出会わなければ疑わずにいられた
出会えたから瞼を開いた
あなたさえいなければとうに旅立てていたのに
縋る声を振り解く力など残されておらず
火傷しそうな羽に抱かれて安堵する心
外なる腕の笑い声が聞こえて、沈む
沈みゆく
約束を捨てて、郷里の断崖へ
枯れた手首を捉える枷如き、愛したくなかった
何も引き摺らず、潔く、溺れてしまいたかった
罪を謀る甘い誘い
運命を裏切る背徳の明日
まだ叫ぶ魂の色
あなたのことなんて大嫌い
初めから、ずっとずっと、そう変わることなく
あなたのことを忌避してきた
私は祝福なんて望んでいない
私は救いなんて願っていない
許されざる者は天によって裁かれる
私も罰を受けないと、私も傷を受けないと
黄昏を呑む月の美しい夜に
どうかヒバリが鳴く前に
なのに、あなたが突き落とすから
どうしようもなく優しい瞳で、毒を孕んだ言葉で
私を浸して、侵して、あなたのもとへ繋ぎ止めるから
仕方なく吠え立てたんだ
生きたい、生きたい、血を吐くほどに
それなのに、黎明の海岸で私は独り
砂に塗れて立ち尽くしている
戯れに足首を撫でる波が煩わしくて
あなたが口遊んでいた、下手くそな歌を真似してみる
さあ、正しに来て
溜め息混じりの説教でも構わない
王子様なら迎えに来てよ
虚しい歌が潮風に乗って、誰にも届かず消えていく
フィクションを嫌うあなたらしくないね
(手紙を開くと)
紺碧の空に沈む
捨て去った筈の夢で泡立つ天の川
網膜を灼く星々の光
揺蕩う魂は芽吹いた時から自由なのに
体を引き摺る鉛になって
私を底へ縛り付ける
果たして、黄金の果実は泥の味
欲さなければとっくに眠れていたろうに
孤独な鯨は空に鳴く
籠もり気味の祈りは遠く響いて
返る声は砂嵐
幾度と無く繰り返された絶望
浮遊する粒子を舌で転がす
もはや無味の郷愁を巡る大海
帰る場所すら分からない
忘れられた哀しい化物
懲りずに世界は膨張するけれど
停止した思考の中で、尚も星座をなぞる
時を越えて慟哭が響く
ずっとずっと、寂しかった
それは埋まらない穴から滲み出す
探し求めた痛みの輪郭
鈍い心臓がようやく叫び出して
迸る決意は疾く、深海に灯る標を捉える
それでは今宵も語りましょう
昏き壊劫を越える、ただ一つの物語を
(青い青い)
涙を湛えた空に囁く
まるで、指先で容易く払える霜
あるいは、知らぬ故郷を目指す雛のような
それは他愛のない約束
あなたは律儀に数えるけれど
陽だまりの声が、纏わり付く影を焼く
焦げた記憶をまだ知らないのね
変わらないでいてほしい
同じ暗がりに身を寄せていたい
相反する心が、あなたへ結ぶ
霧に満たされた緑の海
鏡のように澄んだ湖
私はずっとここにいる
心を恐れた終の棲家
孤独に慣れた哀れな鳥を
それでもあなたは鍵を開ける
遠い昔に繋いだ心
思い出を包むロールケーキ
隠した恋すら巻き込んで
甘く甘く、時を刻んで
針が頂点を指す頃、二人は永遠を誓うから
残された月はフォークを乗せて
たまの夜更かし、楽しむのでしょう
梟が鳴く
朽ちた城にはもう誰もいない
(sweet memories)
悉くを攫い、あるいは踏み躙った嵐を憎んだ
いつだって理不尽に、強引に
お前が齎した偽りの安寧
祝福された世界、約束された未来
それは腐った果実のようなもの
お前の掌に滴る暴虐の色を知っている
善良な仮面の裏で、牙を剥く獣の顔を知っている
お前が喰らい尽くした肉の味を忘れるな
顔のない悪魔が咽び泣く
例え微風であろうとも、憎き嵐へ繋がるならば
屈辱すら砕かれる花になどなるものか
錆びた心臓から溢れ出す、咽せ返るような憎しみが
全てを滅ぼしてしまえるなら
ああ、けれどそれは結局同じこと
引き絞られる臓腑を連れて歩いた
まるで嵐のようだ
溢した涙が薙ぎ払う
静止の声は咆哮となって
連鎖する崩壊の中心で、お前はもう止まらない
人はそう簡単には変わらない
丸裸になった大地で並んで寝転ぶ
取り止めのない悪態と、たまに溢れる呆れた笑みが
きっと何よりも愛しかったのに
あと少し花が愚鈍であったなら
あと少し風が狡猾であったなら
滑稽な夢を振り払う、ヒヤシンスと春嵐
(風と)
輝ける未来を焼き尽くし
慟哭する屍を踏み越えて
震える細腕で天を狩り
亡者達の声を背負いながら、あなたは一人
世界を照らす導きの星となった
それは美しい物語
残酷な運命に打ち克つ、選ばれた犠牲
ご都合主義の与太話
世界はあなたを呑み、生き長らえて
そうして忌々しい平和を浪費する
当然のように、私も
沸騰する怒りも、胸を穿つ哀しみも
まるで仕舞い込んだ玉匣
いつしか額に収まる記憶
遠く識る彼方の夢へと成り果てて
老いた体では旅立てず
凪いだ心には何も集わず
遥か栄光は雲を掴むように拡散する
こうして今日も、私は一人
地に縫い止められて、ただあなたを見上げるのみ
あなたの旅路を這って綴る
(軌跡)