真小夜

Open App

「一年前」

「た…」
『ただいま』の声もでない。
靴もそのままに倒れ込む。華奢なヒールの靴は足からこぼれ落ちた。
シンデレラなら王子様が拾ってくれる…しかし、このワンルームに王子様も神様も恋人様もいない。もう片方も足をぶんぶんと振って落とし、匍匐前進の状態で簡素なキッチンを通り過ぎ、ベッドまでたどり着く。
横たわる気力もなく暫く虚空を見つめていたが、このままではいけないとポケットに入れっぱなしになっていたスマホを見る。
何故スマホ…と自分でも疑問に思うのだか、いつものクセとしか言いようがない。
巡回先であるSNSにはキラキラした友人の投稿がショーケースに並んだ装飾品のようにひしめき合っていた。

「もうすぐ1回目の結婚記念日」「付き合って1年記念の指輪です」「1歳のお祝いありがとう」

「…今日は1が多いな。」
そう言って携帯をベッドに放る。
「1年…か。」
何もかも上手くいかない。
1年前頑張って憧れの職場への転職も、前任者の不始末で引き継ぎもできなかった。助けてくれる人もおらず、残業が日常になった。なぜ私だけ…なぜ私だけ上手くいかないのだろう。

ピンポーン

チャイムの音で現実に戻される。
出てみると宅配便だった。両手に収まる小さな箱を見ながら私は首を傾げた。
「差出人は…お菓子屋さん?」
開けてみると小さなクッキー缶が入っていた。中の手紙を読んでみる
【1年お待たせしました!またのご注文お待ちしています!】

…そうだ!
1年待ちの人気パティスリーのクッキー缶。転職が決まった喜びで注文したんだ。
『1年も待つの〜?まあいっか。転職して1年お疲れ様ってことで買っちゃお。』
…忙しくてすっかり忘れていた。誰も助けてくれないが、過去の私が労ってくれる…
「1年前の私ありがと。」
一つ摘んで食べてみた。
「美味し…来年の私にも買ってあげよう。」

6/16/2022, 11:44:53 AM