2/18「今日にさよなら」
今日も日が沈んでいく。最後の夕日が。
人々は知らない。明日から二度と、日が昇ることのない事を。
闇が世界を支配する。そして、私はその闇の世界の女王となる。
今日にさよなら。永遠に来ない明日に、乾杯。
(所要時間:3分)
2/17「お気に入り」
ハートマークの横の数字が増える。
投稿した絵に「お気に入り」がつくのを見るたびに、にやにやと笑ってしまう。
僕の理想の美少女の絵が、世界の誰かに気に入られている。こんなに嬉しく誇らしいことはない。
でも彼女の一番のお気に入りは、僕だ。…そういう設定だから。
(所要時間:4分)
2/16「誰よりも」
強く、ならなければ。誰よりも強く。何よりも強く。
幼い時にそう誓った。病弱な姉を守るために。
―――そして、今。
「ったく、数が多すぎるんだよ…」
独りごちながら、次の獲物に狙いを定める。
ミクロ化して姉の体に入った俺は、片っ端からウイルスを撃破していた。結局、姉の体を治すにはこれが一番手っ取り早いのだそうだ。
まあ、何でもいい。幼い頃の誓いはどうにか果たせそうだ。
(所要時間:7分)
2/15「10年後の私から届いた手紙」
『今すぐばあちゃんに会いに行け!! 今すぐ!! 2月15日14時30分!! 騙されたつもりで行け!!!!!』
「…何これ?」
アタシの開いた手紙は、10年後の日付とアタシの名前の差出人。
何か切羽詰まってるし、まあ暇だし、ばあちゃんちすぐ近くだし、行ってみるか。
そうして顔を合わせた5分後、ばあちゃんは倒れた。その場にいたアタシが救急車を呼び、ばあちゃんは一命をとりとめた。
ありがとう、10年後のアタシ。
(所要時間:5分)
2/14「バレンタイン」
「これだけですかぁ〜?」
体を傾けて見上げてくる。
「意外とモテないんだねぇ、川上くん」
「モテてほしいのかよ」
もらったチョコを渡してやると、にまにまと受け取り、早速包装を開け始める。
「俺が甘党じゃなくてよかったな」
「感謝感謝☆」
「だったら俺にちゃんとした彼女作ってくれよ」
「ん〜、そこは領分じゃないのでぇ」
チョコをもぐもぐと満足そうに頬張るイマドキの座敷わらしを横目に、俺はため息をついた。
(所要時間:8分)
2/13「待ってて」
川向うのおじいちゃんが呼んでいる、気がする。紙一重で触手をかわした脳裏には、そんな光景がよぎった。
銃を構えて撃つ。魔物は叫び声のような音を上げるが、大したダメージにはなっていなそうだ。
リロード。弾は残りいくつあったかな。
触手を伸ばしてくる魔物を正面から迎え撃つ。多分あの目が弱点なんだけどな。上手く狙える自信はない。一か八か。
おじいちゃん、お願い。悪いんだけど、もうしばらくそのまま待ってて。
(所要時間:7分)
2/12「伝えたい」
伝えたい。
だが、それはまずい。
ことわざに「知らぬが仏」ともある。少なくとも今、ヤツが仏でいられるのは悪いことではないはずだ。
というかそもそも、知らない方が幸せなことって、たくさんあるんだよな。
まあ、静観しよう。たまにとはいえ、未来が見える事がバレるのは何より厄介だ。
なあ、中田。クラス一番のいたずら男子。
お前が教室の扉の上に仕掛けた黒板消し、校長先生に当たるぜ。
(所要時間:6分)
2/11「この場所で」
この場所で、あなたを待つ。
日が暮れても。夜が明けても。
雨が降っても。雪が降っても。
月が変わっても。季節が変わっても。
戦争が起きても。大陸が沈んでも。
人類が滅びても。すべての命が途絶えても。
千年の宇宙の旅に出たあなたを、私の半身を。
あなたの帰るべきこの場所で、あなたを待つ。
(所要時間:6分)
2/10「誰もがみんな」
「実に美しい」
「それだけではない、とても理知的だ」
誰もがみんな私を褒める。私を称える。そうしない者なんて存在しない。なぜなら私は最高の存在。
カーペットの敷かれた道を歩き、くるりと振り返る。人々が感嘆のため息をつく。ひざまずく者さえいた。
「どうだね、新開発の彼女は」
「ああ、素晴らしいね」
完璧に造られたアンドロイドは神となりえるか。そんな実験は、始まったばかりだ。
(所要時間:6分)
2/9「花束」
「本日は街角マジックショーにようこそお越しくださいました!」
コインが消えては現れる、切り刻んだはずのハートのエースが無傷で手の中にある、鳩が飛び出て手首に乗る。
ずいぶん本格的になってきた。にこにこと私は弟のマジックを見守る。
「ではここで、来ていただいた皆さんに、感謝を捧げたいと思います。皆さん、両手で器を作って前に出してください」
子どもたちもお父さんお母さんも、請われて私も。
「1、2、3!」
ぽん、と弟の手からいくつもの花が舞う。子どもたちは歓声を上げて手の器で受け取る。
そして、私は目を見開いた。私の手の中にだけ、小さな花束が現れたのだ。
「感謝を込めて」―――そんな紙が添えられて。
(所要時間:9分)
2/8「スマイル」
「ままー」
2歳の娘が走り寄ってきた。
「ん? みいちゃんどうしたの?」
「すまーるあげる」
「すまーる?」
新しい単語を覚えたらしい。すまーる。
ただでさえ2歳児の発音から単語を読み取るのは難しいのに、夫が英単語も教えようとするからなおさらだ。
「すまーるってなぁに?」
美優は両手を後ろに回し、照れたような笑みを見せる。
あ、そうか、もしかして「スマイル」かな?
「そっか、スマイル覚えたんだね。えらいね」
「うん、あげる」
そう言って私の膝に何かをべちゃりとつけた。
―――スライム。
(所要時間:6分)
2/7「どこにも書けないこと」
ブログにも、SNSにも、日記にすらも、書けないこと。
うちの嫁に関する愚痴。
何せ何もかも見張られてる。ブログもXもフォロワーだし(ちょくちょくいいねしてくる)、日記も過去に見られてからはやめた。
だから俺は、友人に愚痴る。
「…というわけなんだよ」
「愛されてるねえ」
「いやいやいや。俺のプライベート皆無よ?」
「うーん、確かにちょっとこう…、ドメスティック・ストーカー?」
「新しいな…」
なんて話をここに書いたら、これも嫁に見られるのだろうか。
(所要時間:6分)
2/6「時計の針」
「僕らなんてもう用なしですよ…」
「ねー…」
しょんぼりしているのは、壁掛け時計の長針と短針。
「時計自体わりと用なしだもんねー」
「ですよね、みんなスマホですし」
「そ、そんなことないよ。ほら、やっぱりこういう時計の存在感がいいっていうか。壁掛けはデジタルじゃない方がいいって人も多いし」
「でもね。あたちなんかね。みてるひとだれもいないし、おとがうるさいとかいわれるし」
秒針は泣きそうだ。私はあたふたと慰める。
「でもさ、秒針見て安らぐ人もいるよ。大丈夫大丈夫」
カランコロン、と玄関ベルが鳴る。お客さんだ。
「いらっしゃいませー」
「えーと、時計を探しに来たんですけど…。あ、これなんかいいな」
まさに私が今話していた時計を手に取るお客さん。
「ありがとうごさいましたー」
「…いいなぁ、時計は」
「我々も売れてほしいものだな」
物たちが次々につぶやき出す。アンティークショップは今日も賑やかだ。
(所要時間:9分)
2/5「溢れる気持ち」
溢れる気持ちがコロコロと転がり落ちた。どうやら気持ちの器が一杯になったらしい。
転がり落ちた気持ちを拾い上げた所で、もう戻せない。せめて取捨選択して、楽しい気持ちや幸せな気持ちを残しておこうと思った。
そう思うと分別もそれなりに楽しい。要らない気持ちをぽいぽいと捨て、軽くなった気持ちでうきうきと過ごした。
「おい! 誰だ、憂鬱な気持ちをこんなに落としてった奴は! せめて心ゴミの袋に入れろ、収集するこっちの身にもなれってんだ!」
(所要時間:5分)
2/4「Kiss」
閉じたそのまぶたに。額に。頬に。そっと、キスを繰り返す。
小憎らしいほどに可愛らしい、僕の天使。小さな寝息を立てている。
うなじに、肩に、肘に、キス。僕の唇は、ゆっくりと降りていく。
やがて耐えきれず、そのふわふわのお腹に顔をうずめて、僕は思い切り息を吸った。
すはーーーーーーー。
猫、最高。
(所要時間:6分)
2/3「1000年先も」
50年ぶりに、創造神が眼の前に現れた。閉じていた目を開き、神殺しの剣を構える。神は片手を上げて制した。
「戦いにではない。交渉に来た」
「そうですか」
剣を下ろす。
「どのような?」
「お前が人間を守り続けて200年。人間は変わらず争いを続けている」
「なるほど。結局、人間を滅ぼしたいと?」
「そうとは言っておらぬ。ただ、そろそろ、やめてもいいのではないか」
「いいえ。私はそれでも人間の護り人です」
神は目を細める。
「1000年先も、人間は争い続けるだろう。それでもか?」
「それでも。1000年先も、守り続けましょう」
神は溜息をつき、踵を返した。
(所要時間:8分)