2/8「スマイル」
「ままー」
2歳の娘が走り寄ってきた。
「ん? みいちゃんどうしたの?」
「すまーるあげる」
「すまーる?」
新しい単語を覚えたらしい。すまーる。
ただでさえ2歳児の発音から単語を読み取るのは難しいのに、夫が英単語も教えようとするからなおさらだ。
「すまーるってなぁに?」
美優は両手を後ろに回し、照れたような笑みを見せる。
あ、そうか、もしかして「スマイル」かな?
「そっか、スマイル覚えたんだね。えらいね」
「うん、あげる」
そう言って私の膝に何かをべちゃりとつけた。
―――スライム。
(所要時間:6分)
2/7「どこにも書けないこと」
ブログにも、SNSにも、日記にすらも、書けないこと。
うちの嫁に関する愚痴。
何せ何もかも見張られてる。ブログもXもフォロワーだし(ちょくちょくいいねしてくる)、日記も過去に見られてからはやめた。
だから俺は、友人に愚痴る。
「…というわけなんだよ」
「愛されてるねえ」
「いやいやいや。俺のプライベート皆無よ?」
「うーん、確かにちょっとこう…、ドメスティック・ストーカー?」
「新しいな…」
なんて話をここに書いたら、これも嫁に見られるのだろうか。
(所要時間:6分)
2/6「時計の針」
「僕らなんてもう用なしですよ…」
「ねー…」
しょんぼりしているのは、壁掛け時計の長針と短針。
「時計自体わりと用なしだもんねー」
「ですよね、みんなスマホですし」
「そ、そんなことないよ。ほら、やっぱりこういう時計の存在感がいいっていうか。壁掛けはデジタルじゃない方がいいって人も多いし」
「でもね。あたちなんかね。みてるひとだれもいないし、おとがうるさいとかいわれるし」
秒針は泣きそうだ。私はあたふたと慰める。
「でもさ、秒針見て安らぐ人もいるよ。大丈夫大丈夫」
カランコロン、と玄関ベルが鳴る。お客さんだ。
「いらっしゃいませー」
「えーと、時計を探しに来たんですけど…。あ、これなんかいいな」
まさに私が今話していた時計を手に取るお客さん。
「ありがとうごさいましたー」
「…いいなぁ、時計は」
「我々も売れてほしいものだな」
物たちが次々につぶやき出す。アンティークショップは今日も賑やかだ。
(所要時間:9分)
2/5「溢れる気持ち」
溢れる気持ちがコロコロと転がり落ちた。どうやら気持ちの器が一杯になったらしい。
転がり落ちた気持ちを拾い上げた所で、もう戻せない。せめて取捨選択して、楽しい気持ちや幸せな気持ちを残しておこうと思った。
そう思うと分別もそれなりに楽しい。要らない気持ちをぽいぽいと捨て、軽くなった気持ちでうきうきと過ごした。
「おい! 誰だ、憂鬱な気持ちをこんなに落としてった奴は! せめて心ゴミの袋に入れろ、収集するこっちの身にもなれってんだ!」
(所要時間:5分)
2/9/2024, 3:53:00 AM