なのか

Open App

いつしか、晴れた空を見上げるのが癖になっていた。澄んだ青色が目に眩しく、吹き抜ける風に運ばれていくもこもことした雲を眺めているだけで、何故か胸がすくような感じがする。
「私の影響?」
「多分ね」
日曜日の昼下がり、課題や単位という言葉を平日に放っておいて訪れたのは、広い原っぱが魅力的な地元の公園だった。
「私、そんなに空見てるかな?」
「自覚ないんだ。」
子供連れの家族や近所の子供達で周りは賑やかだ。彼女の選んだキャラもののシートを広げて、朝二人で作った弁当をガチャガチャと並べていく。手を合わせていただきます。
「んぅ、美味しい!」
とても一口では収まらなさそうなサンドイッチを豪快に頬張って、彼女の唇はバターだらけになっている。つくづく、見ていて気持ちのいい人だ。
「おぉ、自分達で作ると満足感がある」
同じようなものは人生で幾度か食べているはずだけれど、今日のサンドイッチが一番美味しい気がした。頬張るタイミングと相槌が被って、ハムスターのようになった彼女から、何語なのか分からない肯定語が発せられる。
「話の続きだけど、私そんなに空見てる?」
「そう言われると自信ないけど。高校の時、よく見上げてた気がする」
彼女が教室の窓から空ばかり見上げるものだから、どうやって話しかけようか大いに迷った覚えがある。迷いに迷って、結局『良い天気だね』だなんて話しかけたのだ。
「その時に、『良い天気だから、今日の私は良い気分です』って言ってたでしょ」
「よく覚えてるね。私も思い出した」
「でしょ? 空ばかり見てたよ」
「あの頃は、空を見るくらいしかやることなかったから」
ジリジリと鳴く蝉の声や走り回る子供達の騒がしい感じが、耳に痛かった。返答の代わりに水筒からお茶を汲んで渡す。サンドイッチと緑茶も悪くない。
緑茶を堪能していると、彼女が「なるほど」と何かに納得した。
「だから、初デートは天体観測だったんだ」
「だからという訳でもないけど」
「違うの?」
違わないけれど、なんだか癪なので何も言わなかった。
「私はてっきり、君が空を好きなんだと思ってた」
「そうなんだ」
「だって君、窓の方ばっか見てたから。だから勉強したんだよ私、一緒に空の話が出来るように」
「そっか」
気恥しい沈黙に促されて苺を一つ手に取る。じんわりとまとわりつく暑さに苺の冷たい甘さが染み渡る。
用意したものは粗方食べ終えてしまった。結構な量を用意したけれど、空の下という開放感が二人を大胆にしたのかもしれない。ごちそうさまと手を合わせて、弁当をガチャガチャと片付けシートを綺麗に折り畳む。彼女に任せると変な折り目がついてしまうので、こういうのは自分が担当する。
「空を見てたんじゃないよ」
「ん? 何?」
愛車の後部座席へとリュックを置く。
「空じゃなくて、君を見てた」
呆気に取られる彼女のことは気にせずに車へと乗り込む。慌てて彼女も助手席に乗り、シートベルトとエンジンをかける。
「ねぇ、手、繋いでいい?」
「危ないからダメ」
「じゃあ、そっちにもたれとく」
肘掛けが軋んで、控えめな重さが肩へとかかった。一緒に見上げた空の記憶が、最高のサンドイッチと共に、夏に刻まれた。

12/21/2023, 5:12:13 PM