ミミッキュ

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"暗がりの中で"

「ご馳走様でした」
 今日一日の業務と明日の準備を終わらせ、夕食を済ませる。窓の外を見ると、外はすっかり夜の帳が降りて真っ暗。卓上のデジタル時計を見ると、《PM 9:45》と表示されている。
「……」
 僅かに体を強ばらせると、スロー再生されているような動きで、そー…、と腕を伸ばし、卓上の引き出しを開けて中から懐中電灯と電池を数個取り出し、電池を白衣のポケットに入れる。懐中電灯を持つ手が震えて、気を抜いたら落としそうだ。
「…。すぅー…、はぁー…」
 深呼吸すると、ぐっ、と喉を鳴らし、懐中電灯を握る手に力を入れて手の震えを止める。
「…行くか」
 意を決して椅子から立ち上がり、廊下に出て懐中電灯のスイッチを入れて灯りを付けると、誰もいない暗闇に包まれた廊下を歩き出す。
 《夜の見回り》だ。
 ここに居着いた時から毎日やっている事だが、やはり慣れない。
 入院患者なんていないのだが、居着いた場所が廃病院で、元は普通の病院だった場所なので、何だかやらないと落ち着かない。
 けれど、俺はホラー全般が苦手。放射線科医だった時は、夜勤を任される度に変な疲労を感じた。勿論消灯後の病棟は自前の懐中電灯をつけて、びくびくと震えながら歩いていた。
 と、まぁ…ただでさえ夜の総合病院の病棟すら、自前の懐中電灯を持って震えながら歩いていたのだ。夜の廃病院なんてとてつもなく怖い。あの時以上に懐中電灯が必要。途中で電池が切れたら、朝になるまでその場から一ミリも動けない。だからいつも懐中電灯の電池は、これでもかって位多く備蓄して懐中電灯と同じ引き出しに仕舞っている。白衣のポケットにも、見回りの時に電池を引き出しから何個か取り出して入れている。
「うぅ…」
 懐中電灯で進む先を照らしながら恐る恐る進み、部屋の中を照らして異常がないか確認する。錆び付いたブリキの玩具のように首を動かす。異常なしと分かると「ほぅ…」と息を吐き、反対側の部屋を照らして先程と同じように見る。異常なしと息を吐いて、廊下の先を照らして進む。ずっとこれの繰り返し。
 やっている事はいつも同じなのに、毎回終わるとどっと疲れる。
「そ、そうさ〜…今がゴールじゃ、ないんだよぉ…♪」
 歌ってちょっとでも気を紛らわせながら進む。その歌声は当然震えているし、テンポもだいぶゆっくりだ。
──うぅ〜…早く終わらせてぇ……。

10/28/2023, 11:26:26 AM