なのか

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1/9/2024, 12:53:53 AM

英語の授業中のことだった。隣の席の相模さんが、少なくとも周りからは理不尽に感じられる理由でお叱りを受けた。英語の教師から見れば、彼女はノートの取り方がなっていないようだった。
その英語教師はマイチョークを持ち歩いていて、授業終わりの黒板はかなりカラフルに仕上がる。品詞や単語の役割によって色を分けているらしいのだけれど、相模さんは何故か黒と赤だけで板書していた。要は、黒板の通りに板書をしろということだった。ちらりと見えた彼女のノートはとても丁寧に取られていて、それで駄目なら自分も怒られて然るべきだなと、雑にまとめられた自分のノートを見た。
「災難だったな」
英語の次は現代文で、暇だったので相模さんに話しかけた。
「ううん、ちゃんとノート取ってないのは本当だから」
控えめなことだ。
「色、あんまり使わないタイプなのか?」
「うん」
ノートを取るのが上手な人間は文房具に詳しいと勝手に思っていたので、なんというか意外だった。
「でも、次は取らないとな。面倒かもしれないけど、怒られるよりましだろ」
歯切れの悪い返事があった後「私語は慎むように」と現代文の教師から形ばかりの注意を受けた。
昼休みはいつも通り購買で弁当を買って、友人のクラスに出向いて食べた。その内の一人を見た時に、ある可能性に思い至る。
「なぁ、お前さ、何色が分からないんだった?」
そいつは急にどうしたと茶化しながら「赤とか緑とかは、条件によるけど見分けづらいな」と言った。だからビリヤードの時困るんだよなとそいつは自虐した。
お礼に唐揚げを一つ渡して、雑な味の炒飯をかきこんでレモンティーで流した。断りを入れてその場を離れる。
教室に姿が見えなかったので、相模さんと親しそうな女子達に訊ねると、図書室にいるのではないかと言われた。図書室へ足を運ぶと、彼女はパーテーションで区切られた席で文庫本を読んでいた。声をかけて隣に座る。
「なぁ、間違ってたらというか、言いたくなかったら別にいいんだけど」
そう切り出す。
「もしかして、見分けづらい色があるんじゃないか?」
相模さんのことはよく知らない。でも、彼女の表情が驚きに満ちたことだけは理解出来た。
「友達にいるんだ。ビリヤードの球の色が見分けづらいってやつが。そいつは赤と緑が分からないって言ってた」
「私も、赤と緑です」
文庫本に栞を挟んで置き、相模さんはそう言った。
「ごめん。何も知らないのに、余計なこと言った」
この謝罪も自己満足だ。自分の中で消化出来ない何かを、吐き出しただけの。
「ううん。分からないのが普通だから」
だから大丈夫なのか。それでは英語教師と同じではないか。
「相模さんって、部活やってる?」
「やってないけど?」
首を傾げる仕草が、妙にらしかった。部活をしているのかも分からないのに、何故かそう感じた。
「今日の放課後暇? 詫びと言ってはなんだが、一緒にペン、買いに行かないか? 英語の授業で必要だろ」
一息に言い終えてしまってから、先走り過ぎたと後悔する。ペンを買う時に色を見分ける人間が要るだろうと思ったけれど、それは自分である必要はないし、そもそも店なら色は書かれている。
「私、色ペン持ってるよ」
一生懸命背伸びをする子供を見た時のように微笑んで、相模さんはそう言った。
「なんだ、持ってるのか」
一人空回りをしていたのが急に恥ずかしい。それならいいんだと返事をして踵を返そうとしたら、相模さんが「かき氷、で許してあげます」と言った。
「お詫びなんでしょ? ペンじゃなくて、かき氷がいいな」
相模さんなりの気遣いだろう。
「近くにあるのか?」
「歩いていけるよ」
「分かった。じゃあ、放課後、な」
同じ教室に戻るのに、そう言って別れた。彼女の瞳を通して見た自分はどんな風に見えるだろうと、乱れた夏服の襟を正した。

1/8/2024, 1:58:27 AM

生まれてこの方、雪なんて見たことなかった。
「そっか。こっちじゃ降らないもんね」
菅原さんは窓の外を見ながらそう言った。彼女の出身地では、雪が降り積もっている季節だ。
「今日でも割と寒い方ですよ。こっちでは」
「私だって寒いよ? 風が冷たくて痛い」
「そうなんですか」
菅原さんは湯気の立ったコーヒーをかき混ぜながら「そうだよ」と言った。
「雪が降る。って、どんな感じです?」
カップに軽く触れる。ホットココアはまだ飲めそうな温度ではなかった。
「どんな感じって言われてもなぁ。私にとってはそれが当たり前のことだったし」
「それもそうですね」
「強いて言うなら、『鬱陶しい』かな」
鬱陶しい、か。まぁ、それが雪国出身の人達の本音なのかもしれない。少し寂しさの残る結論だけど、寂しさを感じるのは、知らない人間の身勝手さだ。
渋い緑色のエプロンを着けたウエイトレスが、パンケーキとワッフルを運んでくる。お礼を言ってお皿を受け取り、菅原さんの方へワッフルを置く。
「美味しそうだね」
言葉には頷きを返した。手を合わせて相手を伺う。視線でタイミングを測りながら、いただきますと声を合わせる。雪国出身でも島国出身でも、このくすぐったさは同じなんだろうか。
「雪、見てみたいの?」
パンケーキを食べ終えて、菅原さんがワッフルを頬張るのをぼんやりと眺めている時だった。
「そう見えました?」
「ちょっとだけ、感じたかも」
もう温くなったコーヒーを、菅原さんは優しくかき混ぜた。別に飲みたくなったわけじゃないのに、ホットココアに手を伸ばした。
「違う世界。って感じがするんです」
そこかしこに雪が積もって、歩くと足が埋もれていってざくざくと愉快な音を立てる。視界は真っ白に染まって、吸い込む空気の冷たさに冬の厳しさが混ざっている。
「でも、今はニュースで見られますからね」
雪かきの大変さを語る大人達と共に。それにがっかりしなくなったのは、自分も子供ではなくなってしまったからだろう。
「ここは、海が綺麗だよね」
「ですね」
菅原さんは何故か笑った。
「塩害がーとか、きっと君は言わないんだろうね」
「それは、海の美しさを否定することにはならないですからね」
「そっか、そうだよね」
菅原さんは何かに納得して「そろそろ出よっか」と言った。ごちそうさまも忘れずにしてからカフェを出た。
「君はさ、私のことどれくらい好き?」
次の目的地は少し遠くにある。そこまで一本で行けるバスを求めバス停探しの旅をしていたら、菅原さんが突然そう言った。繋いだ手が、少し強く握られた気がした。
「どれくらい、ですか」
「例えばさ」考える暇を与えずに、菅原さんは続けた。
「来年の今頃、私の故郷に一緒に行こうよって言ったら、ついてきてくれるくらいには好き?」
そう結ばれれば、言いたいことは伝わる。
「菅原さんが一緒なら、どこにだって行けるくらい、です」
どこまで行けるくらい好きだろうと考えたら、地球を一周した。どれくらいと聞かれれば、そう答えるしかなかった。
「南極とかも?」
訂正、南半球は想定外だったかもしれない。
「……善処します」
菅原さんは満足そうに笑った。とりあえず、防寒具を買い揃えないといけないなと、雪景色の中に立つ自分を想像して、そう思った。

1/4/2024, 5:45:00 PM

待ち合わせは十一時だったけれど、交通網の都合により十時に到着した。目印にしている県立図書館の方へ寄ってみたものの、勿論相手は居なかった。図書館の中で本を読みつつ待つプランと、図書館以外の施設へ足を運ぶプランで悩んで、後者を選ぶことにした。
県立図書館は複数の施設と合併していて、建物の二階にはゲームセンターや百均、クレープ屋さんもあった。丁度よく十時からの開店だったらしく、本日第一号のお客様として丁寧なお辞儀で迎え入れられる。
クレープには心惹かれるものがあったけれど、どうせなら一緒に食べた方がいいので我慢して、ゲームセンターの方へ向かう。一万円を千円に、千円を百円に崩して中を物色し、無難にUFOキャッチャーをすることにした。暇つぶしなのでどれでもよく、取れそうな難易度のやつに挑戦する。
一回目はぬいぐるみの真ん中を狙って、一瞬持ち上がった後するりと滑り落ちてしまった。持ち上げて移動するのは難しそうだ。どうしようかと腕組みをして、一つアイデアを思いつく。二回目、今度は出口から少し遠い方へアームを降ろしていく。ぬいぐるみのお尻だけが持ち上がる格好になって、狙い通り出口へと滑り落ちていった。結構な勢いで落下したのにぬいぐるみの表情が全く変わらないのが、当たり前なのに少し可笑しかった。
都合二百円、片手で抱きかかえるのに丁度いい大きさのぬいぐるみが手に入った。一度成功体験を積むと楽しくなってくるのが人間というもので、名前だけは知っている有名なキャラや待ち合わせ相手が好きだと言っていたキャラに狙いを定めてがんがん取っていく。気づけば三千円以上をUFOキャッチャーに投資して、ついでに隣接するガチャガチャのコーナーで千円ほど使い、両手で足りないからと百均で買った紙袋の中も戦利品で溢れんばかりになっていた。
いつの間にか自分以外の客も増えていて、特に子供達からの視線が熱かった。どこか誇らしげな子供っぽい感情が沸き立つのを感じた。しかしそれは、スマホにポップアップされた一通のメッセージでかき消されてしまう。
『随分と楽しそうにしてるね』
慌てて周りを見渡すと、子供連れや外国人観光客の中にハルカさんの姿を発見する。スマートフォンの画面には、無情にも十一時二分と表示されていた。
「おはようございます。どうしてここに?」
ガサガサと鳴る荷物を揺らしながら、彼女の方へ駆け寄っていく。
「図書館前に君がいなかったから、暇でも潰してようと思って」
「奇遇ですね。俺も待ち合わせの時間まで暇潰そうと思って遊んでたんです。よかったら一緒にやります?」
心なしか、いつもより腕組みに迫力がある気がした。
「すみません。暇潰しに熱くなっちゃいました」
一つため息を吐いて、ハルカさんは「今度からは連絡しなさいよ」と言った。
過程はどうであれ遅刻は事実なので、クレープで手打ちにすることになった。ハルカさんは別にいいよと言っていたけれど、申し訳なさを引きずるのもなんだからと了承させた。
「それで? どんなの取ったわけ?」
注文を終えて二人がけの席に着き、戦利品を一つずつ紹介していく。会話の中で言い訳を適度に挟みながら、十時からの行動を明らかにしていく。ハルカさんは柔らかな相槌を打ちながら、楽しそうに話を聞いてくれた。
「結構な額使ったね」
「こいつは二百円で、こいつらは千円くらいです」
「生々しいね」
「悔いはないです」
「ねぇ、この子なんだけど」
ハルカさんは遠慮がちにぬいぐるみを指さした。好きだと常から言っていた例のキャラだ。
「あげますよ。あげるために取ったんで」
「そうなの? めっちゃ嬉しい」
ハルカさんはその子を抱き上げると、ぬいぐるみの細かいところを確認し始めた。
「ありがと」
「暇潰しがメインなんで」
机に広げたぬいぐるみやらを片付けている途中に、溌剌そうな店員さんがクレープを運んできた。いただきますと手を合わせて、真ん中から豪快に食べていく。
口の中に広がっていく甘さに、ハルカさんは満足そうな顔を浮かべた。
クレープを後回しにしておいて正解だったねと、ぬいぐるみ達が言っているような気がした。

12/25/2023, 3:29:43 PM

いい加減な生き方しかしてこなかったので、サンタさんは来てくれなかったらしい。
「大人だからでしょ?」
冷蔵庫から缶ビールとコーラを取り出した梨花さんが、こんなにも馬鹿げた会話はないとでも言いたげに答えた。緊張を紛らわせる為の他愛ない話のつもりだった。
「大人、出来てますかね」
お礼を言ってコーラを受け取る。中身に違いはないのだろうけれど、缶の方が何故か好きだ。
「だって二十一歳じゃん」
「そうですね」
「もうお酒だって飲める」
ベッドに腰掛けて、梨花さんは缶ビールを軽く振った。
「君は飲まないんだろうけどね」
高低差のある乾杯をしてそれぞれのプルタブを起こす。さっき振った影響か、ビールが縁から溢れた。梨花さんの右手とジャージの太もも辺りが濡れる。
「やっちゃった」
「格好つけるから」
タオルの場所を簡単に説明してもらって、洗面所のそばにある棚へと辿り着く。洗濯して綺麗に畳まれたタオルが、種類別にきちんと並べられている。ハンドタオルを上から一枚取ってリビングへと戻る。
いつの間にか点けられていたリビングのテレビには、都内のイルミネーションスポットが映し出されていた。白い息を吐くレポーターの質問に、嬉しそうに男女が答えている。
「梨花さん」
呼びかけると、少し肩を震わせて梨花さんは振り返った。
「びっくりした。あ、ありがとね」
タオルを受け取った梨花さんは缶や手を素早く拭いてから「ちょっと着替えてくるね」と言い残して着替えと共に洗面所の方へと消えた。
やることもないし下手に動き回れないのでぼんやりとテレビを眺める。テレビに接続されたゲームが気になったけれど、それは触らない。
ザッピングくらいは許されるだろうと番組を意味もなく切り替えていると、パタパタと足音をさせながら梨花さんが戻ってきた。
「おまたせ」
梨花さんが部屋着で戻ってきた後は、当初の予定通り机に食べ物を広げたり二人で協力するタイプのゲームをしたりした。
「イルミネーションとか、観に行きますか?」
ゲームが一段落ついて、僅かに訪れた静寂に背中を押される形で、言葉が口をついて出た。気づいた時には遅く、梨花さんは目を丸くしてこちらを見ていた。
「君は、観に行きたいの?」
「正直興味無いですけど、梨花さんと一緒ならどこで何しててもいいなって」
梨花さんは笑った。ゲームをクリアした時より、ビールの一口目より笑顔だった。
「観に行こ、イルミネーション。ごめんね、気を遣わせちゃった」
「別に遣ってないので、早く着替えてください。結構時間ないですよ」
梨花さんが再び着替えている間、スマホを使って近くのスポットを調べる。日付けが変わるまでイルミネーションが催されている公園にチェックを入れて、脱いでいたパーカーに袖を通した。
二人してばたばたと準備を済ませて、アパートの裏側に停めてある軽自動車へと乗り込む。シートベルトを確認して、音声案内に従って発進する。
公園に着いたのは閉園まで三十分と迫った頃だった。十分にイルミネーションを堪能した人々が施設から吐き出されていく。ワンコインの入場料と引き換えに、クリスマスツリーが浮き出て見える謎のカードを貰ってゲートをくぐる。
「綺麗」
公園に並ぶ木々やオブジェ達がイルミネーションによって彩られていた。淡く光る二段の雪だるまや、首や尻尾を振る電飾の犬も、景色の中に溶け込んでいた。
「想像してたより、感動してます」
「普通に感動してると言えないの?」
「普通に感動しました」
耳たぶを抓られる。冷えていてむしろ心地よかった。
公園の広い敷地の中には特別に屋台が並んでいた。せっかくだからと、大きな綿あめを一つ買った。
「はい、あーん」
ふわふわもこもこを容赦なくちぎって、梨花さんはこちらに手を伸ばした。
「自分で食べます」
「クリスマスプレゼントだから」
「それは、」
「君が買ったやつでしょ。いいから、君はプレゼントを貰わなくちゃだめなの」
意味は分からなかったけれど、一応食べておく。
「どう?」
「甘いですね」
「そういうところだよ。まったく」
梨花さんがちぎって、どちらかが食べてを繰り返して、綿あめはあっという間になくなった。
「味は変わらないけど、なんかこっちの方が好きです」
何かを言いかけていた梨花さんを遮るように、閉園のアナウンスが響き渡った。
「帰ろっか」
屋台が畳まれていくのを横目に、客達が出口の方へと流されていく。綿あめの纒わり付くような甘さは、まだいなくなってくれそうになかった。

12/21/2023, 5:12:13 PM

いつしか、晴れた空を見上げるのが癖になっていた。澄んだ青色が目に眩しく、吹き抜ける風に運ばれていくもこもことした雲を眺めているだけで、何故か胸がすくような感じがする。
「私の影響?」
「多分ね」
日曜日の昼下がり、課題や単位という言葉を平日に放っておいて訪れたのは、広い原っぱが魅力的な地元の公園だった。
「私、そんなに空見てるかな?」
「自覚ないんだ。」
子供連れの家族や近所の子供達で周りは賑やかだ。彼女の選んだキャラもののシートを広げて、朝二人で作った弁当をガチャガチャと並べていく。手を合わせていただきます。
「んぅ、美味しい!」
とても一口では収まらなさそうなサンドイッチを豪快に頬張って、彼女の唇はバターだらけになっている。つくづく、見ていて気持ちのいい人だ。
「おぉ、自分達で作ると満足感がある」
同じようなものは人生で幾度か食べているはずだけれど、今日のサンドイッチが一番美味しい気がした。頬張るタイミングと相槌が被って、ハムスターのようになった彼女から、何語なのか分からない肯定語が発せられる。
「話の続きだけど、私そんなに空見てる?」
「そう言われると自信ないけど。高校の時、よく見上げてた気がする」
彼女が教室の窓から空ばかり見上げるものだから、どうやって話しかけようか大いに迷った覚えがある。迷いに迷って、結局『良い天気だね』だなんて話しかけたのだ。
「その時に、『良い天気だから、今日の私は良い気分です』って言ってたでしょ」
「よく覚えてるね。私も思い出した」
「でしょ? 空ばかり見てたよ」
「あの頃は、空を見るくらいしかやることなかったから」
ジリジリと鳴く蝉の声や走り回る子供達の騒がしい感じが、耳に痛かった。返答の代わりに水筒からお茶を汲んで渡す。サンドイッチと緑茶も悪くない。
緑茶を堪能していると、彼女が「なるほど」と何かに納得した。
「だから、初デートは天体観測だったんだ」
「だからという訳でもないけど」
「違うの?」
違わないけれど、なんだか癪なので何も言わなかった。
「私はてっきり、君が空を好きなんだと思ってた」
「そうなんだ」
「だって君、窓の方ばっか見てたから。だから勉強したんだよ私、一緒に空の話が出来るように」
「そっか」
気恥しい沈黙に促されて苺を一つ手に取る。じんわりとまとわりつく暑さに苺の冷たい甘さが染み渡る。
用意したものは粗方食べ終えてしまった。結構な量を用意したけれど、空の下という開放感が二人を大胆にしたのかもしれない。ごちそうさまと手を合わせて、弁当をガチャガチャと片付けシートを綺麗に折り畳む。彼女に任せると変な折り目がついてしまうので、こういうのは自分が担当する。
「空を見てたんじゃないよ」
「ん? 何?」
愛車の後部座席へとリュックを置く。
「空じゃなくて、君を見てた」
呆気に取られる彼女のことは気にせずに車へと乗り込む。慌てて彼女も助手席に乗り、シートベルトとエンジンをかける。
「ねぇ、手、繋いでいい?」
「危ないからダメ」
「じゃあ、そっちにもたれとく」
肘掛けが軋んで、控えめな重さが肩へとかかった。一緒に見上げた空の記憶が、最高のサンドイッチと共に、夏に刻まれた。

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