我を負い見つめた空。
恋人を想って詠んだ茜色の空。
戦に敗れ途方に暮れて見上げた空。
貧困に喘いで救いを求めた空。
ただ戦争を生き抜くために仰ぎ見た空。
つまらない授業を抜け出して眺めた空。
膨らんだ腹部に手を当てて病室から見ていた空。

この空が呼び起こすのは、
僕の中に刻み込まれた先祖たちの物語。
連綿と続く僕らの命は、
今も昔も変わらないこの空を見上げてきた。

空の記憶がないまぜになった僕の心は穏やかだ。
じきに、また忙しくなる。
それでも構わない。
僕はきっと、その先を生きていくだろう。

微睡みに落ちていく。


5/4/2023, 5:46:17 AM

冗談という瓦礫を積み上げながら生きてきた。
他愛のない会話、しょうもないジョーク。
俺のダチは最高で、
毎日ゲラゲラ笑い合ってふざけ倒していた。
真面目な話なんて、したことなかった。

動画配信を始めたのも冗談半分だった。
内輪ノリがウケるはずもなく、
全然上手くいなかったけど、
面白いと言ってくれる人がいた。
また観たいと言ってくれる人もいた。
いつしか俺はのめり込んでいた。
そのうち有名になっちまうぜ、困るなあ!
それは楽しみだなあ! ダチはゲラゲラ笑う。
俺もゲラゲラ笑った。

月日が経ち、俺たちは酒が飲めるようになった。
「お前、まだやってんの?」
久しぶりに再会したダチは指輪を嵌めていた。
俺は冗談混じりに答える。
「やってるぜー? 視聴者が可愛くって縛られてんの」
真っ赤な嘘。
縛られてるのは、俺の方だ。
上手くいかない。
上手くならない。
上手くなれない。
有名人なんて、これっぽっちも手が届かない。
崩れそうだった。
真夜中。たった1人の窓辺。
積み上げてきた何かを見ようとして、
でも、そこには瓦礫すら無いような気がして。
もう、何が面白いかもわからない。
そんな本音は、本当は、
腹の底から口元までいっぱいに詰まっていて、
吐き出せないままえづいている。
「その視聴者の1人、俺だぜー?」
「マジかよ、恥っず」
「古参アピってマウント取りたいからさぁ」
「うっわ。古参アピめんど」
「自慢したいに決まってんだろ? さっさとバズれ」
「なんでお前のために」
俺たちはまた、ゲラゲラ笑う。

真夜中。1人夜道。
ありがとな。
心の中で呟く。
ダチの前で言えなかったのは、
口にしてしまえば、
とめどなく本音が溢れて、
全部崩れてしまいそうだったから。

支えがある。見えていない支えがある。
大丈夫だ。

俺はまだ、舞える。

5/3/2023, 3:10:57 AM

私が風邪をひいたから、
あなたは楽しみだったライブを蹴った。
俺はいいから、元気出して。
そう言って、あなたは安心させるように微笑む。

私が料理下手だから、
あなたは疲れた身体で火を操る。
俺は大丈夫だから、ゆっくりしてて。
そう言って、あなたは少し照れながら微笑む。

私がぼんやりしていたから、
咄嗟に庇ったあなたは怪我を負った。
見た目ほど痛くないよ。
そう言って、あなたはベッドの上で微笑む。

私が弱すぎるから、
生きているだけでいいよ、とあなたは言う。
全部俺に任せてくれていいから。
そう言って、あなたはまた微笑む。

しんどいくせに。
無理してるくせに。
あなたはいつも笑ってくれる。

その目の奥に映る人の形をした悪霊が、
私はたまらなく大嫌いだった。

5/2/2023, 3:04:52 AM

赤を塗ったら少し暑くて、
青を塗ったら落ち着きすぎて、
黄色を塗ったら少し陽気で、
緑を塗ったら自然すぎて。

赤橙黄緑青藍紫。
色を重ねているうちに、
元の色すらわからなくなって、
鈍色になったキャンパスをまた白く塗り潰す。

何度も。何度も。
自分だけの色を探して描き続ける。

だけど、見つからない。
苦しくて、苦しくて、
どうにもならなくて。
キャンパスを投げ捨てた。


ゴミ捨て場に、真っ二つに割れたキャンパスがあった。
その断面は、幾重にも色が重なっていて、
まるで地層のようだった。

それはとても美しかった。

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