傷だらけの手を伸ばす
戦火が揺らめく灰の下、燃え盛る森の奥
あるいは、僅かな光も届かぬ海の底
どこかに眠るはずのあなたを求めて
沈黙の空を飛び続ける
道を違えても友であり続けると誓った
並び立つならば背を預け、例え刺されても恨まない
今もそう
ぎらつく瞳の陽炎が
張り詰めた弦の乾いた声が
私を前にした時だけ和らいだこと、よく覚えている
俄かに潤み始める薄紅の頬を
偽らざるケロイドの心を
そっと撫でて抱き締めて、溺れさせてしまいたかった
きっと一夜を越えたなら、私は次も望むだろう
これが愛だろうか
これが人の、らしさというものか
応答せよ、応答せよ
約束を交わしたシリウスよ
今一度、時を動かして
氾濫する感情を知らせておくれ
この濁流を知るはあなただけ
孤独な鳥が火を招く前に
受け止めてくれるならば、どうか
応えてくれ、たった一言で良い、応えてくれよ
ただ刻まれる音の波を乱してほしい
あなたが守った蒼穹は美しいけれど
会いたい、会いたい
これが愛だと言うならば、頼むから
耳障りなノイズに、遠吠えが混じった気がした
(どうしても…)
永遠なんてどこにもない
当たり前のことで、初めから分かっていたこと
伽藍堂の瞳は何を映すか
透き通るあなたの笑顔に、今になってようやく気付く
顔を覆う程度の恥ならば晒してしまえば良かったのだ
今更いくら泣いてみても、乾いた砂が舞うばかり
両目を抉る覚悟があれば
心臓を開く決意があれば
逆巻く暗雲を切り裂く雷になれていたなら
あなたは側にいてくれただろうか
目を逸らすことをやめてしまえば案外簡単で
舌で転がす、子どもじみた甘い結論
あなたが憎かったのではない
あなたをあやめたかった訳でもない
本当は、白い首を穿つ度胸すらなくて
ただ、ただ、ひとえに繋ぎ止めたかったのだと
今ならはっきりと、雲海を開く一矢の如く
くだらない舞台で初めて見えたあの頃から
喝采も罵倒も掻き消されてしまうほど
そう、どうしようもなく私は焦がれている
与えられる愛など必要なくて
浸される栄光はガラクタに過ぎず
私はずっと、あなただけを求めていたのだと言える
まるであの太陽の花が冠する言葉
私が咲き誇る花になれたなら
あなたは摘んでくれるだろうか
白い指先に触れられる歓喜を
虚しい夢だと思いたくなくて
私は繰り返し目を覚ます
何度も生まれ、あなたのいない世界に絶望して
泡沫の理想に微睡んで、また眠る
隣に腰掛けて、私の功績を称えてくれる
あるいはただ穏やかに微笑んで、果物を分けてくれる
朝日に溶けるようなあなたの姿を
やがて月が昇る頃には、手を繋いで眠る
そんな幻想に浸っている
ねえ、愚かでしょう
みっともなく腐り、空虚に縋る吊られた男
あなたは何を思うのだろう
分かりきったこと、陽光は等しく降り注ぐ
それだけは今も憎らしい
私を見て、刃を向けて、閉ざしてしまえ
あなただけを、見つめている
(まって)
頼りないと嘲った
近寄る勿れと拒絶した
刃を向けて脅かした
あなたは変わらず微笑んだ
どうして、どうして、どうして
怒ればいいのに
憎めばいいのに
そんなだから薄っぺらいんだ
守れなかった過去
容易く落ちる細い首
諍いは坂を転がる小石のように
あなたはそれでも微笑んだ
懐かしむ瞳に恥の色はなく
ただ私の浅ましさを映し出す
見ないで、聞かないで、私をこれ以上
知らないで、暴かないで
繰り返される罵倒の投石すら甘んじて受け入れる
あなたのことが羨ましかった
泣いてもいいのに
震えながら弱音を吐いてしまえばいいのに
憐れむでもなく、侮るでもなく
あなたは私だけを見つめていた
ひたむきと言うには暑苦しく
いじらしいと言うには小賢しい愛だったけれど
確かに受け取った襷を肩に掛け
次の希望へ託すまで
息を切らして汗まみれで、汚れてしまっても私は走ろう
背中合わせの温もりが忘れられなくて
父のような小言の嵐がまだ聞こえているけれど
あなたから旅立ち、雨降る小道で傘を譲る
同じ輝きはきっと宿らないけれど
この小さな一歩、荒い鼻息と共に踏み出した人生を
いつかきっと微笑んで聞いてくれるよね
(手放す勇気)
望まれ願われ、差し出され
数多の手に捏ねられて生まれたものがあった
人か、あるいは神か
美しい声、美しい姿
清らかな心、猛々しい力
物語のままに、描かれた舞台の上で踊る
やがて爆ぜる喝采が青褪めた月を覆い隠した
透明な涙は歓喜の為でなく
掌を傷付けたのは己が爪だと言えなくて
秘めた黒は裡に積もり、太陽なき夜を作った
果たしてあなたはどう在りたかったのか
夢の続きを教えてくれよ
水中では呼吸が出来ない
炎や宙に抱かれても生きられない
誰もが知る理をあなたはきっと切り捨てたのだろう
唄えない、戻れない、穏やかに紡ぐ唇
陽だまりの微笑み、しなやかな背も見慣れたけれど
私はまだ、あなたを知らない
あなたが笑うほど、私の瞳から溢れるんだ
花を慈しむ優しさが切なくて
陰から幸福を祈る愛が哀しくて
我儘だけれど、あなたをもっと知りたくて
いつか夢見た明日を教えて欲しい
あなたが海に沈む度に
あなたが空へ去る前に
あるいは、どうせ落ちてしまうなら
共に手を繋いで離さないでいようか
例え消え行く幻想でも、私はもう深く愛してしまった
報いるならば戦いを、二人きりの舞台の上で
私は照らし、あなたが踊る
あなたが輝き、私は唄う
こんな永遠なら共に行こう
一寸先が見えずとも、繋いだ熱がある限り
(光輝け、暗闇で)
美しい世界は酷く息がし辛くて
忙しく上下する胸を隠して
万雷の喝采の中で、またひとつ
私を構成する細胞が死んでいく
私も同じ色に染まれたのなら
きっと楽に生きれたのだろうけど
ごめんなさい
誰に告げるでもなく風に呑まれて
己の足に踏み潰される声
私が纏うに相応しくない色
溶け込めない、馴染めない
なり損ないのソースのように
濾されて塵箱行きの、大切だった何か
よく似た顔で笑いたかった
道化になれない液晶の仮面
見れば見るほど歪な綻び
せめて淘汰しなければならないと
私は毒を吐いたんだ
汚れた残骸に寄るものはなく
妥当な末路、けれどまだ終わらない
望まれる私にはなれなかった
幼い頃の夢を裏切って
罪を抱えて生きていく
酷く息苦しい世界のどこかで
無様に這って生きていくよ
西陽のカーテンを綺麗だと思う
知らぬ映し絵に物語を思い描く
きっと、それだけで良いのだ
私の人生など、誰の記憶に残らなくても
(酸素)