ミミッキュ

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3/16/2024, 12:45:10 PM

"怖がり"

「みゃあん、みゃあ」
 数ヶ月前から見回りについて来るようになったが、ルートを覚えたのか最近前を歩いていくようになった。
「みゃあーん」
「ま、まて……」
「みゃう」
 そして見回り中はよく鳴くようにもなった。普段も鳴きはするが、見回り中は普段の二倍、三倍くらい。
 震える手で懐中電灯を持ちながら、室内を照らして確認していく。
「うぅ……」
「みゃあ」
 小さく呻くと、鳴きながら近付いて足に擦り寄ってきた。
「……ありがと」
 身を屈めてハナの頭を撫でる。気持ち良さそうに喉を鳴らすと、再び先を歩き始めた。
 ハナが先導してくれるようになってから、早く終わるようになった。
 俺がずっと震えながら見回りしているのを横で見ていたから、早く終わらせて遊びたくて先を歩くようになったのかもしれない。
 いい歳した大人がまだお化けが怖いなんて、本当に情けない。猫にまで呆れられて。
 中学生の時から何度か克服しようとしたが、どれも失敗に終わって医大二年生辺りで、もうどうにもならないものだと開き直った。
「みゃあ、みゃあ、みゃあーん」
 仕切りに鳴いてくるハナに、ふと口元が緩む。
 完全には拭えなくても、多少和らげる事はできるかもしれない。
「今夜はいっぱい遊ぼうな」
「みゃあん!」
 視線を元に戻して、見回りを再開する。先程まで震えていた光が、真っ直ぐに前を照らしていた。

3/15/2024, 2:58:34 PM

"星が溢れる"

「急になんだ?渡したいもんがあるって」
 人気のない休憩スペースにある、いつものテーブルに座る飛彩に質問をぶつけながら、向かいの椅子を引いて腰を下ろす。
 遡って今朝、朝食を食べていると傍に置いていたスマホから、メッセージを受信した通知音が鳴り見てみると飛彩から『渡したい物がある』と、詳しい時間と共にメッセージが送られてきた。
 指定された時間通りに、いつもの場所に向かうといつも座っているテーブルに既に着席して紙コップを傾けて中のコーヒー──恐らくカフェラテ──を啜り、俺の姿を認めると紙コップをゆっくりテーブルに置いて「来たか」と言った。
「急な呼び出し、時間も一方的に指定して済まない」
 俺の質問に答えると、テーブルの下から綺麗にラッピングされた細長い物を出してテーブルの上に置いた。
「これは?」
「一日遅れてしまったプレゼントだ」
 そう言うとプレゼントを手に取って、俺に差し出してきた。よく見ると、蝶々結びの下に【Happy White Day.】と筆記体で書かれたステッカーが貼られている。そのステッカーを見て、あぁ、と納得した。
「いいっつったのに」
「俺がしたくて、それを選んだんだ」
 そう言って、再びコーヒーを啜る。
──全く強情だな。
 呆れながら「開けていいか?」と聞くと「あぁ、勿論」と答えた。
 リボンの端を引っ張り蝶々結びを解いて、ラッピングから取り出す。
 中身は瓶いっぱいに入った、淡い緑色と水色の二色の金平糖。
 蓋を開ければ星が溢れ出てくるのではないかと思う程、一粒一粒が綺麗な星の形をしている。
「気に入ってくれたようで良かった」
「……まぁ、有難く頂いとく」
 そう言って包みを元に戻し、リボンをキュッと縛る。
「ありがと」
 聞こえたかどうか微妙な声量で礼を言うと、柔らかく微笑んで小さく頷きながらコーヒーを啜った。
「……もう行く」
「あぁ、急な呼び出しに来てくれてありがとう」
 その言葉を聞いて身を翻し、廊下に出て「じゃ、またな」と片手を上げると「また」とこちらも片手を上げて返してきた。その様を見守ると曲がって正面玄関を出て、帰路に着いた。
──大事に食べよ。
 浮き足立つのを必死に抑えながら、早足で進んで行った。

3/14/2024, 2:01:44 PM

"安らかな瞳"

 普段は『開業医』、仕事外で二人きりの時は『大我』と呼ぶ。
 『開業医』と呼ぶと、他の者が呼んだ時と比べて少し柔らかな目を向けるが、『大我』と呼んだ時はとても安らいだ目を向ける。
 やはり『大我』と呼ぶ者はごく少数な上に、《恋人》という特別な関係だからだろう。
 下の名前を呼ばれるのが好きなのか、反応も『大我』と呼んだ時の方が声色が明るい。
 「開業医」と呼べば「なんだ?」と凛とした口調で返事をするのだが、「大我」と呼べば「ん?」と僅かに間延びした返事をする。
 そのギャップが、可愛い。
 怒らせてしまうだろうから、本人には言えないが。

3/13/2024, 2:38:15 PM

"ずっと隣で"

 敵側となり、俺から離れていったあの時。俺はあいつへの恋心に気付いた。
  ダメだ。性別云々じゃなく、この恋は実っちゃいけない。だからこの想いを告げずに、ずっと片想いのままでいようと思ってた。
 けど、ダメだった。あの日の事は今でもハッキリと覚えている。
 病室で二人きりの時に告げられた。向こうから。
 向こうも同じだった。けれど想いを告げる事だけはしようと、今以上のチャンスは無いと思い、告げに来たという。
 ただ、黙る事しかできなかった。
 口を開けば、どの言葉を出しても《好き》が滲み出てしまいそうで、黙る事しかできなかった。
 そんな俺に気付いたのか、根気強く俺の言葉を引き出そうとした。
 粘って交わし続けたが、健闘むなしく根負けした。
 期限付きで《恋人》となって、目指すその日まで隣で見守ってほしい。
 なんて強情なのだと。この男は頑固だと、ある程度理解していたはずなのに、想像を遥かに超えていた。
 提案に反論する所も突く所も無い。反対する理由は自白で完全に潰えてる。
 やっぱり、ダメだった。
 それで今に至っている。
 今でも気持ちは変わらない。あの時、強引にでも無言を貫いていたらと思う時がある。
 けれど、後悔はしていない。
 俺は心のどこかで、あいつの《恋人》になって隣を歩きたいと思っていたのかもしれない。
 もしかしたら、そこまで見抜いていたのかもしれない。当時も本人にそこまでの目は無いはずだから、強情だっただけかもしれないが。

3/12/2024, 1:57:39 PM

"もっと知りたい"

「ほら、帰ったぞ」
 そう言ってハナの身体を片手で支えながらジャケットのファスナーを開けてハナを床に下ろす。軽やかに床に着地してみせると、こちらを振り向いて「みゃあ」と少々興奮気味に鳴いてきた。『今日も楽しかった!』って言っているのだろう。
 相変わらず何にでも食いつくが獣医曰く、そろそろ趣味趣向が出てくる頃だ。
 好きな玩具や遊びは分かっている。けど、他の好みや苦手は何だ?
 ジャケットを仕舞ってハナを頭上に持ち上げる。
「お前は何が好きなんだ?」
 聞いてみるが、人間の言葉が分からない上に話せない生き物に聞いたって、まともな答えが返ってくるはずもなく。こちらを見ながら不思議そうに「みゃあ」と鳴くだけ。
──動物相手に何聞いてんだ、俺。
 自分への嘲笑を漏らしながらハナを抱きしめる。ハナの喉の音が鼓膜をくすぐる。
「そろそろ飯の用意すっか」
 そう言うと、《飯》の単語に反応したのか「みゃあん!」と耳元で大きく鳴いた。驚いて思わず「うおっ」と声を漏らし一歩後退る。この食いしん坊モンスター……。
「大人しく待ってろ」
 ハナを床に下ろすと、自分とハナの朝食の用意に部屋を出た。

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