"秋晴れ"
「おぉー……っ」
向かっている途中、通り道である並木道に入ると木の葉が綺麗な黄色に色付いていた。良く晴れていて、空の青とイチョウの黄色の綺麗なコントラストが頭上に広がっている。あまりの綺麗さに、感嘆の声が思わず出てしまった。
「……」
ポケットからスマホを取り出し、カメラを起動。
カシャッ
すぐさま写真フォルダを開いて、今撮った写真を見る。
「ふふっ」
──良く撮れた。
画面を閉じてポケットに仕舞い、再び歩き始める。その足取りは心做しか軽やかで、早歩きだった。
"忘れたくても忘れられない"
「っ……!」
目を覚ますと、がばっ、と反射で上体を起こす。
「はぁ、はぁ、はぁ、…」
呼吸が荒くなり、思わず胸を掴む。肺が収縮と膨張を激しく繰り返し、心臓も拍動を激しく繰り返している。咄嗟に背後の枕を後ろ手で掴んで抱き締める。枕の柔らかさが恐怖で固くなった心を暖かく包み込んでくれて、呼吸が落ち着いてくる。
「はぁ……」
落ち着いたので給湯室に行き、棚からマグカップを出して珈琲を淹れる。
「ふぅー、ふぅー…」
湯気が立ち込める珈琲に息を吹きかけて少し冷まし、マグカップに口を付けて珈琲を飲む。こく、と喉が鳴る。珈琲の苦味と暖かさで心が凪いでいく。
「ほぅ……」
マグカップの中を覗き込むと、珈琲の表面に自分の顔が写る。とてもじゃないが、誰にも見られたくない程酷い顔をしている。
真実が分かったとて、あの日を嫌でも思い出す。真実が分かったところで、自分の力不足であぁなったのは変わらない。むしろ、当時の自分の幼さをまざまざと見せつけられた。
マグカップを持っている手と反対の、空いている手を固く握る。爪が手の平に食い込んで痛みを感じると、頭を降って握っていた手を緩める。
《今日》という日は二度と来ない。当たり前だが、忘れがちな事。あの日の悔いを思いながら《今日》を生き続けて、最善を選んでここまで来た。あの日の自分も、あれが最善だと思ったから、何もかもを賭けて、動いた。結果あいつの思い通りになってしまったが。
けれど俺は、この進み方しか知らない。だからこれからも、俺自身がどうなろうとも最善を選んで進んでいく。そしていつか……。
「……」
こくり、と再び一口飲んで、まだ珈琲がたっぷり入ったマグカップを手に給湯室を出た。
"やわらかな光"
寝る前に本を読む事が増えてきて、ベッドサイドに置くランプを買おうとインテリアに来て、色々見ているところ。
──思ったより色々あんだな。
形も柄もお洒落なものが多くて、目移りしてどれがいいか迷ってしまう。
──これは…香箱座りしてる猫の形か。可愛い。
こうやって一通り見ているだけで時間が優に溶ける。流石に早く決めないと…。
「あっ」
決め兼ねていると、一つのテーブルランプが目に留まった。シンプルな小花柄のテーブルランプ。
「……」
目が離せず、手に取ってまじまじと見る。小花の形に小さな穴がいくつか開いている。
──可愛い。…よし、これにしよう。
テーブルランプと同じ番号の棚の箱を持ってレジに向かい、会計を済ませる。テーブルランプを見ながら
──早く使ってみたいな。
と、心を馳せながら済ませると、若干早足気味に帰路につく。
「さて、と」
その後用事を済ませて、明日の準備も終わらせて寝る前の読書をしようと、部屋の明かりを消して昼間買ったばかりのテーブルランプをつける。柔らかで暖かな橙色の明かりが辺りを照らす。
──綺麗だなぁ。
テーブルランプの横に置いた、読みかけの本を手に取って栞を挟んだページを開き、昨日の続きを読み始める。優しい光が手元を照らす。丁度いい光量で読みやすい。
──これにして良かった。
眠くなるまでの間、テーブルランプの明かりと共に読書を嗜んだ。
"鋭い眼差し"
「お前の眼差しは鋭いな」
珈琲が入った紙コップを口に含んで中身を啜ると、突拍子もなく言われた。思わず口から離して、次の言葉を待つ。十数秒の沈黙が降りた。だが一向に次の言葉が来ない。
「…そうかよ」
何故急に…、ていうかそんな事言われてもどう反応しろと…。とりあえず相槌を打って、再びコップに口をつけて啜る。
──けど、お前の眼だって鋭いだろ。
常に鋭い刃物のような、『油断も隙も与えない』と言うような眼で見るこいつには冗談も嘘も通じない。いや、そもそも言う前に相手を自然と黙らせて、眼で真実を述べるよう促す。その眼は遠近関係なく、こいつの視界すべてが間合いのように錯覚する。まるで裁判長、検事、弁護士。三つの異なる役割の、真実を見抜こうとする人間が目の前に同時に存在するような、見つめられると息苦しさを覚え、思わず眼を逸らしてしまう眼差し。
──…まぁ、二人きりの時は、嘘のように穏やかな眼をしてっけど…。
それでも限定的だが、いつも以上に鋭い眼をする。そういう時は俺も色々といっぱいいっぱいで全然反応出来ない。いや、『反応すらさせて貰えない』と言う方が近いし、正しい。…どういう時か、って?…言えるわけねぇだろ。
「どうした?」
「へっ!?」
不意に声をかけられ、思わず変な声を出す。
「な、何がだよ」
すぐに通常運転に戻す。…無駄だが。
「急に顔が赤くなったから、この頃急に寒くなってきたから、ここに来るまでに体を冷やしたり、外との寒暖差で具合を悪くしたのかと。」
心配そうな眼で体を労わる言葉をかけてくる。
「仮にそうだとしても、時間差すぎるだろ。俺がここに来たの五分位前だぞ。流石の俺でもそんな器用な事出来るわけねぇだろ」
「あぁ…そうか」
──前々から思ってたがこいつ、俺の事ちょいちょい怪(あやかし)か何かだと思ってんな。
「…それに、来た瞬間ロビーで会ったんだから、そういうのてめぇが一瞬も見逃すわけないだろ」
「それもそうだな」
正論を言ってやると、ふっ、と笑って短い言葉を返す。少し冷めた珈琲を啜ると『そろそろ行くか』と、椅子から立ち上がる。
「行くのか」
「聞きてぇ事あるし、早いに越したことはねぇだろ。てめぇは後からゆっくり来いよ」
「いや、共に行く」
「けど打ち合わせの後だろ。もう少しここで休んでから来いよ」
「平気だ。それに、面と向かって説明した方が早く済む」
涼しい顔でそう言うのを見て、短く笑う。
「そうだった。てめぇはどっちかって言うと効率を取る奴だったな」
そう言って空の紙コップをゴミ箱に捨てると「行くか」と声をかけ、廊下に出て並んで歩いた。
"高く高く"
人が途切れて、ちょっと外の空気を吸いに外に出る。扉を開けて外に出た瞬間、突風が吹いてきた。急に吹き込んできた風の冷たさに、ぶるりと肩を震わせ自分の肩を抱いて身を縮こませる。
「寒…っ」
ふぅ…、と息を吹きながら空を見上げる。透き通るような青と鱗雲が広がって、高さも数日前に見た時よりも高くなっている。
空に向かって手を伸ばし、陽の光にかざしてみると、また風が吹いてきた。今度はただ冷たいだけじゃない、優しい風だった。
──なんだか、どこまでも高く翔べそう。
風が頬を撫で、髪をさらさらとなびかせる。自然と口角が少し上がった気がした。
伸ばしていた腕を下ろし、身を翻して中に戻った。