小音葉

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6/14/2025, 12:22:12 PM

夕暮れに滲む彗星の瞳
何よりも輝かしく、透き通る聡明な色
日陰に慣れたこの目には眩しかったけれど
火傷しそうな手のひらの熱が心地良かった

お前に世界は暗すぎる
いつかその目が曇る時、指先から心まで凍り付く瞬間を
そんな日が来なければ良いと思っていた

今、お前が突き付ける刃
鈍く冷たいばかりの停滞した光
大粒の雨に降られた水面のように
青が溶けて揺らめいて、お前自身を刺し貫いている
震える手を血が滴り、軋む骨が悲鳴を上げて
何故気付かない
凶刃を握る白くなった手に
振り翳す凶器と刃毀れに
どうせなら、せめてこの身を
宙を奔るお前の代わりに墜ちてしまいたかった

こんな私を優しいという
お前に世界は残酷すぎた
今からでも代われるのなら、取り戻す術があるのなら
差し出す手はただ空を切る
黒く濁って開いた心はやがて私を呑み込み
遠からず星をも喰らうだろう
怖くはない、今更何を恐れようか
ああ、けれど、そうだ
真夏の太陽にも似たお前の目だけは忘れたくないな

暗い暗い、暗いばかりの世界に
再びお前は生まれるだろうか
その光でまた私を焼いてくれるか

信号が変わる
呑気な音を聞き流し、色の無い世界を歩き出す
隠した傷を庇いながら、お前を忘れた空の下

(もしも君が)

6/13/2025, 11:04:27 AM

まだ夢を見ていたい黎明の頃
水を飲んでも、窓を開けても、沈む藍色が名残惜しい
眠る君の温もりに引き寄せられて、また潜る
傷だらけの胸に耳を傾けてみれば視界が歪む
君が、他ならぬ君が生きている
鼻を啜る音も、喉が引き攣る音も、何も気に留めず
君は穏やかに眠っている

弾丸の代わりに穏やかな雨が降り注ぐようになった
骸は命を育み、頼りない苗を鉄屑が支えるだろう
崩落する時代の谷間から、確かに君が掴んだ未来
それでも、星空の下で溢れた雫を
君が手放した愛、今日の為に支払われた代償を
私は生涯忘れないだろう

砲声も怒号も鳴り止んだ、払暁を宿した夢の滸で
自由な君が微睡んでいる
千切られた鎖を惜しむように、瘢痕をなぞる骨張った手
規則正しく刻まれる命の音色が、次々と決壊させる
私の涙が、君の心を癒せれば良いのに
欠けた体でも熱を伝えて、心臓ごと全て捧げられたら
明け方に仄めく衝動に君は瞳を開く

起こすつもりはなかったのだと誤魔化す私を抱き締めて
君の音を聴かせてくれる
脈打つ心臓、まだ上手く紡げない言葉、擦れる肌
全て、全て、溢れてなお止まぬ愛に満ちて
溶けてしまいそうだ
君の中へ落ちて、形を無くして、同じ音を奏でたい
包んでくれる腕が熱いうちは叶わないけれど

優しい光、ほろ苦い記憶
誘われるままに酩酊した昨日から
君の鼓動が私を生かす
私の声が君を目覚めさせる
瓦礫の山を掻き分けて、そんな日々を始めようか

(君だけのメロディ)

6/12/2025, 12:22:07 PM

空の唸り声が遠く聞こえる
嘆くような鉄槌が命を砕いて
子らより無垢に、天より無慈悲に
そして散り行く彼らが遺す残響を燃料に燃え盛る
赤く、赤く、見惚れるほど悍ましく
吐き気を催す美しさで、いっそ艶やかに舞い踊る

ああ、数多の骨肉を積んで築かれた、愛しき故郷よ
今は脆く崩れた枯死の大地よ
命の燃える音がする
爛れた地獄の匂いがする
最後まで守る為、戦ったけれど
終ぞ届かなかった、荒削りの翼に焦がれる
私に罰を、灰すら残さず朽ちる誅罰を
あるいはこれが、そうなのか
膿んだ肺が絶えず取り込む、咽せ返るような赤い海が

透明な背へ追い縋る
何色にも染まらない、何者にだってなれた翼
切り刻まれて、かき混ぜられて
折れ曲がった姿はまるで、嵐の後の空みたいだった
君が嵐だと知っていれば
もっと早く気付いていたなら
呼吸をする度に、紡いだ夢想が閉じて行く
君の隣で生きたかった
この背を預けて戦いたかった

炎が迫る、足元で挑発するように揺らめいてくねる
痛いのに、苦しいほどに、私は焦がれる
赤い揺籠で微睡みながら、寝言の振りして囁いてみる
どうせ誰も聞いていないのだから
抱き締め返す腕など来ないのだから
白状しよう、告白しよう
私は君を愛している
並んで飛んだあの頃から、撃ち落とされてしまっても
ずっと、ずっと、これからも
刻み付いて離れずに、共に眠り、横で笑おう
旅立つ一羽の烏へ、この愛を捧ぐよ

霞んだ視界が最後に捉えた
君は来ないのだろう
良いんだ、幻でも

(I love)

6/11/2025, 11:03:43 AM

肌を滑る鈍色の雫、生温い終焉の園にて
悴む心を擦る爪先は、赤く汚れて見窄らしく
見失った轍と旗に恋焦がれ
這いつくばって叫んでみても鍵はもう跡形もない
腐敗臭の漂よう靄の檻でただ嘆く
絶望する為に生まれた命など、あって良いものか

壊れた耳を研ぎ澄ます
潰れた喉で呼び掛ける
抉れた足は沈黙し、込み上げる反吐を撒き散らして歩く
この世は地獄
諸行無常とは言うけれど、滞る淀みだけが私を愛する
嘲笑すらもう聞こえない
誰も咎めないから、求めないから
自由は孤独で、虚飾も花で
石綿で出来た希望に取り付く

黒い息を吐いて
私は少しずつ死に絶える
引き摺る鼓動を誰も聞かない
引き攣る嗚咽を認められない
毒を舐め回して
棘を飲み込み、私を死に至らしめる
絶望する為に歩いて来た筈では無かったのに

陽だまりに夢を見て、日差しを恐れる
私は今日も暗い陰から
気付かれないよう、誰の目にも留まらない色をして
窓の向こうから鳴り響いている

(雨音に包まれて)

6/9/2025, 10:18:09 AM

滞る息を肺から押し出して、跳ねる喉に咳き込む
繰り返して、少しずつ欠けていく
歪に丸まった体は、転がるほどに傷を増やす
また砕けて、また罅が入って
裂けた隙間から透明な血が溢れて乾いて
気付いた頃には白く濁って醜くて
どうして汚れてしまったのか、自分でも分からない

擦るほど指を黒く染めるばかりの古い鏡
磨いても洗っても、こびり付いた煤は汗を浴びて嘲笑う
何も映さないなら使えない
使えないなら炎の渦へ
埃も煙も大差無く、羽衣のようにその身を覆い
記憶も証も焼き尽くすのだろう
生まれたことに意味はなく
灰と油を纏った心臓に価値はなく
這いつくばった道すら掻き消されて、跡形もなく

この体は酸素を求めて、懲りずに呼吸を繰り返す
終わる時まで、価値がなくとも勝手に生きる
泥水から顔を上げて
水浸しの足で立ち上がる
腐敗した鉄屑の森から拝む朝日は、かくも美しく
ただ、ただ、どうしようもなく
今日も私は人間なのだと教えてくれる

(どうしてこの世界は)

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