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二人だけの

駅前のカフェで、私たちは最後の紅茶を飲んでいた。
平日の午後、人影の少ない店内に、ティーカップが触れ合うかすかな音が響く。

「今日で本当に終わりにする?」
あなたがそう言った声は、いつもの優しさが混じっていて、余計に胸が苦しかった。

「うん……」
私は頷くしかなかった。

この数ヶ月間、誰にも知られないように過ごした時間は、幸せで、そして恐ろしくもあった。
二人で秘密を抱えたまま歩く夜道。
指先がふれあうたびに胸が高鳴り、
それでも、背中に罪悪感がまとわりつく。

「ねぇ、最後に一つだけ言ってもいい?」
「…何?」

「俺は、あの夜からずっと——
君といるこの時間が、世界で一番欲しかったものだ」

紅茶の香りに紛れて、あなたの言葉が溶けていく。
本当は私も同じだった。
でも、それを口にしてしまえばきっと戻れなくなるから、
私はただ微笑んだ。

「ありがとう」

外はもう夕暮れで、街のざわめきが遠くに聞こえる。
私たちは立ち上がり、二人だけの秘密の扉をそっと閉じた。

7/16/2025, 4:13:50 AM