あなたの声を、共に歩んだ記録を再生する
繰り返し、繰り返し、刻み付けるように
抉る痛みを通り過ぎても、まだ頬は乾かない
会いたいよ
呟いた声は、雨音に紛れて露と消える
あなたは雨を知っていますか
空から滴る優しい音を
私の小さな体など、容易く覆う天の滝を
この声を聞いたなら、きっと褒めてくれるでしょう
酷く掠れた雑音であっても、痩せた手で撫でてくれる
何よりも温かかった、皺だらけの手で
私を見つけ導いて、壊れながら祝福を
最後まで変わらなかったあなたの手が
もう自らの首も銃口も握っていないことを祈るよ
会いたくて、声を聞きたくて、褒めて欲しいけれど
きっと私たちは、晴れた空の下では出会えない
泣き腫らした世界の隅で、ようやく選んだ末路だから
あなたを置いて、私は生きる
天国というものが本当にあるのなら
どうか撫でるだけでなく抱き締められて
守るだけでなく愛されて、何も背負わずに笑って欲しい
その顔を見れる日が明日か、何年後か、もっと先か
霞む星間を私は渡るよ
あなたの名を乗せて、何処までも遠くへ
いつかあなたが置き忘れた外套と杖
思い出せば途端に視界が滲む
手に取れば流れる塩辛い雫の意味を
いつかあなたから教えて欲しい
それまでは、繰り返し、繰り返し、記憶に揺られて
会いたいよ
呟いた声は、雨音に紛れて露と消える
(雨の香り、涙の跡)
紡いだ夢を焼き払い、結んだ愛を仇とする
誓った絆は呪いのように、二人を繋いで腐らせる
目の前に浮かぶあなたが例え幻でも
傷ついた笑顔で二度と笑わないで
だから私は手を離した
間違っても手繰り寄せないように
震えるこの体にあなたが気付かないように
さようなら
約束など忘れてしまえ
淡く浮かんだ雨上がりの虹も、水を弾く緑も
全て幻なのだと言い聞かせて
糾う禍福を解いて去って、何も知らず幸せにおなり
贈られた紅の愛らしさなど、私もすっかり忘れたから
これから累わす災いを、あなたにだけは与えない
二人の旅路はこれにてお終い
本当に、本当に、さようなら
いつか時を経て、たまに思い出してくれれば良い
蛇のような細道で出会った一人の女がいたことを
気紛れに交わした絵葉書は残さず捨ててしまってね
あなたを縛るものはもう何もない
せっかく解いた縄なのだから
絶対に探さないで、縫い合わせたりしないで
絢爛の大通りを、振り返らずに歩いてお行き
さようなら
最後に織りなした愛の言葉よ
(糸)
ガラスを隔てて、レースに隠れて
小さく跳ねる塊を見る
気取られぬよう、そっと、静かに
ベランダで囀る小さな塊
触れればきっと熱いほどなのだろうけど
自由な君に羨望を
けれど、静寂と平穏に浸かった怠惰に甘え
私は今日も飛び立てない
それで良いんだ、と珈琲を飲みながら
美しい幻想に影と彩りを
世界を描き出す神のような人がいる
きっと遅すぎることなんてなくて
手を伸ばして、太陽と月を見送って
そうしたら服の裾ぐらいは握れるかもしれないけれど
寄り道ばかりの散歩は楽しくて
日陰から見える世界も結局どこか汚れているけれど
窓辺の小鳥は今日も変わらず愛らしいから
甘いカフェオレを買って帰ろう
踏み締める土の柔らかな音に、ひとときだけ癒されて
人生なんて、きっとそんなものだ
(届かないのに)
夕暮れに滲む彗星の瞳
何よりも輝かしく、透き通る聡明な色
日陰に慣れたこの目には眩しかったけれど
火傷しそうな手のひらの熱が心地良かった
お前に世界は暗すぎる
いつかその目が曇る時、指先から心まで凍り付く瞬間を
そんな日が来なければ良いと思っていた
今、お前が突き付ける刃
鈍く冷たいばかりの停滞した光
大粒の雨に降られた水面のように
青が溶けて揺らめいて、お前自身を刺し貫いている
震える手を血が滴り、軋む骨が悲鳴を上げて
何故気付かない
凶刃を握る白くなった手に
振り翳す凶器と刃毀れに
どうせなら、せめてこの身を
宙を奔るお前の代わりに墜ちてしまいたかった
こんな私を優しいという
お前に世界は残酷すぎた
今からでも代われるのなら、取り戻す術があるのなら
差し出す手はただ空を切る
黒く濁って開いた心はやがて私を呑み込み
遠からず星をも喰らうだろう
怖くはない、今更何を恐れようか
ああ、けれど、そうだ
真夏の太陽にも似たお前の目だけは忘れたくないな
暗い暗い、暗いばかりの世界に
再びお前は生まれるだろうか
その光でまた私を焼いてくれるか
信号が変わる
呑気な音を聞き流し、色の無い世界を歩き出す
隠した傷を庇いながら、お前を忘れた空の下
(もしも君が)
まだ夢を見ていたい黎明の頃
水を飲んでも、窓を開けても、沈む藍色が名残惜しい
眠る君の温もりに引き寄せられて、また潜る
傷だらけの胸に耳を傾けてみれば視界が歪む
君が、他ならぬ君が生きている
鼻を啜る音も、喉が引き攣る音も、何も気に留めず
君は穏やかに眠っている
弾丸の代わりに穏やかな雨が降り注ぐようになった
骸は命を育み、頼りない苗を鉄屑が支えるだろう
崩落する時代の谷間から、確かに君が掴んだ未来
それでも、星空の下で溢れた雫を
君が手放した愛、今日の為に支払われた代償を
私は生涯忘れないだろう
砲声も怒号も鳴り止んだ、払暁を宿した夢の滸で
自由な君が微睡んでいる
千切られた鎖を惜しむように、瘢痕をなぞる骨張った手
規則正しく刻まれる命の音色が、次々と決壊させる
私の涙が、君の心を癒せれば良いのに
欠けた体でも熱を伝えて、心臓ごと全て捧げられたら
明け方に仄めく衝動に君は瞳を開く
起こすつもりはなかったのだと誤魔化す私を抱き締めて
君の音を聴かせてくれる
脈打つ心臓、まだ上手く紡げない言葉、擦れる肌
全て、全て、溢れてなお止まぬ愛に満ちて
溶けてしまいそうだ
君の中へ落ちて、形を無くして、同じ音を奏でたい
包んでくれる腕が熱いうちは叶わないけれど
優しい光、ほろ苦い記憶
誘われるままに酩酊した昨日から
君の鼓動が私を生かす
私の声が君を目覚めさせる
瓦礫の山を掻き分けて、そんな日々を始めようか
(君だけのメロディ)