夏の夜だった
寝苦しさから目を覚ました私は
家族四人が並んで寝ている足元にいた。
母と、弟二人、そして私。
まっすぐに寝ようと布団をごそごそしていると、
見慣れた、母のものでない大人の足があった。
毛深くて、筋肉質で、浅黒い。
ああ。お父さんだ。
いつの間にか、居るはずが無いのに
そこにある父の足に安心して寝てしまった。
夢なら覚めなければよかったのに。
2年後に、あのベンチで。
ドラマみたいにそう言い残して旅立った君。
2年もたって私も若くなくなったけど。
その日、ベンチに座ってみた。
来るはずのない君を待って。
来ないと分かっているはずなのに、
10分、20分と時間が立つにつれて
不安感と胸の高鳴りは募る。
お昼過ぎ、近くのコンビニで買ったおにぎりを
食べていると、君とは似ても似つかない人が
隣に座ってきた。
あれ?もうお昼食べちゃってた?
まぁ甘いものは別腹だよね!
聞き慣れた独特のイントネーションの声。
ベンチに置かれた私の大好きなフルーツサンド。
走り去る小さな背中はきっと君なのだろうか。
平穏な日常。
誰もが退屈し、好まないもの。
誰もが忘れてしまった、一番大切なもの。
誰かの目に映る、
ただの木、ただの草、ただの花、ただの人が、
誰かにとっては、
青い空に映える黒い木々で、
生き生きと青く茂る野草で、
透き通るように薄く美しい花びらの花で、
ため息が出るほど大切で大好きな人。
なのかも、しれない。
私は、まだ赤子だったよ。
赤子だった私には、
あなたの恐怖を、
孤独を、
寂しさを知らない。
知れないんだ。
それは、幸せなことかもね。
仕方がなく、無力だった。
私はその代わり今という時を生きなくてはいけない
それは時に、死よりも辛いだろう。
でも、乗り越えてみせるよ。
だから、安心してね。
遊びに出かけよう。
車はいらないから。
自転車か、自分の足で。
遊びに出かけよう。
お金はいらないから。
バスケットに、サンドイッチをつめて。
遊びに出かけよう。
行く宛もいらないから。
君が隣りにいてくれるのなら。
いい車なんかより、
君ととなりを歩くのが
高級食なんかより、
君とごはんを食べるのが
君と一緒に歩いて、
一層鮮やかで、
一層艷やかで、
一層あったかい、
桜の舞う中、
そんな、お金より大切なものに心躍らせて。
お昼過ぎ。あの公園の、
桜の木の下で。
生まれた時、僕は一人だった。
そのうち、
すりガラス越しの世界みたいに、
世界が、鈍く、速く、回って。
でも、僕らは一人だった。
近くにいた一人の子に、
話しかけて、二人で話した。
僕と君は一人じゃなくなった。
僕と君をつなぐものは、
目には見えない。
でも、それを僕らは大切に、
どこかにしまって生きるのだ。
人は、それを「絆」とでも言うのかな?