小音葉

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4/14/2025, 12:13:53 PM

雲海の向こう、潮の底にて
まだ眠る幼体の鼓動に耳を澄まして
鰭を持たない腕は
奏者のいない砂の舞台で、微かな律を手繰るように
揺れて踠いて、泡に願いを閉じ込める
弾けた音を聞き届けて
不確かな影を、心だけは追い求めて
メアリー・セレストを探し当てて

沈む私は鉛のように
名もなき藻屑と忘れ去られる
紺碧のドレスはすっかり汚れて
それでもあなたを待っている
暗い海底で、群がるセイレーネスが岩礁になっても
天に遍く降る慈雨
あなたの旅の果て
星空を渡る小さな船は、きっと私の下へ辿り着く

けれど私は拒むでしょう
港はあちら、灯台の向こう
終局に湧き出る、警笛を鳴らして
嘘吐きの波濤と気紛れな青鷺が
眠るあなたを引き離す
どうか欠片を手に地上まで

どこかで語られる朧月夜、優しい調べ
寂寥を奏でる貝殻と、泡沫夢幻の浪漫譚
覚えてくれている
それだけでいい
初めから満たされていた
空想を抱いて、私は壊れてしまうけど
廻る潮流に導かれ、きっといつか出逢えるから

(未来図)

4/13/2025, 12:22:58 PM

兵どもが夢の跡
有象無象の血を吸って不遑枚挙の花が咲く
どこからか聞こえる祭囃子
童の駆ける土の下、砕ける骨を如何せん
憂う心は春時雨

どうせ忘れる夢ならば
なんぞ燭を秉て遊ばざる
移ろう命は花吹雪
時代も人も五十歩百歩、踊らにゃ損と花が散る
酔いも甘いも噛み分けて
釣鐘帽子に飾りましょう

千枚の葉が落ちるまで
高歌放吟と歩こうか
泥濘む雨後に天晴れと
ばら撒く血潮が道となる

(ひとひら)

4/12/2025, 10:36:16 AM

飽きるほど通った坂道
はみ出した街路樹、顔のない通行人
視界の端で点滅する信号機
落としたノートを拾ってくれた、本屋の店員
向かいのカフェから香る、ほろ苦い珈琲の誘惑
確かに息を切らして紡いだ結晶
あんなに鮮明だったはずの日々は今や遠く
画面越しの捕食、大自然の作る劇場を眺めるように
ただ白い水平線を漂っている

耳障りな音を立てて、視界が揺れる
ざらついた塵芥に飲まれて消えてしまう
息が出来ない
苦しくて、押し潰される
背負った重みで骨が軋む
誰が壊したか分からない世界に埋もれて
終わるのか、いつか気紛れに望んだように
何も残せずに、守れずに、温い夢を振り払い
息も絶え絶えに紡いできた私なのに

繰り返し蹴飛ばした石ころ、そして後悔
苛立ちのまま千切って捨てた、名も知らぬ枝葉と淡い恋
射抜いて喜び、倒れて安堵した仮初の未来
鉛のように重い腕を引き摺って
砕けた心は継ぎ接ぎに、地面を擦った傷だらけの体で
私はここまで歩いてきたんだ

優しい右手と折られたページを見下ろす
そうすることしか出来なかったけれど
最後、あなたを取り戻す
汚れた左手で、握り返せなくて良いから
いつか春風の駆け抜ける商店街で思い出して
一瞬だけ交わった二人の運命
超えるものなどきっとないぐらい美しかった青空の帷を

(風景)

4/11/2025, 11:12:48 AM

荒涼とした砂の海で、ただ一輪を愛した
戻らない背を追うように枯れたけれど
繋いだ命は風に乗り
やがて血を分けた緑の大海原があなたに捧ぐだろう
不器用な英雄の詩
運河の底に沈もうと、けして錆びぬ太陽の花

漫ろ雨が弾く音色
閉ざされた夜に、最初で最後の告白をした
永遠を願う傲慢も、その刹那だけは許される気がして
硝煙に咲いても陰らぬ白銀のあなたを
願っても、願っても、肌を刺す終わりの続き
ただ一度落とされたひとひらの記憶はまだ褪せない

綱を渡るような恋だった
初めから墜落し続ける、救いようのない詩だった
ならば破り捨てる
脈打つように当然に
荒天の船出に、ダイヤモンドを置き去りに

それでも交わらないはずの音を盗んで
あなたと逆立つ譜面に飛び跳ねたい
これを大罪と呼ぶならば、奇想の雷霆で踏み荒らそうか
裏切りの末路、無様な饗宴
椿のヴェールを脱ぎ捨てて
こんな狂い咲きがあってもいい
蕚を踏み越え、あなただけを連れて

壊れた車輪は咽び泣き、絶えずどこまでも運ぶだろう
目を閉じて久しい、お前を乗せて

(君と僕)

4/10/2025, 11:17:11 AM

窓を叩く激雨が渋る背を追い立てるように
とめどなく空は塗り変わって行く
花冷えの夜、止まり木を見つけて
震える体と苛立ちを抱えて眠る雛

希望は奈落の底にあるだろう
撃ち落とされるか焼かれるか
暗闇に身を投じる覚悟なくば
空への飛翔など絵空事
地を這い腐るも自由だが
土草に爪弾かれても囀ることなかれ

やがて大海へ至る一滴
頬を伝う雫が旋毛の高さを越える頃
それでも実りが約束される日は終ぞ訪れず
けれど徒花には徒花の生き様があるだろう
形なくば己を粘土とせよ
あるいは、木でも紙でも構わないが
所詮、脆弱な翼なら
柔らかい内に捏ねて削って付け足して
歪な航路を拓いて渡れ

震える夜に終わりがなくとも
歪な血路が花道となるように

(夢へ!)

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