肌を滑る鈍色の雫、生温い終焉の園にて
悴む心を擦る爪先は、赤く汚れて見窄らしく
見失った轍と旗に恋焦がれ
這いつくばって叫んでみても鍵はもう跡形もない
腐敗臭の漂よう靄の檻でただ嘆く
絶望する為に生まれた命など、あって良いものか
壊れた耳を研ぎ澄ます
潰れた喉で呼び掛ける
抉れた足は沈黙し、込み上げる反吐を撒き散らして歩く
この世は地獄
諸行無常とは言うけれど、滞る淀みだけが私を愛する
嘲笑すらもう聞こえない
誰も咎めないから、求めないから
自由は孤独で、虚飾も花で
石綿で出来た希望に取り付く
黒い息を吐いて
私は少しずつ死に絶える
引き摺る鼓動を誰も聞かない
引き攣る嗚咽を認められない
毒を舐め回して
棘を飲み込み、私を死に至らしめる
絶望する為に歩いて来た筈では無かったのに
陽だまりに夢を見て、日差しを恐れる
私は今日も暗い陰から
気付かれないよう、誰の目にも留まらない色をして
窓の向こうから鳴り響いている
(雨音に包まれて)
滞る息を肺から押し出して、跳ねる喉に咳き込む
繰り返して、少しずつ欠けていく
歪に丸まった体は、転がるほどに傷を増やす
また砕けて、また罅が入って
裂けた隙間から透明な血が溢れて乾いて
気付いた頃には白く濁って醜くて
どうして汚れてしまったのか、自分でも分からない
擦るほど指を黒く染めるばかりの古い鏡
磨いても洗っても、こびり付いた煤は汗を浴びて嘲笑う
何も映さないなら使えない
使えないなら炎の渦へ
埃も煙も大差無く、羽衣のようにその身を覆い
記憶も証も焼き尽くすのだろう
生まれたことに意味はなく
灰と油を纏った心臓に価値はなく
這いつくばった道すら掻き消されて、跡形もなく
この体は酸素を求めて、懲りずに呼吸を繰り返す
終わる時まで、価値がなくとも勝手に生きる
泥水から顔を上げて
水浸しの足で立ち上がる
腐敗した鉄屑の森から拝む朝日は、かくも美しく
ただ、ただ、どうしようもなく
今日も私は人間なのだと教えてくれる
(どうしてこの世界は)
差し出される手を振り払った
何度も何度も、もう覚えていないくらい
強い振りをして、どこかで拾った棘を振り翳した
私には他の誰も必要ない
一人で生きられる
虚飾と妄想の坩堝、自らを蝕む呪いとなって
すっかり固まった土塊の足を抱えている
泣き言を漏らす喉ならこの手で潰した
瞳の奥で茹だる汚濁も
勝手に溢れる膿んだ心も
粉々に割れて消えてしまえばいい
用済みの古い人形、こびりついている黄ばんだ愛着ごと
燃えて、枯れて、乾ききって
何も生まれない不毛の地となって
やっと私は一人で生きられる
助けなんて必要ない、憐れみなんて寄越さないで
この身を滅ぼす責任とやらも、須く私のものだから
支える強さもないのに傘を持ち続けた手は
どうしようもなく震えて
木漏れ日も霧雨も拒絶する
醜い私を覆い隠して、鉄の樹海へ紛れさせる
泣いてなんかいない
笑ってもいない
怒ることにも、期待することにも疲れ果てた
動かせば軋む虚ろな顔を、誰にも見せないように
羽ばたくことが恐ろしい
あるいはきっと、形を無くすほど溶けてしまえば
違う私になれるのだろうか
目覚めを待つ蝉の幻聴に、そっと耳を傾けて
腐った轍に転ぶ明日かな
(傘の中の秘密)
固くなった頬を撫でる
陶器のような肌は血に濡れて
もはや腐敗を待つ抜け殻と成り果てた
まだ美しい顔を見つめて
冷たい唇に別れを告げる
澄んだ冬空の瞳はもう二度と、私に愛を囁かない
無垢な雛の鳴き声が聞こえる
私の番を代償に救われた小さな命
何も知らず、怯えて喚き散らかしている
恨んではならない
憎んでもいけない
羽ばたく時を待つ未熟な翼は、ひとえに自由なのだから
分かっている、分かっているとも
矛先を失った哀れな嘴が、作り物めいて嗤っている
馬鹿な願いを抱いたものだ
罪の精算が穏やかであるものか
これは私に向けて放たれた裁きの一矢
無二の愛を穿ってなお止まらぬ天罰
それでも、あと一日、あと一分
共に笑えると信じていたんだ
あなたの慈愛を禁じなければ
私の我儘が赦されなければ
あと少し、一雫の陽光を分け合って生きられただろうか
あなたは咎めない
幼稚な囀りを受け止めて、羽を抜かれても平気な顔して
いつだって愛をもって笑っていた
酸いも甘いも匙加減
ならば些細な言い合いなど流浪の風に過ぎなかったのに
凪が私を閉じ込める
あなただけがいない世界
翅を捥がれた羽虫のように地を這って生きていく
(勝ち負けなんて)
擦り切れた記憶の彼方
置き去りにされた最初の宝
愛を失い、心を失い、傷を知覚出来ないまま
時を止めていた罪の結晶
それでも懸命に手を伸ばした君へ
私は何度でも伝えよう
失ったものを取り戻す
手にしたものを守り抜く
私たちは何も違わない
いつか骨になるなら、同じ色に燃え上がる
両手を繋いでまずは一歩
息を吸って、言葉を紡ぐ
歪んだ一筆だろうと、世界は作れる
ゼロから君に伝えよう
何もかも落としてしまった君に、私の全てを
例え君が英雄でも悪魔でも
繰り返し愛を与えたいんだ
君は時折ただ静かに
ひとえにひとえに涙を落として
塩辛い目覚めに揺れ惑う
皺だらけの温かい手を、もう形の無い思い出を
抉るように刻み付ける
忘れなくていい、これからもずっと愛していい
仮初の熱で構わないからと、祈るように手を握った
もはや廃れた名であろうと
あるいは、嘘であっても構わない
私は死ぬまで君を呼ぶよ
夜に閉ざされ、散り失せてしまいそうになったなら
柔らかな輪郭をなぞって
この声を辿って
私のそばへ帰ってきてほしい
なので私は伝えよう
昨日も今日も、きっと明日も
私は君を愛してると
(君の名前を呼んだ日)