ミミッキュ

Open App
10/28/2023, 11:26:26 AM

"暗がりの中で"

「ご馳走様でした」
 今日一日の業務と明日の準備を終わらせ、夕食を済ませる。窓の外を見ると、外はすっかり夜の帳が降りて真っ暗。卓上のデジタル時計を見ると、《PM 9:45》と表示されている。
「……」
 僅かに体を強ばらせると、スロー再生されているような動きで、そー…、と腕を伸ばし、卓上の引き出しを開けて中から懐中電灯と電池を数個取り出し、電池を白衣のポケットに入れる。懐中電灯を持つ手が震えて、気を抜いたら落としそうだ。
「…。すぅー…、はぁー…」
 深呼吸すると、ぐっ、と喉を鳴らし、懐中電灯を握る手に力を入れて手の震えを止める。
「…行くか」
 意を決して椅子から立ち上がり、廊下に出て懐中電灯のスイッチを入れて灯りを付けると、誰もいない暗闇に包まれた廊下を歩き出す。
 《夜の見回り》だ。
 ここに居着いた時から毎日やっている事だが、やはり慣れない。
 入院患者なんていないのだが、居着いた場所が廃病院で、元は普通の病院だった場所なので、何だかやらないと落ち着かない。
 けれど、俺はホラー全般が苦手。放射線科医だった時は、夜勤を任される度に変な疲労を感じた。勿論消灯後の病棟は自前の懐中電灯をつけて、びくびくと震えながら歩いていた。
 と、まぁ…ただでさえ夜の総合病院の病棟すら、自前の懐中電灯を持って震えながら歩いていたのだ。夜の廃病院なんてとてつもなく怖い。あの時以上に懐中電灯が必要。途中で電池が切れたら、朝になるまでその場から一ミリも動けない。だからいつも懐中電灯の電池は、これでもかって位多く備蓄して懐中電灯と同じ引き出しに仕舞っている。白衣のポケットにも、見回りの時に電池を引き出しから何個か取り出して入れている。
「うぅ…」
 懐中電灯で進む先を照らしながら恐る恐る進み、部屋の中を照らして異常がないか確認する。錆び付いたブリキの玩具のように首を動かす。異常なしと分かると「ほぅ…」と息を吐き、反対側の部屋を照らして先程と同じように見る。異常なしと息を吐いて、廊下の先を照らして進む。ずっとこれの繰り返し。
 やっている事はいつも同じなのに、毎回終わるとどっと疲れる。
「そ、そうさ〜…今がゴールじゃ、ないんだよぉ…♪」
 歌ってちょっとでも気を紛らわせながら進む。その歌声は当然震えているし、テンポもだいぶゆっくりだ。
──うぅ〜…早く終わらせてぇ……。

10/27/2023, 1:54:26 PM

"紅茶の香り"

「ご馳走様でした、と…」
 昼休憩で昼食のサンドイッチを食べ、午後の予定を見る。今日は午前中のみで業務は一応終了、備品や消耗品の補充は数日前に済ませたばかりで棚には在庫でいっぱい。つまり、オフだ。
「そうだった…。どうすっかな…」
 午前はてんてこ舞いで、今日は業務は午前だけで午後は無い事が頭からすっかり抜け落ちていて、午後からも業務はあるとばかり思っていたから、急に予定が無くなって虚無になる。
「そういや…」
 近くに新しくカフェができたんだっけか…。気分転換にそこでお茶でも飲むか。
 椅子から立ち上がって白衣を脱ぎ、ストールを羽織って地図アプリで場所を調べてカフェに向かう。
──カラン、カラン
 扉を開けて入ると、ふわりと紅茶の良い香りが漂ってきた。店内は装飾品が少なめで、間接照明を使っているのか柔らかな雰囲気だ。
「いらっしゃいませ」
 カウンターから、エプロン姿の男性が声をかける。胸元の名札を見ると、ここの店主らしい。歳は、見た目でいうと俺より二、三歳程上だろうか。それなのに妙に落ち着いた声と口調で、四十歳だと言われても変に納得してしまいそう。
 そんな店主に席を促され、テーブル一つに椅子一脚のカウンターに近い席に行き、着席する。テーブルに立てかけられているメニュー表を手に取って開く。
──珈琲は一応あるけど、メインは紅茶か。だから店内に入った時紅茶の香りがしたのか。
 そういえば紅茶は久しく嗜んでないなと思い、どんな種類があるのか目を通し、以前は好んで飲んでいたカモミールティーに決める。
 他に何かお供を…、と思いページを捲る。ケーキは数種類あり、どれも気になるがページの隅の方にあるクッキーがとても気になった。メニューの写真には皿の上に七枚程。味はプレーンとココアと抹茶の三種類から選べるらしい。
 すみません、と店主に声をかけ、カモミールティーとクッキーのプレーンを注文した。
 少しして、カモミールティーが入ったポットとソーサーに乗ったカップが来た。テーブルの上に乗せられると、既にポットの中からカモミールティーの良い香りが微かに鼻腔を擽る。
 右手で取っ手を持ってポットを持ち上げ、左手でポットの蓋を抑えると傾けてカモミールティーをカップの中に注ぐ。湯気と共に、林檎のようなフルーティーな香りが、ふわりと舞い上がって、注ぎ終えてポットをカップの横に置くと、はぁ…、と息を吐く。カップを持ち上げて香りを楽しみ、口をつけて一口飲む。久々に飲むカモミールティーの懐かしさに、ほぅ…、と心を落ち着かせる。
 カモミールティーに一息吐いていると、クッキーも運ばれてきた。手の平より少し小さめで淡い小麦色の丸いクッキーが皿の上に七枚乗っている。その中から一枚取り出し、サク、と一口齧る。バターの良い風味が口に広がり、再び紅茶を一口飲む。程よい甘さだから、紅茶にも良く合う。
──はぁ、美味しい…。
 気分転換には充分すぎる程に心が安らぐ。
──あいつにもこの店教えよ。
 サク、とクッキーを再び一口齧り、久しぶりのカモミールティーを楽しんだ。

10/26/2023, 2:07:11 PM

"愛言葉"

「では、また」
「おう、またな」
 用事が終わって正面玄関前まで送って、短く別れの挨拶をして少しずつ遠ざかる背中を見送り、中に戻る。
 何の変哲もないただのちょっとした別れの言葉。だだけど俺達にとっては、少なくとも俺にとっては、とても特別な言葉。
 「また」と言われると、たとえ数分後でも数時間後でも明日でも明後日でも、数年後でも、次に会う時まで頑張ろうって思える。たったの二文字だけど、充分すぎるくらい俺に生きる活力をくれる言葉。
 それと、気持ちを伝えるのが苦手だから、「また」のたった二文字の中に《頑張れ》と《好き》を込めてる。伝わってないかもしれない。自己満足かもしれない。けれど、それでも二つの大切な想いを込めて伝える。
 恐らく向こうも同じかもしれない。あいつも言葉足らずなところがあるから。あと言い方というか言葉のニュアンスが何となくだが、いつも俺と同じような感じがする。もしかしたら、俺と同じ事をしているのかもしれない。
 想いを伝え合ったのは、あの時。と、二人きりの夜くらいで、普段はしり込みして言えない。あいつもそうだと思う。だから、別の言葉に想いを込めて伝え合うのが、俺達らしい、想いの伝え方なのかもしれない。
 そんな中で「また」はあいつにとっても、特別な言葉なのかもしれない。
 お互いの想いを伝え合う為の、特別な、大切な言葉。
 多分、「また」が俺達の《愛言葉》なのかもしれない。

10/25/2023, 10:49:04 AM

"友達"

 友達かと聞かれたら?
 絶対《違う》って答える。向こうだってそうだろうと思う。
 けど、俺が「違う」って答えたら、向こうが傷付くかも…。俺は、向こうが「違う」って答えたら、なんか複雑…。
 どう答えるのが正解なんだ…?
 嘘でも「友達だ」って答えるか?
 けど、俺なんかに友達だと思われるの、嫌かもしれないし…。
 うぅ…。
 もし聞かれたら無言になるしかねぇか…。

10/24/2023, 10:42:40 AM

"行かないで"
※ピクシブにて別タイトルで既に投稿している物です


ザザ───

《違う》

ザ───ザザ───

《そんな風に呼ぶな…っ》

ザザ───ザ───

《────やめろ…っ》

《やめろっ…!》


--------------------
---------------
-------


「───っ…!」
 瞬間飛び起きようとするが、身体中がズキッと痛み、
「つ…っ」
 と声を上げながら顔をしかめた。
───夢、か…。
 同時に 、あれが夢である事を自覚する。
 息苦しさを覚え、酸素を貪るように大きく小刻みに息を吸う。
───久方振りに見たな、あの夢。最後に見たのは…、あの日以来か。
 息苦しさがだいぶ楽になってきて、ふぅ、と息を吐き、いつも通りの呼吸のリズムに戻す。
───何だか頭がふわふわする。身体中も熱い。
 首を少し動かして窓の方を見る。カーテンがかかっていて部屋が薄暗く、時計がないので今が何時なのか分からない。カーテンが陽の光を吸い込み、淡い光を優しく乱反射させて室内を照らしている。
───懐かしかった。夢の中でのあの息苦しさ、視界が狭まっていく感覚、頭の中に響くノイズ──。
 コン、コン、コン
 不意に扉の外から小気味良いノック音が聞こえた。扉に向かって、どうぞ、と入室の許可を送る。
「失礼します」
 ガラリ、と引き戸が開く。ブレイブ─鏡飛彩─だった。
「もう起きていたか」
「「もう」って、ついさっき目が覚めたばかりだ。」
 今何時なんだ?時間を聞くとブレイブは自身の左腕に巻かれた腕時計で現在の時刻を確認する。
「朝の六時だ」
「そうか」
 俺が返事をすると、ブレイブはスタスタと窓に近づいてカーテンを開ける。一瞬眩しさに目を細めるが、その明るさにすぐ慣れ、窓の外を見る。早朝特有の鮮やかなコントラストの青空が広がっていた。カーテンを開けきったブレイブが、今度はこちらに近づいてくる。
「…寝汗をかいたのか。顔も赤い」
 そう言いながら、机の上に置いてあった体温計を俺に差し出し、白衣のポケットから酸素飽和度測定器を取り出す。
 俺はブレイブから体温計を右手で受け取って左の脇の下に挟み、右手人差し指を差し出す。酸素飽和度は直ぐに出た。
「九十四%か、まだ酸素マスクは外せないな」
「まだこんな喋りづれぇの付けてなきゃいけねぇのか」
 はぁ、というため息と共に、ピピピッ、と体温計の電子音が鳴り響いた。体温計を取り出し、測定した体温を写す液晶画面を見て、思わず声が出る。
「…げっ」
───昨日はこんなになかっただろ。どうりで身体中が熱く、頭も上手く回らないわけだ。
 それは今まで見た事ない数字の羅列だった。
「見せろ。」
 左手を大きく広げ、手のひらをこちらに向けて体温計を渡すよう催促してくる。
「…三十八度九分」
 液晶画面をブレイブに向けて、出た体温を読み上げる。左手で体温計を受け取ったブレイブは、やっぱり、と言うような顔をして肩をすくめる。
「術後は傷口を塞ごうと熱を発するから、傷口の大きさによるが高熱が出る。昨日より高いという事は、身体の生命活動が正常に働いている証拠だ」
 そう言うブレイブの顔は、どこか安堵の表情をしていた。
───まだ生きようとしているのか、俺の身体は。こんなになっても、まだ…。
「保冷剤と氷枕を持ってくる」
 そう言うとブレイブは、扉に向かってツカツカと歩いていく。
「…ッ!」
───嫌だ、嫌だ、行かないで、行かないで。
「ブレイブッ…!」
───行かないでっ。
 左手を布団の中から出し、ブレイブに向かってめいっぱい伸ばしながら、自分でもビックリする程悲痛な声で呼ぶ。ブレイブは俺の声に驚いて、扉の手すりに手をかけようとした手を止め、目を白黒させながら俺の方を見る。お互いどうすればいいのか分からず、数秒間固まってしまった。
「…ブレイブ」
───一人にしないで。
 数秒の静寂に耐えきれなくなり、とりあえず再び名前を呼ぶ。
「…なんだ」
 身体ごとこちらに向いて問いかけてくる。心なしか、少し柔らかな声色に聞こえた。
「…ひいろ」
───独りは、怖い。
 再び左手を伸ばしながら呼ぶ。《ブレイブ》ではなく《飛彩》と──舌足らずだが──。今度は蚊の鳴くような、か細い声だった。ブレイブは、ふっ、と肩を落とすと、柔らかな顔になってゆっくりと近づいてきた。
「鏡飛彩はここにいる」
 そう言って伸ばしてた俺の左手を、両手で優しく包み込む。俺の身体が火照っているせいか、冷たいと感じるその両手。今はそれが心地良い。
───もっと近づいて欲しい。もっと触れて欲しい。もっと、もっと。
「ひいろは、どこにも、行かない?」
───俺の前からいなくならないで。
 俺が苦し紛れにそう言うと、両手で包み込んでいた俺の左手を俺のお腹の上にそっと置いて、顔をこちらに向けたままベッドに腰掛ける。
「あぁ。俺は一生、お前のそばにいる。」
 左手で俺の右頬を包み込んで、親指で目尻を撫でた。
───あ、俺、泣いてたんだ。
 目尻を撫でられたことで、自分が泣いていた事を知る。
「…ん」
 とブレイブの言葉に返事をする。どうしようもなく嬉しくて、じわりと目頭が熱くなった。
───飛彩の手、冷たくて、気持ちいい。
 俺の右頬を包み込むブレイブの左手に自分の右手を、そっ、と添える。その冷たい左手が、生命活動で火照っている頬を冷やしてくれる。悪夢で固くこわばった心を溶かしてくれる。
「泣きすぎだ」
 もう一方の手で俺の左頬を包む。その優しい感触にまた涙が出てきた。ボロボロと、涙がこぼれていく。
───あぁ、ダメだ。さっきから熱で頭がフワフワするせいで、いつもの俺なら絶対しない言動して、涙脆くなって…これじゃ子どもだ。
「……」
──でも良い。これで。
「本音を言うのって、こんなに胸が苦しくて、辛くて、しんどいんだな」
 今まで、本音で話す、なんて《する必要なんてなかった》。いや、《出来なかった》。だから、本音を出すことが、たった一言だけでも胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しくて。けれど、ぱぁ、と世界が広がるような、晴れやかな気持ちになるなんて知らなかった。
───この歳になってもまだまだ知らない事が沢山あるんだな。
 目の前の恋人は、いつも、俺の知らない事を教えてくれる。
「ひいろ」
「なんだ?」
「ひいろ、大好き」
「俺もだ、大我」
───こうなったら、どこまでも子どものように甘えてやる。時間の許す限り、ずっと。
 するとブレイブが顔を近づけて来た。何をする気だ、と思わず目をつぶる。コツン、と互いの額が合わさる。もちろん酸素マスクを付けているため、キスは出来ない。それにブレイブの事だ、あの酸素飽和度だと酸素マスクを退けてキスなんてできやしない。分かってはいたが、熱に浮かされて上手く回らない頭だから、なんだ、と少しガッカリする。
 ガッカリしてると、左頬骨にキスを落としてきた。少し驚いていると、右手で俺の前髪をかき揚げ、額にもキスを落とされる。暖かくて、優しい。心がどこまでも溶けてしまいそう。
「いい加減その右手を離してくれないか?」
 ブレイブの左手に、自分の右手を乗せていたのを忘れていた。けど離さない。離す気なんてない。自身のお腹の上に置かれた左手をブレイブの左手首に乗せて。
「もう少し、このまま」
 すり、とブレイブの左手のひらに頬ずりをする。仕方ない、と言いたげに息を吐く。
「誰か来たら、保冷剤と氷枕、取りに離れるからな」
「ん、…ふふ」
 返事をすると、また左手のひらに頬ずりをした。
───あぁ、この時間がずっと続きますように。このまま誰も来ませんように。

Next