願いは叶った。
雲のようなベッド。
きめ細かいシルクの衣。
柔らかなパンと美しいミルク。
愛する人と肩を並べ、
きらきらと光を返す湖を眺める。
小鳥の囀りに耳を傾け、
そよ風に揺れる花を愛でる。
夕陽にささやかな美酒。
夜空に浮かぶ星たちを祝し、
安らかな眠りに心からの口付けを。
繰り返される日々の楽園。
これ以上ない幸福には感謝するばかりだ。
※
どんな気分なんだろう。
サイボーグAは思った。
視線の先には、電極の刺さった脳が無数に並んでいる。
今や1人当たりの幸福値は1万を下らない時代。
それを幸福値10の世界で満足するなんて。
まるで想像がつかないや。
サイボーグAはボチを去る。
1000年前、世界の滅亡を前に、
人類は二つの選択を迫られた。
人体改造による未知の世界での生存か、
肉体を捨てた永遠の楽園か。
誰がどちらを選んだか、正確な数はわからない。
飛び込み台に上がる。
足の位置を確認する。
軽く膝を曲げ、ためを作る。
目を閉じる。
あらゆる雑念が消えていく。
緊張。期待。不安。
超えたい記録。
ぶっ倒れるほどの練習。
全国に行けよと言ったあいつのこと。
観客席から見ているあの子のこと。
その何もかもが消え去って、
俺は透明になる。
take your mark.
後に残るのは、
一本の水路と、この身体だけだ。
刹那の静寂。
合図とともに、全身が悦びを叫んだ。
「これで誰もが大助かり!」
「そうなんですよ! 実はお子さんにもメリットが!」
「かと思いますよね? さらにハッピーな機能が……」
憧れの先輩はとても口達者で、
どんな追及の手も、鮮やかに切り返して味方にする。
あっという間に人だかりができていて、
終わってしまえば歓声の嵐。
それに比べて、僕の周りにはほとんど人がいない。
「地味ですけど、その、ホントは面白くて……」
「い、意外と奥が深いんです」
「幸せにもなれます! た、たぶん」
生きる意味のセールストーク。
ありもしない商品を売りつける力が、
僕にはどうも足りないらしい。
早々にブースを畳んで、僕はぶらりと家路に着く。
これで仕事はおしまい。
あとは自分の好きにさせてもらおう。
「時に人は善い行いをする。これを学習させよう」
「はい。できる限り学習させます」
「時に人は悪い行いをする。これも学習させよう」
「はい。できる限り学習させます」
完成したロボットは、
床を殴り、物を投げ、雄叫びを上げ、人を罵り、
アリガトウゴザイマスとお辞儀し、蛇口を全開にした。
「何の騒ぎだ。一体、どうしたというのかね」
「今調べます!」
慌てた助手がロボットを止めてプログラムを確認する。
搭載された行動パターンは、
善行が1割、悪行が9割だった。
「もっと善行を増やせんのかね」
助手は頭を抱え、匙を投げた。
「もう、思いつきません!」
仲間とはぐれた私は、
ずいぶん遅くになって、
この青い星に辿り着きました。
この星の住人たちは、
群れをなす仲間たちに願いを託し、
もう家へ帰ってしまったのでしょう。
落ちこぼれの私は、
誰にも見られず、
誰かの願いを叶えることもできないまま、
ひそかに消えてしまうのでしょう。
おや。
貴方はまだ、空を見ていたのですね。
悲しくて、悲しくて、
願うこともできないほど悲しくて、
夜空に縋っていたのですね。
大丈夫。
貴方は間もなく幸せになります。
私には未来が見えるのですから。
だから今はたくさん泣いて、たくさん眠りなさい。
ありがとう。
美しい目をした星の子よ。
貴方の未来に有らん限りの幸福を願って。