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隠された真実

 古びた時計が、午後三時を告げる音を鳴らした。
 アンティークショップ「クラルテ」の扉が軋むと、薄暗い店内にわずかな光が差し込む。

 「……まだ、ここにあったんだ」

 声の主は、二十年ぶりにこの街に戻った葵だった。
 彼女は震える指先で、一番奥のガラスケースを撫でる。そこには、小さな銀細工の猫の置物がひっそりと置かれている。

 この店には、誰も知らない「秘密」がある。
 かつて葵が高校生だった頃、店主の玲司にこう告げられたのだ。

 > 「この店にある品は、誰かの“忘れたい記憶”を封じている。
 > 買った瞬間に、その記憶があなたのものになる。」

 当時の葵はそれを作り話だと笑い飛ばした。だが数日後、玲司が突然姿を消したのだ。

 「……玲司さん。あなたも、この猫に記憶を閉じ込めたの?」

 葵がそっと猫を手に取ると、まるでそれを待っていたかのように記憶が脳裏に流れ込む。
 火事の夜の記憶。
 玲司の両親が焼け落ちる家の中に取り残された映像。
 助けようとする玲司の腕を、必死に押さえる葵自身の姿。

 「……そうだった、私が止めたんだ」
 震える声が、埃っぽい空間に吸い込まれていく。
 あの夜、玲司は命がけで両親を助けようとした。だが葵が呼んだ消防隊が到着する前に家は崩れ、両親は帰らぬ人となった。玲司はその後、街から姿を消したのだ。

 “真実”は、銀の猫に封じられていた。
 忘れたいのは、玲司ではなく葵自身だった。

 葵はそっと猫を棚に戻す。
 今さら彼に謝れるだろうか?それとも、このまま過去に沈めてしまうべきなのか。

 背後で風鈴が小さく鳴った。
 振り返ると、埃をかぶった「Closed」の札が、まるで玲司の答えを告げるように揺れていた。

7/13/2025, 12:40:18 PM