"鋭い眼差し"
「お前の眼差しは鋭いな」
珈琲が入った紙コップを口に含んで中身を啜ると、突拍子もなく言われた。思わず口から離して、次の言葉を待つ。十数秒の沈黙が降りた。だが一向に次の言葉が来ない。
「…そうかよ」
何故急に…、ていうかそんな事言われてもどう反応しろと…。とりあえず相槌を打って、再びコップに口をつけて啜る。
──けど、お前の眼だって鋭いだろ。
常に鋭い刃物のような、『油断も隙も与えない』と言うような眼で見るこいつには冗談も嘘も通じない。いや、そもそも言う前に相手を自然と黙らせて、眼で真実を述べるよう促す。その眼は遠近関係なく、こいつの視界すべてが間合いのように錯覚する。まるで裁判長、検事、弁護士。三つの異なる役割の、真実を見抜こうとする人間が目の前に同時に存在するような、見つめられると息苦しさを覚え、思わず眼を逸らしてしまう眼差し。
──…まぁ、二人きりの時は、嘘のように穏やかな眼をしてっけど…。
それでも限定的だが、いつも以上に鋭い眼をする。そういう時は俺も色々といっぱいいっぱいで全然反応出来ない。いや、『反応すらさせて貰えない』と言う方が近いし、正しい。…どういう時か、って?…言えるわけねぇだろ。
「どうした?」
「へっ!?」
不意に声をかけられ、思わず変な声を出す。
「な、何がだよ」
すぐに通常運転に戻す。…無駄だが。
「急に顔が赤くなったから、この頃急に寒くなってきたから、ここに来るまでに体を冷やしたり、外との寒暖差で具合を悪くしたのかと。」
心配そうな眼で体を労わる言葉をかけてくる。
「仮にそうだとしても、時間差すぎるだろ。俺がここに来たの五分位前だぞ。流石の俺でもそんな器用な事出来るわけねぇだろ」
「あぁ…そうか」
──前々から思ってたがこいつ、俺の事ちょいちょい怪(あやかし)か何かだと思ってんな。
「…それに、来た瞬間ロビーで会ったんだから、そういうのてめぇが一瞬も見逃すわけないだろ」
「それもそうだな」
正論を言ってやると、ふっ、と笑って短い言葉を返す。少し冷めた珈琲を啜ると『そろそろ行くか』と、椅子から立ち上がる。
「行くのか」
「聞きてぇ事あるし、早いに越したことはねぇだろ。てめぇは後からゆっくり来いよ」
「いや、共に行く」
「けど打ち合わせの後だろ。もう少しここで休んでから来いよ」
「平気だ。それに、面と向かって説明した方が早く済む」
涼しい顔でそう言うのを見て、短く笑う。
「そうだった。てめぇはどっちかって言うと効率を取る奴だったな」
そう言って空の紙コップをゴミ箱に捨てると「行くか」と声をかけ、廊下に出て並んで歩いた。
10/15/2023, 11:46:13 AM