NoName

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7/16/2025, 4:13:50 AM

二人だけの

駅前のカフェで、私たちは最後の紅茶を飲んでいた。
平日の午後、人影の少ない店内に、ティーカップが触れ合うかすかな音が響く。

「今日で本当に終わりにする?」
あなたがそう言った声は、いつもの優しさが混じっていて、余計に胸が苦しかった。

「うん……」
私は頷くしかなかった。

この数ヶ月間、誰にも知られないように過ごした時間は、幸せで、そして恐ろしくもあった。
二人で秘密を抱えたまま歩く夜道。
指先がふれあうたびに胸が高鳴り、
それでも、背中に罪悪感がまとわりつく。

「ねぇ、最後に一つだけ言ってもいい?」
「…何?」

「俺は、あの夜からずっと——
君といるこの時間が、世界で一番欲しかったものだ」

紅茶の香りに紛れて、あなたの言葉が溶けていく。
本当は私も同じだった。
でも、それを口にしてしまえばきっと戻れなくなるから、
私はただ微笑んだ。

「ありがとう」

外はもう夕暮れで、街のざわめきが遠くに聞こえる。
私たちは立ち上がり、二人だけの秘密の扉をそっと閉じた。

7/14/2025, 9:16:18 PM

蝉がけたたましく鳴いている。
もうそんな季節なのか…

もうすぐ…

もうすぐ、あなたを失って2年目の夏が来る。

あなたを失った日から私はずっとこの胸に痛みを抱えている。

決して癒されない痛み。

この痛みも失いたくない。
忘れられない。
忘れたくない。

今年もそんな夏になりそうだよ、メイさん。

7/13/2025, 12:40:18 PM

隠された真実

 古びた時計が、午後三時を告げる音を鳴らした。
 アンティークショップ「クラルテ」の扉が軋むと、薄暗い店内にわずかな光が差し込む。

 「……まだ、ここにあったんだ」

 声の主は、二十年ぶりにこの街に戻った葵だった。
 彼女は震える指先で、一番奥のガラスケースを撫でる。そこには、小さな銀細工の猫の置物がひっそりと置かれている。

 この店には、誰も知らない「秘密」がある。
 かつて葵が高校生だった頃、店主の玲司にこう告げられたのだ。

 > 「この店にある品は、誰かの“忘れたい記憶”を封じている。
 > 買った瞬間に、その記憶があなたのものになる。」

 当時の葵はそれを作り話だと笑い飛ばした。だが数日後、玲司が突然姿を消したのだ。

 「……玲司さん。あなたも、この猫に記憶を閉じ込めたの?」

 葵がそっと猫を手に取ると、まるでそれを待っていたかのように記憶が脳裏に流れ込む。
 火事の夜の記憶。
 玲司の両親が焼け落ちる家の中に取り残された映像。
 助けようとする玲司の腕を、必死に押さえる葵自身の姿。

 「……そうだった、私が止めたんだ」
 震える声が、埃っぽい空間に吸い込まれていく。
 あの夜、玲司は命がけで両親を助けようとした。だが葵が呼んだ消防隊が到着する前に家は崩れ、両親は帰らぬ人となった。玲司はその後、街から姿を消したのだ。

 “真実”は、銀の猫に封じられていた。
 忘れたいのは、玲司ではなく葵自身だった。

 葵はそっと猫を棚に戻す。
 今さら彼に謝れるだろうか?それとも、このまま過去に沈めてしまうべきなのか。

 背後で風鈴が小さく鳴った。
 振り返ると、埃をかぶった「Closed」の札が、まるで玲司の答えを告げるように揺れていた。

7/12/2025, 10:03:53 AM

風鈴の午後

風が通り抜けるたびに、小さな鈴の音が涼やかに揺れる。
アンティーク調の木枠に吊るされた硝子の風鈴は、淡い水色で、夏の光を反射して小さな虹を作っている。

猫のミヌーは、その音に耳をぴくりと動かすと、また目を閉じて眠りに戻った。

この小さな喫茶室「ネコティーク」は、午前中の賑わいが去り、今は私と風鈴と猫だけの静かな世界だ。
ハーブティーのカップから立ちのぼる香りが、かすかな眠気を誘う。

──遠い日のことを思い出す。
祖母の家の軒先に揺れていた風鈴。
ひと夏ごとに違う音がする気がして、毎年訪れるたびに私はその音に耳を澄ませた。
祖母は「同じ風鈴でも、聴く人の心で音は変わるのよ」と言って笑った。
当時はその意味がよくわからなかった。

…けれど今は少し、わかる気がする。
澄んだ音色の中に、懐かしさや寂しさや、言葉にできない優しさが重なって聞こえるのは、きっと私の心がそう鳴らしているからだ。

窓辺のミヌーがあくびをした。
私はそっと手を伸ばし、風鈴の紐を指先で揺らす。

チリン──

午後の空気に、ほんの少し甘い音が溶けていった。
祖母が言ったように、同じ風鈴でも、この喫茶室で聴く音はまた違う。
だからきっと、この音を聴いた誰かの心にも、ひとつ物語が生まれるのだろう。

次にここを訪れる人には、どんな風鈴の音が聞こえるのだろう。
私はそんな想像をしながら、ハーブティーの最後の一口を味わった。

7/7/2025, 12:28:28 PM

「流れ星の約束」

夜空を見上げると、無数の星々が瞬いていた。
「もうすぐだよ」
小さな黒猫のルカが、少女の肩にちょこんと乗って囁く。

今日は一年に一度だけ、空に橋が架かる日。
星々は願いを運ぶために、銀の光の道を渡るという。

「ねえルカ、願いって本当に叶うの?」
少女はそっと手を組む。
「叶うかどうかは、きっと願い方次第さ」
ルカは尻尾を揺らしながら答えた。

そのとき、一筋の流れ星が空を駆け抜ける。
少女は瞬間、目を閉じて願った。
“どうか、大切な人の心が笑顔で満たされますように”

星は銀の道を渡り終えると、ひときわ強く輝いて消えた。
そして…
遠く離れた場所で、疲れた顔をしていた人の心に、ふわりと小さなぬくもりが灯る。

ルカがにっこり笑った。
「ほらね。君の願いはちゃんと届いた」

少女の胸にも、星のかけらのような光が宿っていた。
願いとはきっと、自分の心をも優しく照らすものなのだ。

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