「あなたがいたから」
はじめまして。
突然の手紙失礼します。
いつも雑誌やテレビ、動画で活躍を見ています。
もちろんブログとSNSも毎日チェックしています。
ダンスや歌は、新しい映像が出るたびに成長して上手になっているのがわかります。
きっと沢山の失敗と努力があったのだろうと、ただの一ファンである私にも想像できます。
器用ではないことはトークなどでわかります。でも相手の話をちゃんと聞こうとしているのは私でもわかります。
顔の良いアイドルも、器用にこなせるアイドルも山程いますが、
不器用でも滅気ずに努力する、あなたの屈託のない笑顔に力を貰います。
辛いことがあっても、あなたがいたから私は頑張ることができます。
最近、あなたはスキャンダルがでたり、炎上したり、ケガをしたりと色々ありましたね。
あなたが酷い言葉で傷つけられるのは、自分のことのように辛いです。
私はあなたがいたから頑張れたことがあるから、
私はあなたを嫌いになることはありません。
ずっと好きです。
ずっと応援しています。
早くケガが治るように毎日祈っています。
親愛なるアイドルへ
私より
「相合傘」
急に暗くなったと思ったら雨が降り出した。
慌てて家中の窓を閉めると、むわっとした空気の匂いが顔に当たる。夏が近づいてきた匂いだ。
家族は傘を持っているだろうか?父母は車だから大丈夫だけど、弟は下校の途中かもしれない。
「ただいまー」
そんなことを考えているうちに弟の声がした。玄関を見ると、傘を持った弟が立っていた。
「傘持ってたんだ。良かったね…って濡れてるじゃん!」
頭から肩、足下までしっとりと濡れた彼は憮然とした表情で靴を脱いでいる。
「傘持つの下手なの?」
「うるさい。」
私を一言で黙らせると自室へ行ってしまった。
Tシャツが透けている左肩を見ながら、昔は優しくて可愛かったのにと一人思う。
ん…左肩…そういえば左側だけ濡れていたな?
「ああ…誰かを入れてあげたのか。」
小さな声で呟く。
相手が雨に当たらないように、でも体が当たらないように、左肩を犠牲にしたのだろう。
いつまでも優しくて可愛い弟。
通り雨だったようで、雨の音はいつの間にか聞こえなくなっていた。
「落下」
ひらひら
ひらひら
桜の花が落ちてくる。
花びらじゃなくて形を保ったままの花だ。
まだ綺麗なそれを拾って眺める。
白のように見えて仄かにピンク色。
小さな公園にただ1本、生命を青春を春をこれでもかと謳歌している桜の下に私はいる。
「それスズメだよ。」
ふと後ろから声がした。
小脇に黄色いサッカーボールを抱えた少年が立っている。小学校低学年くらいだろうか。
「すごいな、よく知ってるね。」
私はそう言って物識りな少年を褒め称えた。
そういえば、頭上からチュンチュン囀りが絶え間なく聞こえる。スズメが花を落としてたのか…天上の花を下界の者に見せようと落としているのかな…そんな考えを少年が遮る。
「盗蜜って言ってね、スズメは桜の花の根元にある密を千切っては飲んでるんだ。」
「そうなの!?…桜の花ぼとぼと落ちてくるものね。スズメ遠慮なしに蜜を取っているみたい。」
「でも仕方がないんだ。スズメの餌になる虫が少ないから。人間が虫が居る場所に家や道路を建てるから…」
そう言って少年は下を向いた。野球帽のつばで影ができて顔が見えない。
「結局は人間のせい…上手くいかないものね…」
スズメが悪いわけじゃない。人間のせいとはわかっても私に何かできるわけじゃない。
上手くいかない世の中だ。
「でもね。いつか桜もスズメも人間も上手くいくようにするよ!」
顔を上げて少年が言った。
その顔は泣いてなどいなくて、決意に満ちた目だった。自分を未来を信じている目だった。
「おーい!サッカーしにきたぜー!」
公園が賑やかになった。
少年と同じくらいの男の子たちが公園にやってきた。
「うん!じゃあ、またね!」
少年は彼らに向かって走り出した。
「…上手くいくようにする…か。」
誰かが動かないと変わらない。
と、私は桜を見上げた。
『落花』
「未来」
「今日のテーマは【未来】です。配った画用紙に未来をイメージした絵を描いてください。」
美術室はどっと賑やかな声に包まれた。「わっかんねーよー」「何でもいいんですかー?」と明るいグループが騒いでいる。勉強のできそうな人たちは、もう机に向かって何か書いている。
私は黒板に書かれた文字を独り呟く。
「未来。」
放課後。校舎裏、職員駐車場前。
私は画板に挟んだ白紙の画用紙を睨んでいる。
「何してんの?」
画用紙に影ができた。ツインテールのシルエット。
私の知っている影。
「…美術の課題。」
「ああ。未来を描くやつか。ささっと描いて帰ろうよ。」
それが出来たらもうしている。出来ないから放課後まで悩んでいるのだ。
「未来って何なの?こんな将来お先真っ暗な日本で希望に溢れた絵なんて描けないじゃん。」
「じゃあ、暗黒の世界を描けばいいのでは?」
「描いたら暗い未来が来そうじゃん…それに私将来の夢もないし…」
「面倒なやつだなー。成績のために適当に描いとけよー。」
彼女は腰に手を当てて怒りだす。
「じゃあアンタは何描いたの?」
「私。」
「えっ?」
「私は私を描いたの。だって未来なんて悪い事しか言わない大人の予想じゃん。将来も不安しかない。未来に私がいることしかわからないんだもん。」
「……。」
未来はわからない、導いてくれる人もいない、希望もない、真っ白な紙に放り出された私達。
「まだ分からないもんね。」
私は紙に線を走らせた。
「一年前」
「た…」
『ただいま』の声もでない。
靴もそのままに倒れ込む。華奢なヒールの靴は足からこぼれ落ちた。
シンデレラなら王子様が拾ってくれる…しかし、このワンルームに王子様も神様も恋人様もいない。もう片方も足をぶんぶんと振って落とし、匍匐前進の状態で簡素なキッチンを通り過ぎ、ベッドまでたどり着く。
横たわる気力もなく暫く虚空を見つめていたが、このままではいけないとポケットに入れっぱなしになっていたスマホを見る。
何故スマホ…と自分でも疑問に思うのだか、いつものクセとしか言いようがない。
巡回先であるSNSにはキラキラした友人の投稿がショーケースに並んだ装飾品のようにひしめき合っていた。
「もうすぐ1回目の結婚記念日」「付き合って1年記念の指輪です」「1歳のお祝いありがとう」
「…今日は1が多いな。」
そう言って携帯をベッドに放る。
「1年…か。」
何もかも上手くいかない。
1年前頑張って憧れの職場への転職も、前任者の不始末で引き継ぎもできなかった。助けてくれる人もおらず、残業が日常になった。なぜ私だけ…なぜ私だけ上手くいかないのだろう。
ピンポーン
チャイムの音で現実に戻される。
出てみると宅配便だった。両手に収まる小さな箱を見ながら私は首を傾げた。
「差出人は…お菓子屋さん?」
開けてみると小さなクッキー缶が入っていた。中の手紙を読んでみる
【1年お待たせしました!またのご注文お待ちしています!】
…そうだ!
1年待ちの人気パティスリーのクッキー缶。転職が決まった喜びで注文したんだ。
『1年も待つの〜?まあいっか。転職して1年お疲れ様ってことで買っちゃお。』
…忙しくてすっかり忘れていた。誰も助けてくれないが、過去の私が労ってくれる…
「1年前の私ありがと。」
一つ摘んで食べてみた。
「美味し…来年の私にも買ってあげよう。」