⚠️既存キャラクター⚠️
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通学路を重い足取りで歩く僕を木枯らしが急かす。
ほんのりと雪が積もった街路樹と濡れた地面に未だ形を残す雪塊が冬の訪れを知らせる。
初雪が降ったのは昨日だったか、一昨日だったか。
マフラーに埋めた鼻はきっと、有名なクリスマスソングのトナカイのように真っ赤になっているはずだ。
今すぐ暖かい教室に飛び込みたい気持ちと、迫りくる試験から逃げ出したい気持ちが、僕の頭をぐるぐると支配して陰鬱な気分にさせる。
ブルースを誘って三限から抜け出そうかと画策していたところで、美しい鈴を転がしたような声が聞こえてくる。
「御機嫌よう、×××××!」
「おはよう、リーゼロッテ。」
どんな悪天候でも1ミリの隙もない彼女は、今日も制服をきちんと着こなし、ゆるくウェーブした銀色の髪を揺らしている。
その姿は雪国に舞い降りた妖精のような、そんな儚さと愛らしさを兼ね備えていた。
そんな彼女も今日の寒さには抗えないようで、少し身を縮めるようにしてぎこちない足取りであった。
「今日は随分と冷えますね…手が悴んでしまって上手に動かせないわ。」
懸命に息を吹きかけている彼女の手に目をやると、白魚のような美しい指先が真っ赤に染まっていた。
少しの逡巡のあと、僕はこう問いかける。
「手を繋ごうか?」
僕の言葉にリーゼロッテは、グレープキャンディのような瞳を瞬かせて、それからはにかんだように笑った。
「ええ、私をエスコートしてくださいませ」
そっと彼女の手をとる。
その氷のような冷たさに少し肩を揺らすと、隣で彼女がくすくすと声を上げる。
「ごめんなさい、冷たいでしょう?」
「うん…いつも、手袋をしていた気がするけど。」
「忘れてきてしまったの。」
「貴方が手を繋ごうと言ってくれるのを期待して、ね?」
いたずらっぽく笑う彼女に僕はもう敵わない。
雪が触れたらじゅわりと溶けてしまいそうなくらい、顔が熱くなるのを感じた。
いつの間にか校舎の近くまで歩いてきたことに気づく。
次の角を曲がれば、すぐに正門が見えてくるだろう。
鉛のように重かった足取りも心做しかアルミニウムくらい軽くなったような気がした。
今日をギリギリ乗り切れるかどうか、それくらいだ。
名残惜しくて少し強く手に力を込めると、向こうも負けじと握り返してくる。
目を合わせて、一緒に吹き出して、君の笑顔をみて、そうしたら僕は授業を受ける気力がフルチャージされる。
なんとも容易い男だ、と思う。
君の笑顔を見ることが容易いと思えるなら、それは君が幸せだということだから、それでいいとも思う。
なんとも面映ゆくて言葉に出来ないような気分だけれど、あえて素直に表現するならば。
吹き抜ける風がどれだけ冷たくても、ひとたび君と手を繋げば無敵になれたような、そんな気分だった。
"吹き抜ける風"
⚠️既存キャラクター⚠️
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長い長い画廊を歩き続けている。
右手でしかと掴んだ小さなランタンが、飾られた僕の記憶と、進む道を淡く照らしている。
歩いてきた道を振り返って、僕はこんなにも長く生きてきただろうか、と不思議に思う。
されどもこの記憶は全て、確かに自分のものであった。
遠く離れていた記憶さえ、ランタンに照らされるたびにもう一度僕のものになる。
昔、母上に童話を聞かせてもらったことを思い出した。
貧しい少女がマッチを擦って、幻を見る話。
今の僕は彼女に似ている。
僕らの人生はままならないのだから、童話の中でくらい幸せになってほしいと、そう思う。
それでも悲劇を好むのは人間の性なのだろう。
全ての人はカタルシスを望むのだ。
僕も、壁に掛けられ豪華な装飾が施された、糾わる禍福を見つめる。
母上。僕の大切な人。
僕の頭を撫でる手はいつも優しく、温かかった。
母上は服を繕い、僕はバルコニーで歌う。
母上、僕は貴女の望む良い息子でいられましたか。
先生。僕の師匠。
僕の本質を見抜く目はいつも穏やかで、時折鋭かった。
師匠が歌い、僕はそれを注意深くなぞる。
先生、僕の最後の演技は最高の俳優に相応しいものでしたか。
No.36…ブルース。僕の友人。
氷を溶かし燃える心が僕を檻から救い出してくれた。
君は歌を教え、僕は演技を教える。
ブルース、僕は君の友人と名乗るに足る人間であれただろうか。
リーゼロッテ。僕の愛した人。
魂を包み込む歌声はいつも僕の心を繋ぎ、1番大切なものを思い出させてくれた。
君が歌い、僕も歌う。
リーゼロッテ、僕はまだ君の隣にいてもいいだろうか。
ランタンの光は輝きを増して微かに揺れる。
僕の行く末を照らしてくれたのはいつだって、檻の中で見た薄気味悪い青色なんかよりもずっとずっと美しく、暖かい金色の光だ。
×××××の再演でも、悲劇の繰り返しでもない。
新しい僕の、新しいオペラ。
今度はきっと誰もが笑う喜劇にしてみせよう。
記憶のランタンが、トゥルーエンドに導いてくれる。
"記憶のランタン"
⚠️既存キャラクター⚠️
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冬は嫌いじゃない。
僕の一等好きな演目が上演され、チケット売り場のホットスナックを君と分け合えるから。
君の吐いた白い息と僕の吐いた白い息が宙に溶けていくのを眺めていると、肺まで凍てつくような寒さの中で、胸の中心の暖かさを感じとることができるから。
僕は雪国の妖精で、君は凍った心を溶かす少女だった。
僕はずっとこのまま続いていくのだろうと思った。
この常冬の城の中で、時折訪れる春の香りに花冠を揺らして、また訪れる冬に二人でオペラを演じて。
そうして、僕が最高の俳優になったら、君と外の世界を旅するのだと。
そう信じて疑わなかった。
僕は愚かで、世間は氷のように冷たかったのに。
今日は×××××でなくなった僕のプルミエール。
吸い込んだ空気はもう、暖かくも冷たくもなかった。
僕がいなくなった冬へ、君が来てくれたならばどれほどよかっただろう。
それでも君の幸せを願うから、この思いを叶えてはいけないから、君を春の季節に送りだそうか。
そうして決別するのだ。
オペラにしては珍しい、ハッピーエンドの人生と。
ああ、僕を1度救い出してくれた心の友よ、仲間よ。
今行くよ。
君たちが待つ、暗く、冷たく、行く宛てのない冬へ。
"冬へ"
⚠️既存キャラクター⚠️
参考:O del mio amato ben _ ドナウディ
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あと何度君に会えるだろうか。
欠けの一つもない、綺麗に磨かれた月が天高く昇る頃。
彼女の部屋のベランダに面した城壁に背を預け、月を眺めながら漠然とそんなことを思う。
ベランダの内側で同じように月を眺めているだろう君は、今日の公演で僕が歌ったアリアを口ずさんでいた。
美しい姫君と貧しい少年の、離別と悲恋のオペラ。
僕はその歌に、僕らの姿を重ねる。
君に会えるのは劇場近くのベンチで、公演の感想を聞かせてくれる時だけだ。
君の上気した頬と、太陽に照らされた美しい横顔を思い出す。
それならば、豪華な装飾が施された椅子に座り歌う、月に照らされた横顔はどれほど美しいのだろう。
きっと、僕のもつ言葉の全てを注いでも十分の一も言い表せないに違いない。
触れられない距離を埋めるように、君が口ずさむメロディにそっと副旋律を重ねた。
それだけでよかった。
着るものも、食べるものも、住む場所も違う僕らにとっては、それだけでもう、十分に幸せだったのだ。
夢を見た。
僕がまだ×××××だった頃の、ありきたりで幸せな夢。
この夢を見た夜だけ、僕は自分が×××××であったことを思い出す。
引きちぎられて曖昧になった心の輪郭を照らしてくれるのは、透き通るような彼女の歌声だけだった。
今日も屋根を飛び移り、人目を避けて彼女の元へ急ぐ。
そうしてかつての城壁から少し離れた木の影に身を潜め、そっとあのベランダの様子を窺う。
彼女は変わらずそこにいる。
晴れの日も、雨の日も、あの時と同じ時間に、同じ場所で、同じように空を見上げている。
その顔が愁いを帯びているように見えるのは、僕の抱く淡い期待のせいだろうか。
ふとただ一つ、いつもと違う彼女の様子に気がつく。
透明な雫が、彼女の白くまろい頬を伝う。
僕は湧き上がる強い衝動を必死に押し殺した。
今すぐ君を抱きしめたい。
その心を覆う暗雲を取り除いて、君の輝くような笑みを取り戻したい。
されど人生はなんと残酷なことか!
ああ、月を見つめるアメジストが涙に濡れても。
僕にはもう、拭うことすら許されない。
そうしているうちに彼女はゆっくりと立ちあがり、ベランダを後にする。
いつものように、一度だけ振り向いて。
それを静かに見送った後、僕もいつものようにあの下水道へと帰っていく。
あと何度君に会えるだろうか。
帰り道、月を眺めながら漠然とそう思う。
日ごとに削れる理性は弱く灯り、凶暴化した本能が全てを食い潰さんと僕の身体を蝕む。
毎夜祈る。
ニブルヘイムの、父なる神よ。
どうか我が願いを聞き届けてください。
もしも、いつか奇跡が起きてもう一度君の隣に立てたならば、きっとこの救いようのない悲劇も、ありきたりで最高なハッピーエンドを迎えるだろう。
奇跡など起こりはしないとわかっていても。
僕のよすがはもう、これしかないのだ。
それから、こうした意味のない祈りと、期待と、空想の最後には、決まっていつもこう思う。
月に照らされた君の横顔は、この世の何よりも美しい。
"君を照らす月"
初夏。晴天。補講終わりの昼下がり。
私は顎を伝う汗を拭いながら一人、のろのろと帰路についていた。
ふと涼やかな気配を感じて顔を上げる。
小さい頃通っていた緑豊かな児童公園だ。
木陰の落ちる楽園に足を早めて近寄ったところで、先客に気がつく。
先客はよく見知った顔をしているようだった。
「夜風?」
ちらちらと細い光が落ちる中、ベンチに座っていたのは相棒の夜風だ。
私の声に気づいた彼は、熱心に読んでいた何やら小難しそうなタイトルの文庫本を閉じて、手招きをする。
その仕草に誘われて、私は彼の右隣にどっかりと座り込んだ。
ぐでんと背もたれに体を預けて足を投げ出した私を、彼はぱちぱちぱち、と瞬きして見つめる。
いつもの仏頂面だけど、私は本当にわかりやすい男だと思う。
怒った時は柳眉の間に小さな山と谷ができるし、うれしい時は3回瞬きをする、悲しい時は一瞬目を伏せて、嘘をつく時は顔を右斜め下にほんの少し傾ける。
そうして今までに見てきた色んな表情を思い返すうちに、彼と出会ってから随分と年を重ねたことに気がついた。
それと同時にこの時間に永遠はなく、いつか別れが来ることを悟る。
木漏れ日が一度瞬きをする間に何度も光を揺らして、煌めいて、移り変わっていくように。
これから先の長い人生で彼も私も、お互いの知らないところで少しずつ変わっていくのだろう。
もう一度巡り会ったその時、彼は私の知る彼だろうか?私は私のままでいられるか?
変わっていくものが多かれど、これは去年も一昨年もそれよりずっとずっと前にも見たことがあったはずだ。
彼の頬に落ちた長いまつ毛の影が、今年も私の心に忘れないようにと重ねて跡を残す。
それでも、きっと私はまた、彼のまつ毛が長いことを忘れてしまうから。
だから次の初夏も、今日と変わらず3回、瞬きをしてほしいのだ。
"木漏れ日の跡"