なのか

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いい加減な生き方しかしてこなかったので、サンタさんは来てくれなかったらしい。
「大人だからでしょ?」
冷蔵庫から缶ビールとコーラを取り出した梨花さんが、こんなにも馬鹿げた会話はないとでも言いたげに答えた。緊張を紛らわせる為の他愛ない話のつもりだった。
「大人、出来てますかね」
お礼を言ってコーラを受け取る。中身に違いはないのだろうけれど、缶の方が何故か好きだ。
「だって二十一歳じゃん」
「そうですね」
「もうお酒だって飲める」
ベッドに腰掛けて、梨花さんは缶ビールを軽く振った。
「君は飲まないんだろうけどね」
高低差のある乾杯をしてそれぞれのプルタブを起こす。さっき振った影響か、ビールが縁から溢れた。梨花さんの右手とジャージの太もも辺りが濡れる。
「やっちゃった」
「格好つけるから」
タオルの場所を簡単に説明してもらって、洗面所のそばにある棚へと辿り着く。洗濯して綺麗に畳まれたタオルが、種類別にきちんと並べられている。ハンドタオルを上から一枚取ってリビングへと戻る。
いつの間にか点けられていたリビングのテレビには、都内のイルミネーションスポットが映し出されていた。白い息を吐くレポーターの質問に、嬉しそうに男女が答えている。
「梨花さん」
呼びかけると、少し肩を震わせて梨花さんは振り返った。
「びっくりした。あ、ありがとね」
タオルを受け取った梨花さんは缶や手を素早く拭いてから「ちょっと着替えてくるね」と言い残して着替えと共に洗面所の方へと消えた。
やることもないし下手に動き回れないのでぼんやりとテレビを眺める。テレビに接続されたゲームが気になったけれど、それは触らない。
ザッピングくらいは許されるだろうと番組を意味もなく切り替えていると、パタパタと足音をさせながら梨花さんが戻ってきた。
「おまたせ」
梨花さんが部屋着で戻ってきた後は、当初の予定通り机に食べ物を広げたり二人で協力するタイプのゲームをしたりした。
「イルミネーションとか、観に行きますか?」
ゲームが一段落ついて、僅かに訪れた静寂に背中を押される形で、言葉が口をついて出た。気づいた時には遅く、梨花さんは目を丸くしてこちらを見ていた。
「君は、観に行きたいの?」
「正直興味無いですけど、梨花さんと一緒ならどこで何しててもいいなって」
梨花さんは笑った。ゲームをクリアした時より、ビールの一口目より笑顔だった。
「観に行こ、イルミネーション。ごめんね、気を遣わせちゃった」
「別に遣ってないので、早く着替えてください。結構時間ないですよ」
梨花さんが再び着替えている間、スマホを使って近くのスポットを調べる。日付けが変わるまでイルミネーションが催されている公園にチェックを入れて、脱いでいたパーカーに袖を通した。
二人してばたばたと準備を済ませて、アパートの裏側に停めてある軽自動車へと乗り込む。シートベルトを確認して、音声案内に従って発進する。
公園に着いたのは閉園まで三十分と迫った頃だった。十分にイルミネーションを堪能した人々が施設から吐き出されていく。ワンコインの入場料と引き換えに、クリスマスツリーが浮き出て見える謎のカードを貰ってゲートをくぐる。
「綺麗」
公園に並ぶ木々やオブジェ達がイルミネーションによって彩られていた。淡く光る二段の雪だるまや、首や尻尾を振る電飾の犬も、景色の中に溶け込んでいた。
「想像してたより、感動してます」
「普通に感動してると言えないの?」
「普通に感動しました」
耳たぶを抓られる。冷えていてむしろ心地よかった。
公園の広い敷地の中には特別に屋台が並んでいた。せっかくだからと、大きな綿あめを一つ買った。
「はい、あーん」
ふわふわもこもこを容赦なくちぎって、梨花さんはこちらに手を伸ばした。
「自分で食べます」
「クリスマスプレゼントだから」
「それは、」
「君が買ったやつでしょ。いいから、君はプレゼントを貰わなくちゃだめなの」
意味は分からなかったけれど、一応食べておく。
「どう?」
「甘いですね」
「そういうところだよ。まったく」
梨花さんがちぎって、どちらかが食べてを繰り返して、綿あめはあっという間になくなった。
「味は変わらないけど、なんかこっちの方が好きです」
何かを言いかけていた梨花さんを遮るように、閉園のアナウンスが響き渡った。
「帰ろっか」
屋台が畳まれていくのを横目に、客達が出口の方へと流されていく。綿あめの纒わり付くような甘さは、まだいなくなってくれそうになかった。

12/25/2023, 3:29:43 PM