『大事にしたい』
『夜景』another story
※大人な関係の話
瀧島祐緋 Takishima Yuhi
伊川陽葵 Ikawa Himari
1人の人間において、大事にしたいと思える物も人も違う。
それが不特定多数の場合もあれば、ごく限られた物のみの場合もあるだろう。
俺には、自分が大事にしたいものがなんなのか、全く分からなかった。
正確には今も、、
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「祐緋!今日この後ひまー?ご飯とか行かない!?」
「えー私たちと遊ぼうよ!!」
なんで俺の時間割を知ってるのか知らないけど、そうやって誘ってくる連中(半分以上は女)が結構鬱陶しい。
「あ、ごめん、今日も父親の仕事手伝うことになっててさ」
常套句。
これさえ言えばみんな、尊敬の眼差しで俺から離れてくれる。
はぁ、馬鹿だなこいつら
そんな中で……一切俺の方を気にもしない女がひとり。
最初の頃、俺の周りが騒がしいのをただ迷惑そうなキツい目で見てたんだけど、今では存在を無視するかのようにこっちを見ない。
ひとりで教室をさっさと出てく姿が、やけに色濃く残った。
なぜだか、、その後ろ姿がかっこよく感じた。
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適当にネットで知り合った女と身体を重ねるためにそういうことをするためのホテル街に向かう。
今回はハズレだったかもな、、って俺の腕に絡みつく女を横目で見る。
いかにも地雷、、。これっきりにしないと面倒なことになるだろうな、
ぼやーってそんなことを考えていれば、見覚えのある顔が横を通り過ぎる。
え、
「伊川?」
例の、俺に興味ゼロらしい女だった。
「……瀧島、」
心底不服そうな顔をする。
俺的にはその反応が新鮮だった。
「お前ってこういうことしてんのな」
「お互い様。それに、学生なんてそんなもんでしょ?」
否定しないとか、、肝が座ってんな。
さっさと場を離れた伊川。
……もっと話したい。
「ゆうくん早く行こ?」
「……ごめん、今日無理」
「え、」って放心状態の彼女を放って、来た道を行き返す。
思ったより離れていた距離に笑う。
そんなにかよ、って、
不機嫌を隠そうともせず俺から離れようとしてる伊川。
ほんの悪戯心。
行きつけのバーに連れていき、取引をもちかけた。
まあ、取引って言ってもセ〇レになろってだけだけど。
思った通り断り続けてきたけど、懸念点を全て解消してやれば、仕方ないって感じで同意してきた。
……こいつをもっと知りたい。
その欲が、その時の俺を支配していたのに気づいたのは、だいぶ時間が経ってからだった。
「じゃあ、よろしくね?陽葵」
「わざわざ呼び方変える必要ある?」
「いーじゃん?秘密の関係ってかんじ」
「......大学では絶対話しかけないでね」
「もちろん。互いにバレたくない同士」
よろしく。
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俺の下で乱れる陽葵に今まで経験しなかった感情が湧き上がったのは、関係が始まってわりとすぐだった。
いつも無関心ってかんじでしか俺を見てこない。
そんな陽葵が、俺の前で唯一表情を変えるから。
そう、、きっと理由なんてそれだけだって、、、
自分に必死に言いきかせてた。
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「今日のはなに?」
「ウォッカギブソン」
「普通のウォッカじゃないの?」
「カクテル。最近ハマったから作ってみた」
俺らしくない。ほんとに、、自分が自分じゃなくなっていくみたいな、、。
こんなさ、、めんどい回りくどいことなんてしないはずなのに。
なんだよ、カクテルにハマったって、、。
嘘八百。これを伝えたいがために作ったなんて、、
言えない。
「ゆうひ、、」
「っ、!」
今まで1度も呼ばれてこなかった名前。
俺がどれだけ陽葵って呼んでも、、1度も呼んでくれたことはない。
それが、、少し、寂しいな、なんて、、、
「寝言かよ、、」
すーっと静かな寝息を立てるこいつにデコピンをしとく。
「ん、」
「……変な期待させんな」
まあ、、ゆうひなんて、、夕日かもしれないし、、。
俺の名前だなんて決まってないけどさ、、
ちょっとくらい、、俺に心を許してくれたって期待してもいい?
「……俺らしくない」
このすやすやって言葉が似合う寝顔を守りたいとか、、。
時々無理して感情を表に出さないようにしてそうな仕草を見せる陽葵に、もっと自由に生きて欲しいとか、、、
ありのままの姿を見せて欲しいとか、、
ほんとに俺らしくない。
大事にしたいって思える存在ができた、なんて、、。
『時間よ止まれ』
『空が泣く』another story
戸崎菜生 Tozaki Nao
遠坂蒼空 Tosaka Ao
私の好きな人は、幼なじみ。
例えて言うなら、空みたいな人。
おおらかで、広い心と視野を持ってて、みんなを優しく見守ってるところが空に似てる。
でも、一番の理由は、『いつもそばにいるから』
「菜生って、なんでわざわざ俺と一緒に登下校するの?」
もう高校生なんだから、いつまでも俺といる必要なくね?
なんて、、悪気が一切ない、純粋な疑問ってかんじで言う幼なじみ、、蒼空にちょっとイラッて、、。
そんなの気づけ!!って言いたい。
「んーいいじゃん!私が蒼空と一緒に登下校したいだけだもん」
理由なんてないよーって、私は本当に何もないように言う。
だって、、、ただの幼なじみとしか見られてないの、ちゃんとわかってるから。
「まあでも、俺も菜生と一緒に行ける方が楽しいしいいんだけど」
蒼空、、そういうのって、思わせぶりって言うんだよ、?
私の心を掴んで離さないその言葉が、ギュッと心を締め付ける。
言われて嬉しい反面、無意識で言ってるこれは他の子にも似たようなことを言ってる可能性もあって、、
正直複雑、。
「蒼空さ、彼女とかできちゃったらちゃんと報告してよね!いくら幼なじみでも、他の女の子と一緒に登下校してるって知ったら複雑だと思うし!」
なんて、蒼空を気遣ってるフリしながら、結局は自分が、誰かのものになってしまった蒼空と一緒にいるのが辛いだけ、。
一緒にいられる時間が僅かだとわかっていても、この心はいつまでもわがままで、この時間が一生続けばいいのにって、、、願ってしまうんだ。
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「入院、、」
「ここでは治療に必要なものが揃わないので、遠いですが、〇〇大学病院に行って下さい。」
「……っ、」
生きることを選び取れば、一生隣にいたかった人の元を離れることになる。
逆に、一生隣にいたかった人の元にいた所で、私の命は削られていく。
結局は、幼い頃に夢見た未来はないってこと。
「……入院、します。それで、手術受けます」
一緒にいられる未来がなくても、、、
また蒼空と笑い合える日が来る、、その可能性にかけてみようって。
それにさ、、もしももしもが叶って、私と蒼空が結ばれる運命なら、、、きっとまたどこかで会えると思うから。
たとえ、
30%の可能性でも____
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「蒼空。また、明日ね、」
「ん。じゃーな」
明日は来ない、、。
あーぁ、毎日蒼空と会ってたのにさ、、、
しばらくはロスだな、笑
家に吸い込まれていく背中を見て思う。
今、時間が止まってくれたらいいのに___
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手術を繰り返し、やっと治療は終わりを迎えた。
30%の可能性にかけたのは、正解だったみたい。
やっと、車椅子でなら院内を自由に動いていいって許可がおりた。
車椅子になれてないから動きはぎこちないけど、1人で動けることの自由さが嬉しかった。
ふと前を見れば、、、見慣れた背格好。
思わず声が漏れた、、
「蒼空、、?」
振り返った人物に驚きが隠せない。
「菜生、」
久しぶりに聞く蒼空からの名前が、、嬉しくて仕方ない。
でも、うまく反応できない、。
まるで、麻酔が抜け切ってない時のように、、思考が停止している。
いつの間にか私の前にいた蒼空は、私の大好きな笑顔でこう言ったんだ。
「……会いたかったよ、菜生」って。
今なら、、気持ち、伝えてもいいのかな?
「私も、」
君がずっとずっと大好きだよ、って
『夜景』
※大人な関係の話
伊川陽葵 Ikawa Himari
瀧島祐緋 Takishima Yuhi
sub_ 菜島梨花 Najima Lika
烏合海里 Ugo Kairi
どれだけいろんな人と繋がりを持とうが
どれだけ親密な関係になろうが
一切満たされたことはない。
それはたぶん、私が誰のことも信用してないから__
「もう帰る?」
「うん、さようなら」
ワンナイトだけの関係。
後から情が湧くのをさけるため。
ネットで適当に繋がった大学生の男と。
身体を重ねてさようなら。
これくらいの関係が私には丁度いい。
「伊川?」
帰り道。
駅に向かって歩いていれば、誰かに呼び止められた。
……最悪だ。
そういう系のホテルばかりの並ぶこの道にいれば、何をしていたのか、何をするのかなんてわかる。
つまりは、ついに知り合いにばれたということ。
振り向けば、大学でよく見かける男。
「……瀧島、」
その隣には地雷という言葉のピッタリなロリータファッションの女が腕を絡めていた。
「お前ってこういうことしてんのな」
「お互い様。それに、学生なんてそんなもんでしょ?」
「確かにな」
「じゃあ、楽しい時間を」
さっさとここから離れよう。
いかにも隣の女、面倒くさそうだし。
そう思って足早に場を離れたのに、、
「おいお前歩くの早くね?」
なんて言って肩を掴む、ついさっき会った奴。
隣にあの女はいなかった。
「あの子は?」
「ん?置いてきた。お前と話したいから」
「は?」
とりあえずどっか入ろーぜ、なんて言って手を引く瀧島、、。
なんなのこいつ。
「で、何飲む?」
「一番度数少ないやつ」
「つれねーな」
「そんなことより、わざわざバーになんか連れてきてなに?」
「んー?さっきも言ったけどお話したかっただけだよ?」
「話すネタないんだけど」
「俺はある」
そう言って、急に目を合わせてきた。
大学の中でも有名なイケメン。
しかも、将来有望な瀧島グループの跡取り息子。
同じ教室にいれば、ほとんどの人の視線はこいつに向く。
ただ、全員に同じような愛想しか振りまかない姿が私には色濃く残っていた。
「で?その話っていうのは?」
「まあ単刀直入に言うと、セ○レにならね?って提案」
「却下。私、特定の人と関係持つつもりないから」
「俺ならよくね?俺はただ純粋に行為を楽しんでるだけだし、お前が求める時いつでも俺呼び出していいよ?」
「わざわざ相手探す手間省けるし」って私が一番面倒に思っていたことを突いてくる。
「それでもダメ。まずあんたなのが問題。関係がばれた時が最悪」
人気者と関わりがあるって知られるだけで面倒事になるのは目に見えてる。
最悪の場合殺されそうだし。
「バレない対策として、俺ん所系列のホテルでできるっていうのは?」
「は?ラブホあんの?」
「ちげーわ。そっち目的のじゃなくて、普通のホテル」
瀧島グループが経営するホテルのこと言ってるんだろうけど、余計に意味わからない。
まず、瀧島グループのホテルは超高級ホテルで、芸能人や著名人も利用する。
一般人が泊まれる、、ましてや、そんなことをするためだけに泊まれるわけない。
「まあ、俺が任されたとこだけだけどな、使えるの」
「え?」
「俺、3つのホテルの責任者やってんの。だから、その3つだったら融通きくよ」
「……職権乱用」
「まあいいじゃん?俺ん所のホテルなら、セキュリティはばっちりだし、時間も基本は好きにできる、俺らの関係は誰にもバレない。これ以上の優良物件ある?それに今なら高級ホテルが無料で泊まれるよ?ホテルはうちの自慢でもあるし」
「………のった」
背に腹はかえられない。
手っ取り早い手段、掴むべきチャンスは掴まなきゃ。
「じゃあ、よろしくね?陽葵」
「わざわざ呼び方変える必要ある?」
「いーじゃん?秘密の関係ってかんじ」
「……大学では絶対話しかけないでね」
「もちろん。互いにバレたくない同士」
よろしく。
秘密の関係。契約。
泥沼のような関係は、こうして始まった。
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「何考えてんの?」
「……んー特に何も」
「ふーん」
情事を終えた後の、普通の恋人なら甘い時間を過ごすであろう今。
私たちにそんな甘さは無い。
事後、いつも瀧島が持ってきてくれるお酒をのんで微睡みながら眠りにつく。
「今日のはなに?」
「ウォッカギブソン」
「普通のウォッカじゃないの?」
「カクテル。最近ハマったから作ってみた」
「ふーん、、。っ、強くない?」
「そう?まあこの後寝るだけだしよくね?」
大きな窓から見下ろせる素晴らしい夜景を眺めながら、ウォッカギブソンを飲む瀧島。
いい意味で大学生になんか見えない彼は、大人の色気を振りまく。
この部屋で毎度見るその姿が、日に日に憂いを帯びていくようで、。
夜景に溶けていきそうな儚い姿が目に焼き付く。
やっぱりこの関係は良くなかったのかもしれない。
だって、、私の気持ちが、動きはじめているから。
「祐緋、」
「っ、?」
「……」
「、、寝言かよ」
夜が明ける。
夜景は太陽によって消えていく。
まるでこの関係に亀裂を入れるように。
徐々に徐々に、、、
?「……あの女、絶対許さない」
?「、、、元気にしてるかな、陽葵は」
ウォッカギブソン____隠せない気持ち
to be continued...?
『花畑』
涼宮葉乃 Suzumiya Hano
霧島空雅 Kirishima Kuga
世界一大好きな人と結婚する。
それって、本当に夢みたいで、本当に素敵なこと。
いつか、、、私にもそんな王子様が現れるって、信じてる!!
ゴンッ
「いたっ!」
「あーごめんごめん、まーた変な夢物語語ってる馬鹿がいるから」
思わず手が動いたわ、なんてふざけたことを言いながら、私の頭に下ろした拳をどかす憎たらしい奴。
「空雅には別に理解してもらわなくていいもん」
「理解したくてもできねーよ」
この空雅っていう奴とは、なぜか中学3年間同じクラスで、なぜか同じ高校に合格して、なぜかまた高一のクラスが一緒っていう、、。
いわゆる神様のいたずら、意地悪。
ただなんとなく、唯一同じ高校に進学した同中メンバーで気軽に話す仲だから、今もたまに話すっていう、、、それだけ。
「だいたい結婚なんかに夢見てる奴って、結婚できずに終わるか失敗して離婚だろ」
でなかったらこんな失礼な奴、、、関わらないよね。
「あーもううるさい!いいもん!絶対素敵な運命の人見つけて幸せになって空雅見返してやるから!」
これが私たちの日常。
「はぁ......あいつまじ馬鹿」
こうやってほぼ毎回呟かれてることは、私は知らない。
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「葉乃って、なんでそんなに結婚したいの?」
「今って、結婚願望ある人減ってるじゃん?」
お昼の時間。仲良くなったいつめんの結衣ちゃんと莉央ちゃんに問いかけられた。
「んー、なんでって、、、」
結婚っていうものに憧れたのは、私の母の妹の結婚式が始まりだった。
ガーデンウェディングで、純白のドレスに包まれ、幸せそうな顔で微笑むのを見て、私もこんなふうになりたいって思った。
それから、街でいろんなカップルやご夫婦、子供連れの方々を見る度に、憧れの気持ちが膨らんでいったんだ。
世界で一番愛し愛される存在がいたら、どんなに幸せなんだろうって、、。
「お前ってほんと夢見てるよな」
聞きなれた皮肉が聞こえた。
「結婚なんて縛られるだけじゃん?だからみんな結婚願望なくなってくんだし。だいいち、人間の気持ちなんて変わりやすいもん本気で信じられるのとかまじで馬鹿だなおまえ」
今まで、沢山言われてきた。
そんな夢くだらない。現実で起こるわけない。それ本気?
どれも私の心を抉ってきたけど、耐えられた。
だって、どんなに非難されても、私はそれが憧れだし、夢だから。
そうやって胸張ってきたけど、、、、
「別に、空雅がどう思おうが関係ないし。」
なんか、刺さった。刺さって抜けない。鋭い棘が、痛い。
じんじんと痺れさせるような痛みが、心を傷つける。
お昼ご飯食べ終わってなかったけど、、
なんかしんどくて、片付けもせずに教室を出た。
結衣ちゃんの引き止める声が聞こえたけど、無視しちゃった。
だってさ、、なんだろ、なんかわかんないけど、空雅のあの言葉がグサって来たんだ。
たぶん、自分でもわかってることだったから。
人の気持ちは永遠じゃない____
周りにいたカップルがどんどん別れていくのを見た時。
ついこの前まで付き合ってた人が、すぐに新しい恋人を作った時。
疑ってしまった。人の気持ちっていうものを。
本当の気持ちって、どれなんだろうって。
もし自分を好きと言ってくれてる人が現れたとして、、その気持ちは真実なのかな?って、、
そこを突いてきた空雅の言葉は、私の心に深く刺さった。
きっと、、頭の片隅では理解してる事だったから。
それでも心で拒否して、夢に縋ってきた私。
夢は夢でしかない、って突きつけられたようで、。
「苦しい、」
この気持ちは、誰にもわかってもらえない。
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———————
それから、どことなく空雅を避けるようになった。
またあの言葉を言われたら今度こそ、自分の夢が終わってしまう気がした。
結衣ちゃんと莉央ちゃんは気を使ってか、空雅がいる教室だったりでは、あの話は持ち出さないようにしてくれた。
それでも2人は、葉乃の夢聞くの好きだよって笑ってくれたから、私も素で話せた。
そんな日々が半年続いたある日、、
学校祭の最終日だった。
みんなが祭りの余韻を感じながら片付けを始めた頃に、クラスメイトの男子から呼び出された。
そのままついていったら、、、
「入学式で一目惚れしました!それから、同じクラスで過ごしていくにつれ、どんどん好きになりました、、。俺でよかったら付き合ってください!」
まさかまさかだった。告白なんてされたこともなかった。
予想外すぎて、テンパった。
とりあえずなにか言わなきゃ、、って思うのに、脳は上手く機能しなくて。
なんとか絞り出せたのは、少し時間ください、。っていう我ながら失礼な言葉。
姿が見えなくなって、ようやく息ができた。
「ど、どうしよ、、」
「断るだろ」
居るはずのない人の声がして振り向けば、超不機嫌を丸出しにした顔でこっちを見る空雅がいた。
「……なんで、ここに」
「んなことより、」
断るよな?って、光のない目で私を見下ろす。
「な、なんで、、空雅にそんなの決められなきゃいけないの」
「んじゃあ好きでもないのに付き合うのか?」
「好きかどうかなんて、空雅にはわかんないじゃん!!」
「んなことくらいわかるわ!」
どんだけお前のこと見てきたと思ってんだよ、、と、さっきまでの威勢を失ったように細い声で呟く空雅が、空雅らしくなくてこっちの調子が狂いそうになる。
「空雅が見てきた私って何?ただ、私の夢否定してきただけのくせに!」
「それはお前がっ、、!」
「私が何!?哀れだった?可哀想な奴だなって思った?現実で彼氏の1人もできたことないくせに結婚なんか語って馬鹿だなって?言ってたよね沢山!数え切れないくらい!今更なに躊躇してんの?言えばいいじゃん!思ってること全部!」
「っ!おい、葉乃落ち着けって」
「落ち着いてる!これまで空雅に言われたこと、ちゃんとわかってる!人の気持ちなんて変わるって言いたいんでしょ?今付き合っても結婚なんてできないって、、、」
なんで、、、なんだろ、
急に止まらなくなった。きっと、怒りかな。空雅への。
だってさ、ずっと否定してくるんだもん、私の気持ち。
今まで耐えてきたんだもん、、
「空雅がどう思おうが関係ないから」
私が誰と付き合おうが、弄ばれようが、裏切られようが、、、
空雅には一切関係ないこと。
だって私たちはただのクラスメイト。
それ以上でもそれ以下でもない。
私を見て呆然と立ち尽くしている空雅を睨みつけてから、背を向けて歩き出す。
もう空雅に干渉されるのは御免だっていう意志を込めて。
なのに、、
「……っ!? 空雅はなして!」
「いやだ、離したくない」
「後ろから抱きついてくるとかほんとに信じらんない!」
抵抗しても、男の力には敵わない。
何一つ状況を打開できないまま、ただただ抵抗する時間。
「葉乃が好き」
耳元で、あと少しで聞こえなくなりそうだった声を拾い、思考が停止する。
「え、、いま、」
「葉乃が好きって言った」
今度はしっかりと、、
いつもの空雅のよく通る声で。
「いや、意味わかんない」
「ずっと、、中学の頃から好き。 気づいたら好きだった」
聞いてもない情報が、どんどん耳から流れ込む。
「葉乃が、他の奴と楽しそうに話すのに嫉妬した、、葉乃の夢を聞くのがしんどかった。いつか、、俺以外の誰かの隣で、夢を叶えるんじゃないかって思ったら、、気が狂いそうだった、。」
「あんな酷いことばっか言ってごめん、、全部嘘だから、」なんて、らしくないことばっか言う空雅に戸惑いが隠せない。
あの空雅が、、私を好き、?有り得ないよね、?
「これから、今まで最低なこと言ってきた分頑張るから、、俺のことも少しは考えて」
隣の花壇で花が揺れる。まるで、おとぎ話に誘うように。
ゆらゆら揺れる花々が、夢の続きを紡いでくれる気がした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「新郎 霧島空雅さん。
あなたは新婦 葉乃さんを妻とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦 霧島葉乃さん。
あなたは新郎 空雅さんを夫とし、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、これを愛し、これを助け、これを慰め、これを敬い、その命ある限り心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「では誓いのキスを」
これまでの私へ
やっと、夢が叶ったよ。
世界で一番だいすきな人と結婚するよ。
中学の私にこのことを伝えたらきっと驚くよね?
この人が、私の運命の人だよって___
「なにわらってんの」
「んー空雅と結婚するなんて予想もしなかった頃の私に話しかけた」
「なんだそれ」
「だって、あの空雅だもん」
「俺以外がここに立つの許さないからな」
あの頃と同じ、意地悪そうな自信ありげな顔をした空雅が近づいてくる。
目を閉じてそれを受け入れれば、少し緊張気味な感覚。
そして、割れんばかりの拍手が私たちを包み込んだ。
「愛してる」
「一生?」
「もちろん。葉乃の夢を叶えるのが俺の幸せだから」
足元の草が揺れた。
周りに咲く花々も揺れた。
暖かな風に身を委ね、甘い香りをふりまくそれに、
私たちは新たな未来を誓った。
『空が泣く』
遠坂蒼空 Tosaka Ao
戸崎菜生 Tozaki Nao
空を見上げてみれば、いろんな形の雲があったり、月があったり、直視できないほどの輝きを放つ太陽があったり、溢れんばかりの星々がきらめいていたり。
君と見上げた空も、いろんな顔をしていた。
「空って毎日違う表情だからつい見上げちゃう」
あの日も君は、見上げたのかな。
君が好きだと言った、あの空を。
今もどこかで見ているのかな、あの景色を。
俺は今日も見上げたよ、君が愛したこの空を。
——————
「ねー聞いてる?」
「ん?」
隣にいる君は笑った。
「蒼空っていつも遠くを見てるよね」
「は?それ褒めてる?」
「もちろん褒めてる! だって、それが蒼空の良さだもん」
いまいちピンと来ない褒め言葉を並べ、君は嬉しそうにした。
俺には、そんな君の姿が眩しく見えた。
クラスの中心人物、人気者の君。
対して俺は、存在感も薄い、教室の隅で本を読むような奴だ。
そんな相容れなさそうな俺らがこうして隣を歩くのは、幼なじみという昔からの腐れ縁だから。
カーストなんか関係ない、素の自分たちでいられた頃からの付き合い。
互いに干渉しすぎず、程よく理解し合っているこの関係は、俺にとってはもちろん居心地がよかったし、君にとっても悪くはなかったと思う。
だから、、自分がわかってる以上に自分のことを知っているのはたぶん、君だけだった。
そんな君に言われた褒め言葉___
ごめんだけど、俺には理解できそうにない。
「蒼空はね、他人なんか興味無いってふりして、1番みんなを見て知って、相手のために動ける人だと思うんだ」
「そんなわけないだろ」
「ううん、私の知ってる蒼空は、空みたいに広くて大きい視野と心を持ってる人」
「お前の中で俺って美化されてんの?」
「そんなわけないじゃん! 今も昔も、私にとっての蒼空は、そういう人だよ」
きらっと効果音の付きそうな程眩しい笑顔を向ける君に、俺はいつも思うんだ。
____お前の方が余程空みたいだよ
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–—–———————
「私ね、空を見上げるようになったの、蒼空のおかげなの」
「は?なに急に」
「いいから聞いてよ」
少し拗ねる君に、俺はしかたないって意味を込めて大袈裟にため息をついた。
「私ね、空が好き。晴れてる日も曇ってる日も、雨の日も台風の日も、雪の日も……。空っていろんな顔をしてて、毎日違うから見てて楽しい。似てる空でも必ずどこか違うじゃん?一緒なんてない。その日のその時間だけの空って考えたら、すごく幻想的に思えたんだ、、。」
そうやって、言いながら空を見つめる君に、なぜか心臓が嫌な音を立てた。どくん、、って、波打つように....
「俺のおかげっていうのは?」
「それはね、、蒼空って名前を口にする度に、空とリンクするから。それに、蒼空と空って似てるから。存在が。 みんなを包み込むような暖かさも、ズバズバした物言いも、気分屋なとこも、今日の蒼空はいつの日に見たあの空みたいだなーって考えるのが好きなの」
「えらく変な趣味をお持ちで」
「だよね、、自分でも思うよ変だなーって。だって、空を見上げたら真っ先に蒼空のことが思い浮かぶんだもん。1日に1回は必ず蒼空を思い出してるってことになるじゃん?」
「それだけ聞くとキモイ」
「うわ、ひどい!そんな意味じゃないもん」
「冗談だって、真に受けんな」
照れ隠しでしかないその暴言も、君の前では通用しない。
きっと照れてるのもバレている。
なんてったって、俺らは幼なじみだから。腐れ縁だから、、
「この夕日もさ、、もう一生見られる日は来ないんだよね」
「似たやつなら見れんじゃん?」
「ちがうの。これがいいの」
なぜそんなに、この夕日に、、、この空にこだわるのかわからなかった。
「帰ろっか!」
あの日見た空を、俺も一生忘れられない。
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–—–—————
次の日の朝、家のポストからいつも通り新聞を取ろうとすれば、違うものが手に触れた。
それは、4つ折りにされた画用紙。
そこについた淡い紫の付箋には『またいつか』の見慣れた文字。
広げてみれば、昨日見たあの空が、水彩絵の具で鮮明に描かれていた。
なんでこんな回りくどいことをしているのかわからなかった。
またいつか、ってどういう意味?
わざわざ絵に残したかったのか?
だとしても、メールしてくればいいだろ
わざわざポストに入れたわけは?学校行く時でよくね?
訝しんだ。
この謎行動のわけを知りたかった。
そして俺は後々知る。
君があの日の夜中、引っ越したことを。
実は病を抱えていたことを。
その病の治療のため、この地を離れたことを。
そして俺は知る。
俺が抱いていた、君への気持ちを。
–—–————————-————
–—–————
あの日から、、
俺の隣で空を見上げる君がいなくなってから、
代わりにとでも言うように、俺が空を見上げるようになった。
君は、空の変化を表情と呼んでいた。
無意識なのか、意図的になのか、、それはわからないことだった。
今日は雨だ。 君なら、『空が泣く』って言うのかな。
盲腸になった職場の同僚の見舞いで来た総合病院。
相変わらず元気そうな顔を見て、見舞いの品を渡して病室を出た。
出口に向かう途中、、。
「蒼空、、?」
懐かしい声だった。
幼少期から聞きなれた、あの声。
ここ8年間聞くことのなかった、あの声。
振り向けば、君がいた。
「菜生、」
車椅子に乗って、あの頃よりずっと細い身体だけど
間違いなく、君だった。
いつも引っ張ってもらった俺だけど。
いつも任せっぱなしで自分から行動したことってあったのか?ってレベルな俺だけど。
一緒に学校に行くのも、学校から帰るのも、全部君が迎えに来てくれなきゃ一緒になんて行動しなかった俺だけど。
今は、、、
足が動く。自分から。自らの意思で。
呆然とする君の前に立つ。
「....会いたかったよ、菜生」
「...わたし、も、、」
空が泣いた。
空が泣き止んだ。
空が笑った。
まるで、君の表情のように。
豊かに変わる表情を見て、俺は思った。
やっぱり、俺なんかより余程君は空だよ___って。