ミミッキュ

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5/30/2024, 2:10:49 PM

"終わりなき旅"

 人生を『終わりのない旅』と言う人はいるが、俺にとっては《先が分からない迷宮》。
 自分が何処に向かっているのか、自分が目指す場所に向かっているのか分からない。
 一度通った道を辿る事は出来るけど、その先は未知の領域。
 先へ続く道を見つけても、何かに阻まれて進めない事もある。
 先へ進む為に、難しい試練を突破しなければならない時だってある。
 ゴールが見えたって、そこへ向かうには大回りしなくてはならなかったりする時もある。
 時には天地が入れ替わる事もある。
 そんな中で、自分が何者なのか見失う事なんてザラだ。
 この迷宮は、たった一つの選択で自分がヒーローにも悪魔にもなりうるのだ。
 慎重に進まなければならない。かと言って悠長にしていては、ゴールにたどり着く前に終わってしまう。

 『ずっと気を張っていてもしょうがない。たった一度の人生なのだから楽しもう』

 そう言われた時は『何言ってんだ』と鼻で笑ったが、その通りかもしれない。
 ずっと気張っていたって、ただ窮屈なだけだ。実際これまでの人生を思い返せば、とても窮屈な人生だった。分かりやすいと、自身を利用された事もあった。
 その言葉で、それまではただの巨大な迷宮にしか思えなかったものが、ガラリと変わった。
 慎重に進むのもいいが、警戒ばかりして自分の身を削るよりも、何が入っているか分からないプレゼントを開くような冒険も必要。
 それで、俺の世界が広がった。自分が進む道も、自ずと分かるようになった。
 それまでは『俺はこうあるべきだ』と進んでいただけだったが、『こっちに行ってみたい』と冒険するようになった。
 この迷宮は、ゴールまでまだ遠い。けれど、まだ終わらないでくれ。
 もっともっと自分の世界を広げたい。この好奇心が無くならない限り、まだ終わらないでくれ。
 遠回りでもいい。もう少し、自分の可能性を見てみたい。
 俺の人生、俺の迷宮だから。

5/29/2024, 11:54:11 AM

"「ごめんね」"

 この前見つけたバグスターの攻略会議が、普段より長引いてしまった。原因は、目撃情報があった時間やポイントが不規則で時間がかかったから。
 多少の不規則は誤差の範囲内だ。だがそんなもんじゃなかった。
 目撃された日付が二日連続だったり、一日や二日程間が空いていたり。場所も比較的広範囲で、海が見渡せる港にいたのに次の情報では木々が鬱蒼とした山だったり。
 なんとか行動原理が分かったが皆相当消耗してしまい、作戦については明日となった。
 一日でも早く倒さなくてはいけないが、正直助かった。何時間もスコープを掲げていた為、前腕が怠い。
 昼休憩に入るのがいつもより遅くなってしまったので、ハナが腹を空かせているに違いない。もしかしたら開けた瞬間飛びかかって大声で鳴き叫ぶかもしれない。
「悪ぃ、遅れた」
 警戒しながら扉をゆっくり開く。
「みぃ〜ん……」
 すると、思いもよらぬ声が帰ってきた。
 驚きながらも室内を見渡すと、机の上に置いていたプラスチック製のコップが床に落ちていた。
 一瞬ドキリとしたが、辺りに飲み物が広がっていないのを見て最後に居室を出る前、中に入れていた牛乳を飲み干してから出たのを思い出し胸を撫で下ろす。
 ハナがこの態度なのは、おそらく机の上の物を落とそうとすると俺がいつも叱っているからだろう。
 こいつに《悪い事をしたら謝る》事を教えていないはずなのに、先程の鳴き声が明らかに『ごめん』と言っている声だった。
──ちゃんと謝れて偉いけど、一体どこで教わってきたんだ。
「怒ってねぇよ。それより怪我してねぇか?」
 ハナを両手で掲げて、全身をくまなくチェックする。血が出ていたり、毛並みが変わっている箇所は見当たらなかった。ゆっくり床に下ろす。
「ちゃんと謝れて偉いな」
 そう言ってハナの頭を優しく撫でる。嬉しそうに目を閉じた。
「飯用意して来っから大人しく待ってろよ」
「みゃあん」
 立ち上がって居室を出る。
──もし『悪い事して謝ったら褒められる。かまってもらえる』って覚えて、また同じ事したらどうしよう。
 そんな事を考えながら、台所へ向かった。

5/28/2024, 11:28:23 AM

"半袖"

「こんなもんか。……はい、終わったぞー」
 念入りなタオルドライの後、軽くドライヤーの温風をかけて仕上げてハナを解放する。
 完全に乾いたハナの体毛は、シャンプーしたおかげで入浴前よりもすっきりした印象で、ドライヤーの温風でふわふわに仕上がっている。
「みゃあん」
 顔を近付けると、猫用シャンプーの良い匂いが鼻腔をくすぐる。
 しばし体毛を嗅いでいると、くすぐったいのか身体をよじり始める。
「大きくなっても、変わらねぇな……」
 ハナを拾い上げた時の事を思い出す。あの時のハナは本当に小さく、片手にすっぽり収まるくらい小さくて、今よりも鳴き声が高かった。
 だが、体毛の柔らかさはあの時と全然変わらない。暖かくて、柔らかくて、ふわふわ。
 物思いに浸っていると、ハナが急に口角付近を舐めてきた。
「うおっ。や、やめぇ。……ふひひ」
 舌のザラザラとした感触に、思わず笑いが零れる。
 やめろ、と笑いながら離す。
「そういや、そろそろ半袖出すか……」
──猫に換毛期が来たなら、近々自分の衣替えをしなくては。
 そんな事を考えながら、ハナを腕に抱えたまま居室に戻った。

5/27/2024, 2:31:35 PM

"天国と地獄"

 シリンダー錠が外される音、そのすぐ後に扉を開く音と革靴の足音が聞こえた。
「おかえりー」
「みゃあ」
 廊下の奥まで聞こえるよう声を張り上げ、家主の帰宅を声で迎える。ハナはドーム型のケージの中で、メッシュ素材の窓を覗き込みながら鳴き声を上げる。
 すると、ゆっくりとした足音を鳴らしながら、家主がリビングに入ってきた。
「夜勤お疲れ。飲み物いるか?」
「スポーツドリンク」
 そう言う顔は少しやつれ、一瞬見えた足取りは重々しかった。
 どんなに体力があれど夜勤は身体に相当こたえるようで、夜勤を終えて帰ってくると十中八九この様子である。
 それに本人もいい歳になっている。今後はもっと酷い様子で帰ってくるに違いない。
 そんな事を思いながら冷蔵庫の扉を開け、五百mLのスポーツドリンクを取り出す。
「はいよ」
「ありがとう」
 スポーツドリンクを手渡すと、ダイニングチェアを引いて腰掛けてキャップを開け、中のスポーツドリンクを流し込んだ。
 立派な喉仏が上下に動いて、ペットボトルから口を離すとキャップを閉めてテーブルの上に置く。
「飯にするか?」
「そうする。何を作った?」
「シチュー。米炊き終わってるし、切り分けたバゲットもある。その前に着替えてこい」
 そう言うと「分かった」と立ち上がって自室に向かった。
 時々──特に夜勤明け──、ご飯を作りに飛彩の自宅に来ている。
 ハナを迎えてからは来れていなかった──マンションなので動物を連れてくるわけにはいかず、かと言って誰かに預けるのも心配だった──ので、ドーム型のケージを設置してくれた時に「また作りに来られる」と話していた。
 飛彩の家のキッチンに立つのは本当に久々で心配だったが、俺が再び作りに来た時の為に調理器具の配置を変えずにおいてくれたのだろう。以前のように作れて安心したし、なによりその配慮が嬉しかった。
 部屋の扉が開き、中から部屋着姿の飛彩が出てきた。
「今盛り付けるからちょっと待ってろ」
「分かった」
 そう頷くとケージに近付き、メッシュ素材の窓から中を覗き込んだ。
 飛彩の声とハナの鳴き声が聞こえる。それなりに距離があるのでなんと言っているか聞き取れないが、ハナが窓越しにじゃれているのは分かる。
 微笑ましく思いながら、シチューを深皿に盛り付けていく。色の違うランチョンマットの上にそれぞれ置いて、その間に切り分けたバゲットを入れた小さな籠を置く。
 白米をつごうと茶碗に手を伸ばす。
「風呂上がりに茶漬けを食べたいから、今はいい」
 背後から声がかかり、手を止めて振り向く。
「わーった」
 少し顔を引きつらせながら返事をして、茶碗に伸ばしかけていた手を引っ込めてキッチンから出る。
──風呂上がりに茶漬けって、どんだけ食べる気だよ。
 いくつ歳をとっても、胃袋の衰えを一切感じない。
 本人がよく動くからなのか、それとも元から胃が大きくて多少衰えても許容量が減らないのか。どちらにせよ化け物。
 だが飛彩の場合、おそらく両方だろう。化け物以上だ。
 ケージに近付き、傍に置いていたリュックからハナのご飯皿とドライフードと水皿を出し、キッチンで水道水を入れて戻り、ご飯皿にドライフードを盛り付けてケージのファスナーを開け、中にご飯皿と水皿を置く。
 ケージの中のクッションをこねていたのを止めて皿の前に陣取ると「みゃうん」と声を上げて食べ始めた。
 ファスナーを閉めてダイニングに近付く。既に座って待機していた飛彩の向かいのダイニングチェアを引いて座る。
 どちらからともなく手を合わせ、「いただきます」という声がユニゾンする。
「……うん、美味い」
「あっそ」
 素っ気なく返してシチューを口に入れる。
 正直言うと、以前と味が変わっていないか。変わっていたとしても、飛彩の口に合わない味になっていないか心配だった。
 だから「美味い」と言われて、心底ほっとしている。
「また大我の手料理が食べられて嬉しい」
 微笑みながら言ってきて、ドキリと心臓が跳ねる。
「……そーかよ」
 バゲットを一つ取り、スプーンでシチューを掬いバゲットの上にかけて食べる。シチューの塩味と小麦粉の甘さが相まって癖になる。
「こうして食べるのも美味いな」
 すると俺と同じ食べ方をした飛彩が、感心した声色でまた「美味い」と言った。その目はまるで、新しい遊び場やおもちゃを見つけた子どものようだ。
「シチューなら、まだいっぱいあるぞ」
 そう言って、シチューをまたバゲットの上にかける。
「その食べ方、気に入ったんだな」
「……うっせぇ」
 短く吐き捨てて、半ばやけくそのように一口食べる。
 すると少し離れた所から水の、ぴちゃぴちゃ、という音が微かに聞こえる。ハナは既に食べ終えたらしい。
「本当に大きくなったな」
 咀嚼を終えて飲み込むと、ハナが入っているケージを見ながら呟くように言葉を紡いだ。
「あぁ。うちに馴染んできてから、運動不足で真夜中に暴れ回られると面倒だから毎日おもちゃで遊んでやってるが、でかくなって筋力も付いてきて。散歩なんて、ハーネス付けてなきゃ何処にでも行きそうでよ」
 もう大変、そう言ってシチューがけバゲットを食べる。
「あそこまで利口に育ったのは、お前が親代わりになったおかげだろうな」
「いやいや本人……本猫?、の元からの賢さだろ。俺はただ駄目なもんは駄目だと言ったり、色んなものを見せてきただけだ」
「子は親の背を見て育つ。先程のようにご飯を食べる際一声鳴くのは、お前の礼儀正しい所を見て育った確たる証拠だ」
 そう言って、再びバゲットにシチューをかけて食べた。
「……ふん」
 いたたまれなくてそっぽを向く。数秒の間、沈黙が降りる。
「帰って少し寝たらハナを風呂に入れなきゃな」
 無理矢理話題を変えようと口を開く。
「そうか。暖かくなってきたから、そろそろ換毛期か」
 ハナを風呂に入れたのは、ハナを保護した時のみ。
 あの時は少し暴れたが鳴き喚く事は鳴く、少し湯船の中に入れたら大人しく洗わせてくれた。
 久しぶりだし、あの時のように大人しく洗わせてくれるか心配だ。
「うちの風呂場を使えばいい」
「駄目だ。洗ってる最中に鳴いたりしたら近隣からクレームが入る。そもそもシャンプー持ってきてねぇし、近くにペットショップねぇから無理」
「そうか。ただ湯で洗い流しても、シャンプーを使って洗わないと意味が無いか」
「……だからって猫用シャンプー買うなよ。ここでハナのシャンプーする気ねぇから」
「分かっている」
 本当か?、と疑念を持ちながら最後の一口を食べる。手を合わせ「ご馳走様でした」と言うと、またユニゾンした。同じタイミングで食べ終わったらしい。
「片付けは俺がやる。ゆっくり座っていてくれ」
 そう言うと食べ終わった食器をまとめて手に持ってキッチンに入り、洗い物を始めた。お言葉に甘えてソファに座る。
「残りのシチューは、夕飯に温めて食べる」
「また食うのかよ」
 飽きねぇのか、と半ば呆れながら言うと
「折角の料理がもったいないだろ」
「……んで?この後風呂に入って、風呂上がりにお茶漬け食べるってんだろ。……まさか白米も全部食べる気か?」
「白米は茶漬けを食べた後小分けして冷凍する」
「ならいい」
 水道水の音と食器同士が当たる音のみが響く。ソファに座りながら目を閉じて音に耳をすませていると次第に音が止み、次に太腿に重力を感じた。
 目を開けると、組んでいる足の上に頭を乗せている。頭を持って組んでいた足を解き、太腿の上に載せる。
「……男の膝枕なんて固いだけだろ」
「大我のだからいい」
「……物好きだな。お前も、ハナも」
 そう吐き捨てると、後頭部を向けながら笑い声を転がした。
 笑うな、と言おうとして口を開くと、穏やかな寝息が微かに聞こえてきた。
──こんにゃろ……。
 だが起こす気にはなれなくてそのまま膝枕をしていると、穏やかな寝息につられて眠くなっていき、目を閉じて意識をゆっくり手放した。

5/26/2024, 12:31:24 PM

"月に願いを"

「みゃあ」
 見回りをしようと懐中電灯を片手に廊下に出てからまだ二歩程、急に処置室に入っていった。跡をついて行くと窓辺に飛び乗って空を見上げながら一声鳴いた。
「どうした?」
 月明かりでほんのりと明るい室内を進み、窓の外を見上げる。
「おぉ……」
 見上げた視線の先に、優しい光を放つ月が夜空に昇っていた。真ん丸では無いが、その形もまた美しい。
「みゃあ」
 月に見惚れていると、ハナが甘えるように鳴きながら俺の腹に前足をかけてきた。
「抱っこか?」
 んしょ、と抱き上げてやると、喉を鳴らしながら身体を弛緩させて腕の中に収まった。
 そんなハナに小さく笑い、再び月を見上げる。
──これからも、平穏が続きますように。
 祈るように心の中で呟く。
 ハナを床に下ろし「行くぞ」と懐中電灯の灯りをつけて、改めて見回りを始めた。

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