『行かないで』
視線の先で楽しそうに笑顔を浮かべるあいつがいる。
憎たらしい笑い声が脳に響く。思わず「うるさい」と怒鳴って、その笑顔を涙が滴る泣き顔にしてやりたい。
賑やかに動くその手足に力が入らなくなった姿を見てみたいと思う。
笑い声が大きくなる。頭が痛くなりそうだ。
はやく目の前から消えてくれ。
それが無理なら2度と会わないよう首を掻っ切ってくれ。
何がそんなに楽しいんだ。
なんでそんなに笑うんだ。
お前が手を離さないって言ったのに。
『カーテン』
小学生の放課後は暇だ。宿題は簡単なものだし、厳しい部活動もない。やることは特になく、友人と遊ぶことが主な活動だ。今日は「家に行きたい」と友人が言うから、自宅に招待した。そして友人がやりたいと言う隠れんぼをすることになった。
ここまでが先ほどの出来事だ。ここで夢だと気づいた。本当の自分は既に社会人として働いていたことを思い出したのだ。かつての幼い自分の姿に違和感を感じ、違和感の正体に気がついた。
珍しい機会だと思い、せっかいのこの夢を楽しむことにした。友人が隠れてからしばらく数を数え、家のどこかにいる友人を探し始めた。
ある一室の扉を開けた時だ。カーテンが膨らんでいる様子に気がついた。まるでカーテンの裏に誰かが隠れているような光景だった。
案外早く見つかったなと思い、カーテンを開こうとした。すると、後ろからドタドタドタと慌ただしい足音が消こえた。振り返ると、足音の正体は亡き母だった。かつての若い姿をした母が、恐ろしい目つきで自分を睨みつけた。
「あんた!!こんなとこで何してるの⁉︎」
大声で叫んだ。思わず肩がすくんだ。
「ここはあんたが居て良いとこじゃないのよ!!速く帰りなさい!!」
鬼気迫る顔をした母に詰め寄られる。手を振り上げられ、ばちんと強く頬を叩かれた。予想していなかった衝撃を受けて思わず目を固くつぶった。
その瞬間、カーテンの方からノイズがかった気持ち悪い声が聞こえた。
「残念、あともう少しだったのに」
『星座』
星座を作りたい。手に持った雑誌に掲載されている星座特集を読んでいて、ふと思い立った。
星座となる星は一言で言ってもさまざまだ。銀色に輝く星、金色に輝く星、しっかりとした形を保った星などの種類があり、選ぶのに悩ましい。加えて、星が輝く背景も種類が豊富だ。昼の青色、夜の藍色、夕日の橙色、更にはグラデーションがかった色もある。これらを背景にして輝く星たちはさぞかし綺麗だろう。
想像するとやる気が漲り、その衝動のままにあちらこちらを巡って材料を買い集めた。エプロンを着たり道具を揃えて準備は万端。
まず星を繋げて星座を作る。次に各種の空色シロップを溶かして背景を作る。今回の背景は藍色の夜空、グラデーションの夕日だ。器に背景となる液体を流し入れ、その間乾燥させておいた星座を入れる。最後に涼しい場所で冷やす。
しばらくして星座が完成した。試しに夜空を口に含む。背筋がひやりとし、口当たりの良い涼しい甘さが広がる。カリカリした星が淡く光り、食感や見た目も楽しい。夕日は時間が経つにつれて舌触りや味が変わり、口内が物寂しくなる。星は予想より目立たなかった。
星座を食べつつ考える。今回は反省点もあるが、概ね美味しくできた。さて、次は何を作ろうかと想像を膨らませた。
『きっと明日も』
授業中のグループワーク。この時間が私は苦手だ。
私のグループは、私以外が仲良しな友達同士なのだ。話し合いでは、リーダーとなる子の友達の意見が優先的に採用されている。私の発言を取り入れること無いに等しい。無意識の選別だ。なかなかに傷つく。
それに、身内ネタで盛り上がられても困る。ネタを知らないから、私は黙って愛想笑いしかできない。
私は先生を恨んだ。このグループでは私だけがアウェーなのだ。肩身が狭くて気が重い。今日のグループワークもニコニコと相槌をうつことだけに徹した。
いつになったらこのグループワークは終わるのだろうか。授業はしばらく続く。きっと明日も明々後日も授業がある限りあのグループは必要になる。明日が憂鬱だ。
私は今日のグループの様子を思い出し、明日へのため息を吐いた。
『静寂に包まれた部屋』
「お前いつから俺にそんな口を聞くようになったんだ」
「あんたのせいで私の人生めちゃくちゃだわ」
「いいかこれは躾だ、お前がグズだから躾けてやってんだよ」
「あんたなんか産むんじゃなかった」
その日のお父さんはいつもより機嫌が悪かった。いつもなら気にしないことも今日は気に入らなかったらしい。お腹や太ももにはできたばかりの赤々とした痣がある。痣はズキズキと痛む。
その日のお母さんはいつもより大変そうだった。怒って泣いたり、物を投げたりした。でも、それから逃げるともっと怒る。僕は黙って聞かないといけない。浴びせられる言葉は蛇のように纏わりつく。
気づくと目の前には倒れている人がいた。倒れている人たちは今日お父さんたちが来ていた服と同じ服を着ていた。顔は潰れているから誰か分からない。お父さんたちが倒れているようで少し心配になった。
お父さんたちはどこに行ったのだろう。つい先ほどこの部屋に来たばかりだったはずだ。いつの間に出て行ったのだろう。また来たら、今度は怒られるかもしれない。
けれど、いつまで経ってもお父さんたちは来なかった。僕が気づいた時、近くに金属バットが転がっていた。バットに着いていた赤い汚れはとっくに黒く変色した。
「僕はこれからどうしたらいいんだろう」
ポツリと呟いた言葉が部屋に響いた。