"紅茶の香り"
「ご馳走様でした、と…」
昼休憩で昼食のサンドイッチを食べ、午後の予定を見る。今日は午前中のみで業務は一応終了、備品や消耗品の補充は数日前に済ませたばかりで棚には在庫でいっぱい。つまり、オフだ。
「そうだった…。どうすっかな…」
午前はてんてこ舞いで、今日は業務は午前だけで午後は無い事が頭からすっかり抜け落ちていて、午後からも業務はあるとばかり思っていたから、急に予定が無くなって虚無になる。
「そういや…」
近くに新しくカフェができたんだっけか…。気分転換にそこでお茶でも飲むか。
椅子から立ち上がって白衣を脱ぎ、ストールを羽織って地図アプリで場所を調べてカフェに向かう。
──カラン、カラン
扉を開けて入ると、ふわりと紅茶の良い香りが漂ってきた。店内は装飾品が少なめで、間接照明を使っているのか柔らかな雰囲気だ。
「いらっしゃいませ」
カウンターから、エプロン姿の男性が声をかける。胸元の名札を見ると、ここの店主らしい。歳は、見た目でいうと俺より二、三歳程上だろうか。それなのに妙に落ち着いた声と口調で、四十歳だと言われても変に納得してしまいそう。
そんな店主に席を促され、テーブル一つに椅子一脚のカウンターに近い席に行き、着席する。テーブルに立てかけられているメニュー表を手に取って開く。
──珈琲は一応あるけど、メインは紅茶か。だから店内に入った時紅茶の香りがしたのか。
そういえば紅茶は久しく嗜んでないなと思い、どんな種類があるのか目を通し、以前は好んで飲んでいたカモミールティーに決める。
他に何かお供を…、と思いページを捲る。ケーキは数種類あり、どれも気になるがページの隅の方にあるクッキーがとても気になった。メニューの写真には皿の上に七枚程。味はプレーンとココアと抹茶の三種類から選べるらしい。
すみません、と店主に声をかけ、カモミールティーとクッキーのプレーンを注文した。
少しして、カモミールティーが入ったポットとソーサーに乗ったカップが来た。テーブルの上に乗せられると、既にポットの中からカモミールティーの良い香りが微かに鼻腔を擽る。
右手で取っ手を持ってポットを持ち上げ、左手でポットの蓋を抑えると傾けてカモミールティーをカップの中に注ぐ。湯気と共に、林檎のようなフルーティーな香りが、ふわりと舞い上がって、注ぎ終えてポットをカップの横に置くと、はぁ…、と息を吐く。カップを持ち上げて香りを楽しみ、口をつけて一口飲む。久々に飲むカモミールティーの懐かしさに、ほぅ…、と心を落ち着かせる。
カモミールティーに一息吐いていると、クッキーも運ばれてきた。手の平より少し小さめで淡い小麦色の丸いクッキーが皿の上に七枚乗っている。その中から一枚取り出し、サク、と一口齧る。バターの良い風味が口に広がり、再び紅茶を一口飲む。程よい甘さだから、紅茶にも良く合う。
──はぁ、美味しい…。
気分転換には充分すぎる程に心が安らぐ。
──あいつにもこの店教えよ。
サク、とクッキーを再び一口齧り、久しぶりのカモミールティーを楽しんだ。
10/27/2023, 1:54:26 PM