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『空が泣く』


遠坂蒼空 Tosaka Ao
戸崎菜生 Tozaki Nao




空を見上げてみれば、いろんな形の雲があったり、月があったり、直視できないほどの輝きを放つ太陽があったり、溢れんばかりの星々がきらめいていたり。

君と見上げた空も、いろんな顔をしていた。


「空って毎日違う表情だからつい見上げちゃう」


あの日も君は、見上げたのかな。

君が好きだと言った、あの空を。

今もどこかで見ているのかな、あの景色を。


俺は今日も見上げたよ、君が愛したこの空を。




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「ねー聞いてる?」

「ん?」


隣にいる君は笑った。


「蒼空っていつも遠くを見てるよね」

「は?それ褒めてる?」

「もちろん褒めてる! だって、それが蒼空の良さだもん」


いまいちピンと来ない褒め言葉を並べ、君は嬉しそうにした。

俺には、そんな君の姿が眩しく見えた。




クラスの中心人物、人気者の君。

対して俺は、存在感も薄い、教室の隅で本を読むような奴だ。


そんな相容れなさそうな俺らがこうして隣を歩くのは、幼なじみという昔からの腐れ縁だから。

カーストなんか関係ない、素の自分たちでいられた頃からの付き合い。

互いに干渉しすぎず、程よく理解し合っているこの関係は、俺にとってはもちろん居心地がよかったし、君にとっても悪くはなかったと思う。


だから、、自分がわかってる以上に自分のことを知っているのはたぶん、君だけだった。

そんな君に言われた褒め言葉___


ごめんだけど、俺には理解できそうにない。





「蒼空はね、他人なんか興味無いってふりして、1番みんなを見て知って、相手のために動ける人だと思うんだ」


「そんなわけないだろ」


「ううん、私の知ってる蒼空は、空みたいに広くて大きい視野と心を持ってる人」


「お前の中で俺って美化されてんの?」


「そんなわけないじゃん! 今も昔も、私にとっての蒼空は、そういう人だよ」



きらっと効果音の付きそうな程眩しい笑顔を向ける君に、俺はいつも思うんだ。



____お前の方が余程空みたいだよ




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「私ね、空を見上げるようになったの、蒼空のおかげなの」


「は?なに急に」


「いいから聞いてよ」

少し拗ねる君に、俺はしかたないって意味を込めて大袈裟にため息をついた。



「私ね、空が好き。晴れてる日も曇ってる日も、雨の日も台風の日も、雪の日も……。空っていろんな顔をしてて、毎日違うから見てて楽しい。似てる空でも必ずどこか違うじゃん?一緒なんてない。その日のその時間だけの空って考えたら、すごく幻想的に思えたんだ、、。」


そうやって、言いながら空を見つめる君に、なぜか心臓が嫌な音を立てた。どくん、、って、波打つように....


「俺のおかげっていうのは?」


「それはね、、蒼空って名前を口にする度に、空とリンクするから。それに、蒼空と空って似てるから。存在が。 みんなを包み込むような暖かさも、ズバズバした物言いも、気分屋なとこも、今日の蒼空はいつの日に見たあの空みたいだなーって考えるのが好きなの」


「えらく変な趣味をお持ちで」


「だよね、、自分でも思うよ変だなーって。だって、空を見上げたら真っ先に蒼空のことが思い浮かぶんだもん。1日に1回は必ず蒼空を思い出してるってことになるじゃん?」


「それだけ聞くとキモイ」


「うわ、ひどい!そんな意味じゃないもん」


「冗談だって、真に受けんな」



照れ隠しでしかないその暴言も、君の前では通用しない。
きっと照れてるのもバレている。

なんてったって、俺らは幼なじみだから。腐れ縁だから、、



「この夕日もさ、、もう一生見られる日は来ないんだよね」


「似たやつなら見れんじゃん?」


「ちがうの。これがいいの」


なぜそんなに、この夕日に、、、この空にこだわるのかわからなかった。


「帰ろっか!」


あの日見た空を、俺も一生忘れられない。




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次の日の朝、家のポストからいつも通り新聞を取ろうとすれば、違うものが手に触れた。


それは、4つ折りにされた画用紙。


そこについた淡い紫の付箋には『またいつか』の見慣れた文字。



広げてみれば、昨日見たあの空が、水彩絵の具で鮮明に描かれていた。



なんでこんな回りくどいことをしているのかわからなかった。




またいつか、ってどういう意味?

わざわざ絵に残したかったのか?

だとしても、メールしてくればいいだろ

わざわざポストに入れたわけは?学校行く時でよくね?



訝しんだ。

この謎行動のわけを知りたかった。



そして俺は後々知る。


君があの日の夜中、引っ越したことを。


実は病を抱えていたことを。


その病の治療のため、この地を離れたことを。




そして俺は知る。



俺が抱いていた、君への気持ちを。





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あの日から、、





俺の隣で空を見上げる君がいなくなってから、


代わりにとでも言うように、俺が空を見上げるようになった。




君は、空の変化を表情と呼んでいた。


無意識なのか、意図的になのか、、それはわからないことだった。






今日は雨だ。 君なら、『空が泣く』って言うのかな。







盲腸になった職場の同僚の見舞いで来た総合病院。


相変わらず元気そうな顔を見て、見舞いの品を渡して病室を出た。


出口に向かう途中、、。




「蒼空、、?」




懐かしい声だった。


幼少期から聞きなれた、あの声。


ここ8年間聞くことのなかった、あの声。




振り向けば、君がいた。




「菜生、」




車椅子に乗って、あの頃よりずっと細い身体だけど

間違いなく、君だった。




いつも引っ張ってもらった俺だけど。

いつも任せっぱなしで自分から行動したことってあったのか?ってレベルな俺だけど。

一緒に学校に行くのも、学校から帰るのも、全部君が迎えに来てくれなきゃ一緒になんて行動しなかった俺だけど。




今は、、、




足が動く。自分から。自らの意思で。



呆然とする君の前に立つ。





「....会いたかったよ、菜生」


「...わたし、も、、」




空が泣いた。




空が泣き止んだ。




空が笑った。






まるで、君の表情のように。


豊かに変わる表情を見て、俺は思った。





やっぱり、俺なんかより余程君は空だよ___って。




9/16/2023, 5:33:52 PM