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風鈴の午後

風が通り抜けるたびに、小さな鈴の音が涼やかに揺れる。
アンティーク調の木枠に吊るされた硝子の風鈴は、淡い水色で、夏の光を反射して小さな虹を作っている。

猫のミヌーは、その音に耳をぴくりと動かすと、また目を閉じて眠りに戻った。

この小さな喫茶室「ネコティーク」は、午前中の賑わいが去り、今は私と風鈴と猫だけの静かな世界だ。
ハーブティーのカップから立ちのぼる香りが、かすかな眠気を誘う。

──遠い日のことを思い出す。
祖母の家の軒先に揺れていた風鈴。
ひと夏ごとに違う音がする気がして、毎年訪れるたびに私はその音に耳を澄ませた。
祖母は「同じ風鈴でも、聴く人の心で音は変わるのよ」と言って笑った。
当時はその意味がよくわからなかった。

…けれど今は少し、わかる気がする。
澄んだ音色の中に、懐かしさや寂しさや、言葉にできない優しさが重なって聞こえるのは、きっと私の心がそう鳴らしているからだ。

窓辺のミヌーがあくびをした。
私はそっと手を伸ばし、風鈴の紐を指先で揺らす。

チリン──

午後の空気に、ほんの少し甘い音が溶けていった。
祖母が言ったように、同じ風鈴でも、この喫茶室で聴く音はまた違う。
だからきっと、この音を聴いた誰かの心にも、ひとつ物語が生まれるのだろう。

次にここを訪れる人には、どんな風鈴の音が聞こえるのだろう。
私はそんな想像をしながら、ハーブティーの最後の一口を味わった。

7/12/2025, 10:03:53 AM