『あなたは誰』
部活動の顧問に部員たちが集められ、展示会に提出していた作品が返却された。作品に応じて部員が呼び出された。
呼び出された順に作品を受け取り、教室へと帰っていった。次々に部員が帰ってゆき、最後に自分だけが残った。
顧問の手から作品を受け取る。そして「これもね」と言って封筒を渡された。他の部員には無かった、自分だけの封筒。心当たりを探しつつ封を開ける。
『構図や色合いが綺麗で、とても素敵な作品でした。』
内容は作品への賞賛だった。誰かも分からない相手からだが、その事実がより一層胸をくすぐった。
『バイバイ』
家に帰った。靴とスーツを脱ぎ捨てて洗面台に立った。クレンジングオイルを始めとしてメイクを落としていく。最後に顔をあげて鏡の自分と目が合った。
タオルで顔を拭きながら鏡の自分を見つめる。目に鼻、輪郭、肌艶からその他の部分にも目を配る。一通りを確認した。その瞬間、胸が軋んで脳裏に有象無象からの戯言がよぎった。とっくに治っていたはずの痛みが蘇る。
右手にじんわりと痛みが広がって意識が戻る。右手からは血が滴り、鏡はヒビが入った。鏡の顔は大部分が歪んで見えなくなったが、僅かに見えた口元は微笑んでいた。
『あなたへの贈り物』
ビニール袋から買った物を並べた。小麦粉、卵、バター。加えて苺のパック、生クリーム、砂糖が並んだ。
エプロンを着けて台所に立った。ボウルと泡立て器を使って生地を作った。予熱しておいたオーブンで焼いてスポンジケーキができた。苺はヘタを取って、生クリームは泡立てた。冷めたスポンジケーキと重ね合わせ、苺のホールケーキが完成した。
ケーキを皿に飾り付けて、「いつもごめんなさい、ありがとう」とメッセージカードを添えた。
相手の様子を期待しつつ台所から自室へと戻った。そしてビニール袋に残っていたガーゼ、消毒液、カッターを取り出した。簡単には見えないところを選び、新しい刃を扱った。ぬるい液体が肌を撫でた。当てつけるよう楽しげに「ざまあみろ」と呟いた。
『まだ見ぬ光景』
目の前には自分の体がありました。自分の体を上から見下ろしていました。横たわる自分の周りには、両親と友達がいて、それはもう可哀想なほど泣いていました。
そこで気づきました、自分は死んだのだと。みんな泣いていました。とても悲しそうにしていました。
嬉しいと思いました。自分はこれほどに愛されていたのだと。みんなと一緒に過ごせないことは心残りですが、それ以上に、みんなの悲しむ様子が嬉しかったのです。
私は涙で前が見えなくて目を閉じました。次に目を開けると、ガランとした病室でした。周りにいた親も友達も居ません。隣の部屋から微かに何人もすすり泣く声が聞こえ、さっきの光景は隣室での出来事だったのだと分かりました。
私は頬を流れる水滴を感じつつ、未だ誰も訪れない病室の中、あの光景への僅かな期待を捨て切れませんでした。
『あたたかいね』
ストレスが重くのし掛かる。さまざまなことが引き金となって、頭の中にある鉛が主張する。
ちょっとしたストレスの発散として、好きなお菓子を食べる。美味しくて次から次へと手が伸びる。
次第に手が止まらなくなる。満腹感を感じ始めるが、口元は動き続ける。口の中の物を飲み込むたびに頭の中が軽くなる。
胃がはち切れそうになる。苦しくてトイレに向かって這う。着くなり人差し指と中指を喉奥に突っ込む。一瞬息ができなくなり、無惨な形となった物たちが吐き出される。
何度か繰り返す。顔は涙と涎で見せられたものじゃない。頭の中は何もなくなり、何があったのかも思い出せない。何も思い出せないなか、指先に残った温度だけを感じている。