君の流した涙が宙へ落ちて
ひとつひとつの瞬きが
標となって人々を救ってきた
失い続けた血潮と熱を、銀の河で覆い隠して
永遠の孤独を想い眠る
どこからあの光はやってきたの
いつから私達を照らしているの
何も知らないまま、人は幸福を享受する
永遠などありはしない
その狭い視野で何を見る
限られた数で何を刻む
群れているようで誰もが孤独
砂屑に満たぬ言葉を並べては
共鳴の素振りで酔い痴れる
君が去った暗闇の名残が
夜という孤独を作った
孤独は安寧、思考の海
人を閉じ込める形無き檻
揺籃はやがて篩となり、最後は輪を描くのだろう
君は何を願ったの
君はなぜ傷付いたの
君は笑って行けたかな
地に縫い止められた私達は追うことも出来ないけれど
星辰のバラッドを君に捧ぐよ
(星明かり)
彼はその日、言い付けを破り
純白のヴェールを自ら脱ぎ捨て、太陽を見初めた
生まれる前から愛していた
落ちてからは夢にまで見た
例え、瞬く間に灰燼と化しても構わない
願わくば、灼熱の手背に口付けを
愚かな蛍火に一瞥を
そうして燃ゆる心の導くまま、誓いを叫んでみたかった
小さな背に刺さる、甲高い声が聞こえる
ああ、またしても届かない
また今日も、僅かな逢瀬に胸を焦がして
月明かりに稚拙な物語を委ねて
眠れない夜を重ねていく
彼女は愛していない
少なくとも、部屋の片隅に蹲る宝のことは
彼女は既に選んでしまった
異なる色の冠、その輝きと安寧に魅入られて
寄せては返す恐れが消えずとも
無垢の瞳に見上げられる度に
ただ一度の過ちを射抜く糾弾、置き去りの純愛を
飲み下した罪禍で爛れた喉は
もう二度と愛を紡がず、極光を拒むだろう
それでも彼女を愛している
かつて抱かれた、細い腕と涙を覚えている
じきに夜が明ける
穿つような鋭い朝日よ、夢に輪郭を与えておくれ
まだ黒い半身がいるならば、駆けねば立ち行かぬ
遥か遠い記憶の湖底
閉じ込めた西陽と二人の指先
交わしたはずの約束、小さく頷いた光明を
浮上する
まだ、立ち上がれる
決意の流星は、深海の大魚を引き連れて
空の彼方へ旅立った
(影絵)
白亜の檻にて綴られるただ一つの詩
埋もれた原稿の片隅に残されていたような
靴跡塗れの絵空事
天蓋の中で書き殴った紛い物
遠い昔、そのまた昔、踏み躙られた無辜の殻
透明な蕾は涙を啜り
虚飾の色を吸い上げて
奈落より暗い花を咲かせた
誰も知らない御伽噺
けして叶えてはならない不思議の国よ
掠れた深淵を丁寧に
何度も重ねて周到に、確かに沈めたはずなのに
溢れる雫はこの顔を溶かして
望まない祝福を、夜明け前まで染め上げる
朝が来なければ良い
彼が来なければ良い
願ってはならなかった崩壊の序章
楽園は翻り、無垢な少女は突き落とされる
黒い花は踊り狂う
ただ一つの詩を携えて
(物語の始まり)
刺された荊は数知れず、無様を晒して生きてきた
曇天を越えれば沛雨に見舞われ
泥に足を取られれば、夥しい手に掻き毟られて
結局どこにも辿り着けない
燃え滓の絶叫と曼珠沙華
惨めなばかりの枯れ尾花
慰めの唄を忘れた卒塔婆の群れ
灯火の届かない夜のしじまに飽いて酩酊
幾度朝を迎えても、私を迎える国はなく
吼える獣も喰らわぬ毒が
ただただ蔓延り世を腐らせる
神よ仏よと願っても、お誂え向きの偽善は門前払い
呑み干す灼熱で喉を焼き
浅い眠りで私をあやめて
三途の川を漫ろ歩き、それでも迎えは訪れない
待ち惚けの髑髏
吐いても泣いても目は覚めて
この体はまだ肉を纏っている
耳障りな鼓動が鳴り止まない
どれほど黄泉を描いても、この器が渇望する
呼吸を止めれば、それは怒涛のように押し寄せる
芯から来たりて響く責務
こんな騒音の中では眠れないだろう
(遠くの声)
あの頃は狭い壇が全てだった
当たる陽なければ世界の終わり
伸ばした爪では割れない硝子の先に
群がる花を睨みながら
きっと同じように咲いてみたかった
出る杭を打つか、上手に接ぐか
箔押しの絆で満足するか
爪を立てて剥がす輩に、手向けられる色などない
星に願いながら見つかる日を恐れた
遠ざかるばかりの崖に唾を吐いて
狂った芝居で冷める頬
叶う夢などありはしない
左足で捏ねて作られた土塊は
乾いて崩れて去っていく
自ら這いずり出た素振りで
幻影に後ろ髪を引かれながら
幼い私を捨てていく
またひとつ、骸を運ぶ花筏
露と消えにし諸恋の夢
(春恋)