6/9「朝日の温もり」
怖い夢を、見た。
凍りついた心臓を、窓から差し込む朝日が溶かして行く。時計を見れば、アラームの5分前。
もう少し太陽に胸をさらそう。布団を除け、大の字になって深呼吸した。
6/8「岐路」
岐路に立たされていた。
安定した稼ぎ、普通の家庭、そこそこの幸せ。
あるいは。
収入になるかどうかもわからない、家庭なんか望めない、それでも、俺にとって最高に楽しい、仕事。
何もかもを捨てるか、はたまた、何もかもを捨てるか。
鳴っている携帯を、俺は、取った。
6/7「世界の終わりに君と」
長らく冒険を続けてきた僕らの、最後の日がやって来た。
「まだミッション全部終わってなかったのになー」
「裏ボス倒せなかったのも残念だったな」
「俺はレベルもカンストしたし、思い残すことはない」
「でも、このメンバーでここで会えるのも今日で終わりかぁ…寂しいね」
サービス終了。明日から、この電脳世界は消滅する。僕らの世界が終わる。
「乾杯しよっか!」
君が立ち上がる。続いて皆が。
「この世界に乾杯!」
「私達の友情に乾杯!」
君と、君たちと、忘れられない思い出に、乾杯。
6/6「最悪」
コンディションは最悪だった。だかそれを表に出すのはプロじゃない。
ランナー二塁三塁、最後の一球。力を振り絞って投げる。
乾いた金属音が、球場に響き渡った。
打たれた。晴れた秋空を振り仰ぐ。ボールは大きな弧を描いて後方スタンドに吸い込まれて行った。
―――最悪、だ。
6/5「誰にも言えない秘密」
実は、転生者なんだ。
言えるはずがない。言えば勇者だ何だと祭り上げられ、魔王討伐に駆り出される。だから、この世界に転生してからずっと、ひたすら隠し通してきた。
そんな僕も、もうじき四十を迎える。魔王勢は近隣の村まで攻め寄せて来ていた。
前世でニートだった僕が鍛えたのは、シミュレーションゲームでの戦略ぐらいだ。それが役に立つとは思えない、けれど。
「みんな、行くよ!」
村長の娘として生まれ、あとを継いだ僕は、この村を守らなければならない。
手に手に武器を持った村人たちが、一斉に閧の声を上げた。
6/4「狭い部屋」
なんて事だ。
娘は出戻り、時同じくして息子は火事で家をなくし、夫婦で暮らしていた狭いアパートの部屋は4人と1匹暮らしになった。
家族全員、すし詰めになって眠る。狭いが、何やら懐かしい。
ようやく全員が身じろぎを止め、寝息を立て始めた。私も眠ろうと深呼吸すると―――
猫が顔の上に飛び降りて来た。
6/3「失恋」
「恋を失う」と書いて失恋と言うけど、結局、君を失ってもこの恋は失われなかった。
6/2「正直」
人は正直であるべきだ。己の悪を隠そうとしてはならない。そう、桜の木を切ったことを告白したとかいう、えーと、誰だっけ…。まあ、とにかく。
「昼にホットケーキ作ったけど美味しそうだったので一人で全部食べました」
「言わなくていいことは言わなくていいです」
「ちなみにワシントンの桜の木の話って作り話らしいよ」
「そうなの?!」
6/1「梅雨」
空はどんより、心もどんより。うどんより蕎麦が好きだ。じゃなくて。
「んあ〜〜〜〜」
布団をむぎゅっと抱きしめて左右に転がる。憂鬱。ひたすら憂鬱。誰だよ「止まない雨はない」って言った奴。今すぐ止まなきゃ意味ないのよ。
とか言ってたら、不意に雨音が止んだ。窓を見上げる。
雲間から光が差し込んでいた。天使の梯子とか何とか言うやつだ。もしかして神様が聞いてた?と思う程のタイミングの良さだ。
神様とか天使とか雷様とかも、息抜きが必要なんだろう。多分ね。
5/31「無垢」
「おいしい!」
あむあむと梨をぱくつく小娘を、片頬杖ついて眺める。やがて、
「…なくなっちゃった」
「そりゃそうさ、食えばなくなる」
しょんぼりする小娘。やれやれ、誰だよこんな小娘拾ってきたのは。
「もう一個買ってやるから、そんな顔すんな」
―――アタシだったか。
5/30「終わりなき旅」
「わしと共にこの大陸を支配しようではないか。その際にはお前に大陸の半分をくれてやろう」
そう誘ってきた魔王と共に、大陸を永久追放された俺は。
「全く、王どもに裏切られるとは迂闊な勇者よ」
「いやー、荷物に遠隔聞き耳魔法仕掛けられてるなんて思わないじゃん…」
そう愚痴りながら、新たな大陸を旅している。なんだかんだ楽しい今回の旅に、終着点はとりあえず見当たらない。
5/29「『ごめんね』」
目の前には。
「いやー、ごめんね! 飲んでたら終電逃しちゃって結局3時まで飲んで歩いて帰ってきた! ごめんねごめんねェ〜!」とのたまいながら帰宅したので軽くゲンコツを食らわしてやろうと思ったら何もない床でつまずいて勢いづいた強烈な顔面パンチを食らわせてしまい床の上で大の字になっているナミコがおり。
「…………アヤさん」
「はい…」
「何か言う事あるよね…?」
「えーっと……ごめんね」
5/28「半袖」
アイツは何かあるといつも、下を向いてオレの袖を掴む。
だけど今日は半袖だ。いつも通り袖を掴もうとしたアイツの手が、戸惑ったように彷徨う。
オレはその手を軽く握ってやった。アイツは驚いて見上げてくる。だが、拒絶はされなかった。
目を潤ませたアイツは、少し顔を赤らめて笑った。
5/24「あの頃の私へ」
元気にしていますか。
僕はそれなりに元気です。
君がつまらないことで就職を蹴ったK社は、今や上場して一大企業となりました。
が、内部告発で不正が発覚し、連日ニュースを賑わわせています。
君が結婚まで考えていたけれど、君の友人に乗り換えた彼女は、どうやら前科何犯もの結婚詐欺師だったようです。
その友人が見事に引っかかりました。
まあ何が言いたいかというと、人間万事塞翁が馬、どう転ぶかわからないので、くよくよするな。
大体なんとかなるから。
5/25「降り止まない雨」
「降ってるなぁ…」
気が滅入る。梅雨はこれだから嫌だ。
楽しみにしていた友達との予定が彼女に急用が入ってなくなったのも、お気に入りのリップが消えたまま見つからないのも、アキラが最近冷たい気がするのも、別に雨のせいじゃない。わかっちゃいるけど。
晴れたら何とかなってくれそうな気がするのに、雨は、降り止まない。
5/26「月に願いを」
満ちる月に願う。我が姫に幸せが訪れますように。
だが、嫁ぎ先から漏れ聞く噂は酷いものだった。中でも、夫の我が姫に対する扱いはぞんざいで、何人もの妾を囲い、我が姫の持参金で遊んで暮らしているのだとか。
「姫。どうか館へお戻り下さい」
使者として姫のもとを訪れた際の、姫の答えは簡潔だった。
「できません。私はそれでもあの方を愛していますから」
ああ―――
欠ける月に願う。我が姫の夫に不幸が訪れますように。
5/27「天国と地獄」
天国とは、美味しいスコーンにたっぷりのクロテッドクリームを塗って楽しむアフタヌーンティーである。
地獄とは、その後の体重計である。
5/23「逃れられない」
「ダメだ、逃げられない! もう無理だ!」
「もうちょっとだから頑張って!」
姉ちゃんが振り返る。
シェルターまでの道のりは知っている。だが、足の不自由なばあちゃんを背負ってそこまでたどり着くのは無理だ。敵はすぐ後ろに迫っている。
「逃げられないなら、」
ばあちゃんが言った。次の瞬間、背後で爆発音。呆然とする俺達の前で、ばあちゃんの腕だったはずの太い筒が煙を上げている。歯の抜けた口が笑った。
「戦うだけさね」
じいちゃんがマッドサイエンティストだったことを、俺達はこの20分後に聞かされることになる。
(所要時間:6分)
5/22「また明日」
「ぱぱ? なにかあったの?」
テレビを消したところに、風呂上がりの娘がやってきた。
「なんでもないよ。ほら、もう寝る時間だ」
声を掛けると、娘は珍しく素直に布団に入った。
「ぱぱ、おやすみ」
「ああ、おやすみ。また明日」
核を持った隣国が、つい今しがた、宣戦布告した。
明日は―――おそらく、来ない。
(所要時間:4分)
5/21「透明」
透明なのに、存在しているもの。
透明なのに、見えるもの。
透明なのに、僕の心をこんなにも痛めるもの。
君の、涙。
(所要時間:3分)
5/20「理想のあなた」
「ついに完成した! 私のあらゆる理想を詰め込んだアンドロイドが!」
科学者は横たわった男のそばの機械を操作し、起動させる。ゆっくりと、男は目を開いた。
「…真梨子?」
科学者は、生まれ変わった夫を前に、涙ながらにうなずいた。
(所要時間:4分)
5/19「突然の別れ」
「じゃ、そういうことで」
彼女が未来から来た時間管理局のエリートでオレとの生活は全て偽造で今から未来に帰る、と言われたオレの心情を200字以内で答えよ。
(所要時間:3分)
5/18「恋物語」
「こうして、王子は来る日も来る日も、愛しの姫の窓辺を訪れ、彼女が顔を出すのを待ちました」
「役目すっぽかしてストーカーなんてダメ王子すぎん?」
(所要時間:分)
5/17「真夜中」
目が覚めたら真夜中だった。
何の音もしない。静まり返った部屋。今なら見えない何かが出てきてもおかしくない。
頭から布団をかぶる。眠れない。やばい。
ひらめいた。このまま時間を過ごせば朝になる。問題ない。
と思ったら、眠ってしまったらしくあっという間に朝だ。まあ、そんなもんか。
(所要時間:6分)
5/16「愛があれば何でもできる?」
何でもできるのが愛なんじゃないの?
と言ったら、「じゃあアタシのために路上で裸踊りして」って言われた。ごめん、無理。
いや、それ愛関係ある?
(所要時間:2分)
5/15「後悔」
後悔先に立たず・役に立たず・後を絶たず。
わかっちゃいるけど、やめられない。
(所要時間:2分)
5/14「風に身を任せ」
長い髪を、風がなびかせる。いや、そういうレベルじゃなかった。かなりの強風だ。
風にあおられて飛んで行きそう。うん、飛んで行けたらいいなぁ。どこまで行けるだろう。
色んなものを失ったばかりで、私の足元はおぼつかない。
(所要時間:4分)
5/13「失われた時間」
ごろごろしてたらタイムスリップした。さっきまで13時だったはずなのに、もう16時だ。おかしいな。
休日の貴重な3時間は、一体どこへ消えた?
(所要時間:2分)
5/12「子供のままで」
その笑顔、ずるいんだよなぁ。
幼稚園の時から、なーんにも変わってない。
(所要時間:2分)
5/11「愛を叫ぶ。」
「バカヤローーーーー!!」
原付を走らせて到着した海で、夕日に向かって俺は叫んだ。
あいつのこと、まだ愛してたから。
(所要時間:2分)
5/10「モンシロチョウ」
春が来た、と感じる。モンシロチョウが飛んでいるから。
その記憶は、ここ移住しても変わらない。ガラスの向こうで飛ぶ白い蝶を見て微笑む。
「おばあちゃん、穏やかな顔してるね」
「ああ。きっと昔のことを思い出してるんだよ。まだ街が地上にあった頃のね」
(所要時間:3分)
5/9「忘れられない、いつまでも。」
苦しい。けれど、捨てられない。
俺の罪だ。忘れられない、いつまでも。
「何であの時俺のですなんて言っちまったんだーーー!!」
出来心で拾った、落とし物だったはずの推しのキーホルダー。捨てることもできず、俺の手元で俺の心を苛み続けている。
(所要時間:4分)
5/8「一年後」
初めて植物を育ててみることにした。ラボ見学に行った時の売店で買った、よくわからない草だ。今時植物なんて売っているのが珍しかったから。
一年後。
「なんじゃこりゃあ…」
「なんじゃこりゃあってなんやね。あんたはんが今まで丹精込めて育てたから、その熱意にお応えして咲いたんやないの。開口一番それはないわぁ」
やたら喋る花が咲いた。
(所要時間:4分)
5/7「初恋の日」
名前も顔ももう覚えていない。物心ついたかどうかの頃だから。
でも確かに、僕は恋をした。
誕生日に来てくれた、あの子の笑顔が眩しかったから。
忘れられない、初恋の日。
(所要時間:3分)