"行かないで"
※ピクシブにて別タイトルで既に投稿している物です
ザザ───
《違う》
ザ───ザザ───
《そんな風に呼ぶな…っ》
ザザ───ザ───
《────やめろ…っ》
《やめろっ…!》
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「───っ…!」
瞬間飛び起きようとするが、身体中がズキッと痛み、
「つ…っ」
と声を上げながら顔をしかめた。
───夢、か…。
同時に 、あれが夢である事を自覚する。
息苦しさを覚え、酸素を貪るように大きく小刻みに息を吸う。
───久方振りに見たな、あの夢。最後に見たのは…、あの日以来か。
息苦しさがだいぶ楽になってきて、ふぅ、と息を吐き、いつも通りの呼吸のリズムに戻す。
───何だか頭がふわふわする。身体中も熱い。
首を少し動かして窓の方を見る。カーテンがかかっていて部屋が薄暗く、時計がないので今が何時なのか分からない。カーテンが陽の光を吸い込み、淡い光を優しく乱反射させて室内を照らしている。
───懐かしかった。夢の中でのあの息苦しさ、視界が狭まっていく感覚、頭の中に響くノイズ──。
コン、コン、コン
不意に扉の外から小気味良いノック音が聞こえた。扉に向かって、どうぞ、と入室の許可を送る。
「失礼します」
ガラリ、と引き戸が開く。ブレイブ─鏡飛彩─だった。
「もう起きていたか」
「「もう」って、ついさっき目が覚めたばかりだ。」
今何時なんだ?時間を聞くとブレイブは自身の左腕に巻かれた腕時計で現在の時刻を確認する。
「朝の六時だ」
「そうか」
俺が返事をすると、ブレイブはスタスタと窓に近づいてカーテンを開ける。一瞬眩しさに目を細めるが、その明るさにすぐ慣れ、窓の外を見る。早朝特有の鮮やかなコントラストの青空が広がっていた。カーテンを開けきったブレイブが、今度はこちらに近づいてくる。
「…寝汗をかいたのか。顔も赤い」
そう言いながら、机の上に置いてあった体温計を俺に差し出し、白衣のポケットから酸素飽和度測定器を取り出す。
俺はブレイブから体温計を右手で受け取って左の脇の下に挟み、右手人差し指を差し出す。酸素飽和度は直ぐに出た。
「九十四%か、まだ酸素マスクは外せないな」
「まだこんな喋りづれぇの付けてなきゃいけねぇのか」
はぁ、というため息と共に、ピピピッ、と体温計の電子音が鳴り響いた。体温計を取り出し、測定した体温を写す液晶画面を見て、思わず声が出る。
「…げっ」
───昨日はこんなになかっただろ。どうりで身体中が熱く、頭も上手く回らないわけだ。
それは今まで見た事ない数字の羅列だった。
「見せろ。」
左手を大きく広げ、手のひらをこちらに向けて体温計を渡すよう催促してくる。
「…三十八度九分」
液晶画面をブレイブに向けて、出た体温を読み上げる。左手で体温計を受け取ったブレイブは、やっぱり、と言うような顔をして肩をすくめる。
「術後は傷口を塞ごうと熱を発するから、傷口の大きさによるが高熱が出る。昨日より高いという事は、身体の生命活動が正常に働いている証拠だ」
そう言うブレイブの顔は、どこか安堵の表情をしていた。
───まだ生きようとしているのか、俺の身体は。こんなになっても、まだ…。
「保冷剤と氷枕を持ってくる」
そう言うとブレイブは、扉に向かってツカツカと歩いていく。
「…ッ!」
───嫌だ、嫌だ、行かないで、行かないで。
「ブレイブッ…!」
───行かないでっ。
左手を布団の中から出し、ブレイブに向かってめいっぱい伸ばしながら、自分でもビックリする程悲痛な声で呼ぶ。ブレイブは俺の声に驚いて、扉の手すりに手をかけようとした手を止め、目を白黒させながら俺の方を見る。お互いどうすればいいのか分からず、数秒間固まってしまった。
「…ブレイブ」
───一人にしないで。
数秒の静寂に耐えきれなくなり、とりあえず再び名前を呼ぶ。
「…なんだ」
身体ごとこちらに向いて問いかけてくる。心なしか、少し柔らかな声色に聞こえた。
「…ひいろ」
───独りは、怖い。
再び左手を伸ばしながら呼ぶ。《ブレイブ》ではなく《飛彩》と──舌足らずだが──。今度は蚊の鳴くような、か細い声だった。ブレイブは、ふっ、と肩を落とすと、柔らかな顔になってゆっくりと近づいてきた。
「鏡飛彩はここにいる」
そう言って伸ばしてた俺の左手を、両手で優しく包み込む。俺の身体が火照っているせいか、冷たいと感じるその両手。今はそれが心地良い。
───もっと近づいて欲しい。もっと触れて欲しい。もっと、もっと。
「ひいろは、どこにも、行かない?」
───俺の前からいなくならないで。
俺が苦し紛れにそう言うと、両手で包み込んでいた俺の左手を俺のお腹の上にそっと置いて、顔をこちらに向けたままベッドに腰掛ける。
「あぁ。俺は一生、お前のそばにいる。」
左手で俺の右頬を包み込んで、親指で目尻を撫でた。
───あ、俺、泣いてたんだ。
目尻を撫でられたことで、自分が泣いていた事を知る。
「…ん」
とブレイブの言葉に返事をする。どうしようもなく嬉しくて、じわりと目頭が熱くなった。
───飛彩の手、冷たくて、気持ちいい。
俺の右頬を包み込むブレイブの左手に自分の右手を、そっ、と添える。その冷たい左手が、生命活動で火照っている頬を冷やしてくれる。悪夢で固くこわばった心を溶かしてくれる。
「泣きすぎだ」
もう一方の手で俺の左頬を包む。その優しい感触にまた涙が出てきた。ボロボロと、涙がこぼれていく。
───あぁ、ダメだ。さっきから熱で頭がフワフワするせいで、いつもの俺なら絶対しない言動して、涙脆くなって…これじゃ子どもだ。
「……」
──でも良い。これで。
「本音を言うのって、こんなに胸が苦しくて、辛くて、しんどいんだな」
今まで、本音で話す、なんて《する必要なんてなかった》。いや、《出来なかった》。だから、本音を出すことが、たった一言だけでも胸が張り裂けそうなほど痛くて苦しくて。けれど、ぱぁ、と世界が広がるような、晴れやかな気持ちになるなんて知らなかった。
───この歳になってもまだまだ知らない事が沢山あるんだな。
目の前の恋人は、いつも、俺の知らない事を教えてくれる。
「ひいろ」
「なんだ?」
「ひいろ、大好き」
「俺もだ、大我」
───こうなったら、どこまでも子どものように甘えてやる。時間の許す限り、ずっと。
するとブレイブが顔を近づけて来た。何をする気だ、と思わず目をつぶる。コツン、と互いの額が合わさる。もちろん酸素マスクを付けているため、キスは出来ない。それにブレイブの事だ、あの酸素飽和度だと酸素マスクを退けてキスなんてできやしない。分かってはいたが、熱に浮かされて上手く回らない頭だから、なんだ、と少しガッカリする。
ガッカリしてると、左頬骨にキスを落としてきた。少し驚いていると、右手で俺の前髪をかき揚げ、額にもキスを落とされる。暖かくて、優しい。心がどこまでも溶けてしまいそう。
「いい加減その右手を離してくれないか?」
ブレイブの左手に、自分の右手を乗せていたのを忘れていた。けど離さない。離す気なんてない。自身のお腹の上に置かれた左手をブレイブの左手首に乗せて。
「もう少し、このまま」
すり、とブレイブの左手のひらに頬ずりをする。仕方ない、と言いたげに息を吐く。
「誰か来たら、保冷剤と氷枕、取りに離れるからな」
「ん、…ふふ」
返事をすると、また左手のひらに頬ずりをした。
───あぁ、この時間がずっと続きますように。このまま誰も来ませんように。
10/24/2023, 10:42:40 AM