しゃいねき

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初夏。晴天。補講終わりの昼下がり。
私は顎を伝う汗を拭いながら一人、のろのろと帰路についていた。
ふと涼やかな気配を感じて顔を上げる。
小さい頃通っていた緑豊かな児童公園だ。
木陰の落ちる楽園に足を早めて近寄ったところで、先客に気がつく。
先客はよく見知った顔をしているようだった。


「夜風?」


ちらちらと細い光が落ちる中、ベンチに座っていたのは相棒の夜風だ。
私の声に気づいた彼は、熱心に読んでいた何やら小難しそうなタイトルの文庫本を閉じて、手招きをする。
その仕草に誘われて、私は彼の右隣にどっかりと座り込んだ。
ぐでんと背もたれに体を預けて足を投げ出した私を、彼はぱちぱちぱち、と瞬きして見つめる。
いつもの仏頂面だけど、私は本当にわかりやすい男だと思う。


怒った時は柳眉の間に小さな山と谷ができるし、うれしい時は3回瞬きをする、悲しい時は一瞬目を伏せて、嘘をつく時は顔を右斜め下にほんの少し傾ける。


そうして今までに見てきた色んな表情を思い返すうちに、彼と出会ってから随分と年を重ねたことに気がついた。
それと同時にこの時間に永遠はなく、いつか別れが来ることを悟る。


木漏れ日が一度瞬きをする間に何度も光を揺らして、煌めいて、移り変わっていくように。
これから先の長い人生で彼も私も、お互いの知らないところで少しずつ変わっていくのだろう。


もう一度巡り会ったその時、彼は私の知る彼だろうか?私は私のままでいられるか?


変わっていくものが多かれど、これは去年も一昨年もそれよりずっとずっと前にも見たことがあったはずだ。
彼の頬に落ちた長いまつ毛の影が、今年も私の心に忘れないようにと重ねて跡を残す。
それでも、きっと私はまた、彼のまつ毛が長いことを忘れてしまうから。


だから次の初夏も、今日と変わらず3回、瞬きをしてほしいのだ。


"木漏れ日の跡"

11/15/2025, 12:17:31 PM