ミミッキュ

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2/25/2024, 11:38:22 AM

"物憂げな空"

 患者を見送り、診察室に戻って時計を見る。針は三時四十八分を指している。
──空気入れ替えるか。
 診察室の向かい、患者用ベッドが三床置かれた処置室に入り窓に近付いて窓の鍵に手を置く。瞬間、ふと窓の外に視線を向ける。
 雪や雨は降っていないが空に雲が散らばっていて半分晴れ半分曇り、夕方近くでほんのり茜色に染っていて、すっきりしない空模様になっている。
──何となく気が塞ぐなぁ……。
 窓の鍵を開けて五cm程開けて、水分補給に給湯室に向かって、棚から取り出したコップの中を水道水で満たして口に含み、流し込む。水道水の冷たさが幾らか身を引き締め、水分が乾いた身体に染み渡る。
「ふぅ……」
 小さく息を吐いて、再び一口流し込む。
 よし、と心の中で小さく呟き気合を入れ、残りは診察室に持って行こうとコップを持ったまま診察室に向かってデスクに置く。
──窓も、これ以上は寒いし閉めよう。
 処置室に入り、窓を閉めて鍵をかける。
──明日はちゃんと晴れろよ。
 念を送るように空を睨め上げて、診察室に戻った。

2/24/2024, 12:16:58 PM

"小さな命"

 出会った頃は片手にすっぽりと収まる程小さかったハナは、あの頃よりだいぶ大きくなってきた。
 それでも、小さな命なのは変わらない。
 成猫サイズになっても人間と比べたら、小さな命。
 ずっと俺の足元をトコトコ歩く、小さな生き物。
 その小さな身体で、自身よりもうんと高い塀や木に登ったり小さな隙間に入って進んだり、どんな場所だろうと脅威の身体能力で突き進んでいく。小さくても、とても勇敢で逞しい。
 その小さな身体が、少しでも健やかに大きく育つように、ご飯をいっぱい食べさせて沢山遊ばせてあげたい。

2/23/2024, 12:53:52 PM

"Love you"

「みゃーん」
 正面玄関の扉の錠を閉めてまっすぐ居室に向かい、扉を開けた途端ハナが大きな声を上げて出迎えてきた。肩を小さく跳ねらせて言葉を返す。
「おぉ、終わったぞ」
 そう言って居室の中に入ると喉を鳴らしながら足元に擦り寄って、椅子を引いて座ると、ピョン、と膝の上に乗って香箱座りして前足で太腿をこね始めた。
「いつも思うが、男の太腿なんて柔らかくもねぇのに、こねて楽しいか?それに俺のなんてもっと柔らかくねぇぞ」
 椅子の肘掛けに頬杖をつく。
 じぃ、とただこねるだけのハナを見る。俺の言葉なんてお構い無しにこね続ける。
──俺の周り、物好きなのばっかだな。
 すると静かにこちらを見上げ、口を開いた。口を開いただけで鳴き声は聞こえない。
「声出てないぞ」
 頭を撫でようと掌を出すと、掌に頭突きをするように擦り寄って自ら撫でられに来た。
 また口を開いた。また鳴き声が出ていない。
──これ、確か《サイレントにゃー》だっけか。子猫が母猫にする……。
 そこまで思い出すと、ハナの顎の下を指で優しく撫でる。気持ち良さそうに目を閉じて顔を上げ、喉を更に大きく鳴らした。
「なんだ、甘えたか」
 顎を撫でていた手をハナの背に移動して、背を毛並みに沿って撫でる。尻尾をまっすぐに立てた。
「さて、飯の用意だ」
 そう言うとまだ喉を鳴らすハナを抱えて床に置いていたハナのご飯用の皿を手に取り、居室を出て自身の夜ご飯とハナの夜ご飯の用意に台所に向かった。

2/22/2024, 1:15:19 PM

"太陽のような"

 俺の定位置は輪の外。輪の傍に立って、聞き耳を立てている。
 傍にいると『あぁ、眩しいな』『俺はこの中には入れないな』と一歩引いて距離をとるから。
 真っ暗な観客席からステージに上げられたような気分で、落ち着かない。
 暗闇に慣れた目に、急に光がいっぱい降り注ぐ場所に引っ張られたら、その眩しさに目がやられる。ステージに降り注ぐ光の熱に、身が焼かれるような感覚がする。
 よく光の中に引っ張ってくれるけど、当分はスポットライトに照らされた場所を薄闇の中見守る位が丁度いい。いつか、あの中に堂々と入れるようになれるといいな。

2/21/2024, 12:07:32 PM

"ゼロからの"

 初めての事に警戒するのは当然っちゃ当然。
 警戒して下準備を念入りにしてから踏み出す人もいれば、警戒しすぎて踏み出せない人もいる。俺はどちらかと言うと、後者だった。
 そのせいで、大切な友を失った。
 それ以来、なりふり構わず突っ込むようになった。自分へ課した贖罪だと言い聞かせて、警戒する事を忘れさせて。
 けれど、ちょっとずつ警戒する事を思い出し行動できるようになって、それまで『俺がやるべき』とか『俺がやるのが得策』とか、理由になっていない理由を並べていたが、ちゃんとした理由で説明できるようになった。
 『理由が付けられるようになった』だけで行動は変わらない。だから周りからは『尤もらしい理由を付けて自分を傷付ける事を覚えた』と思われてるかもしれない。
 『自分がどうなろうが構わない』。この考え方は変わらない。いや、変えてはいけない自分らしさなのかもしれない。

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