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2/2/2024, 11:55:36 AM

2/2「勿忘草(わすれなぐさ)」

「勿忘草の花言葉って、知ってますか」
 念のため、僕は聞いた。
「えーと、『忘れ物に気をつけて』?」
 僕は膝から力が抜けて崩れ落ちそうになる。
 二つ上の隣のお姉さんが、遠くの街へ転校する。僕は勿忘草の花を渡した。その直後の会話がこれだ。
「うーん、違うかぁ。調べとくね!」
 にこやかに手を振りながら、お姉さんは家族の車に乗り込んだ。

 窓の外を過ぎゆく景色。膝の上の勿忘草に、少し眉を寄せて私は笑顔を作る。
「忘れちゃうのは、そっちのくせに」

(所要時間:7分)



2/1「ブランコ」

 遠くに行きたい。空を感じたい。
 そんな時、あたしはブランコに乗る。
 自転車でもあればどこかに行けるけど、結局戻って来なければならない。だったらブランコも同じ。
 どこにも行けない。
 ずっと同じ場所でこぎ続けるだけ。
 どこにも逃げられない。
 日が暮れる。あたしはブランコをこぐのをやめ、帰路につく。
 決して戻りたくはない、家へ。

(所要時間:5分)



1/31「旅路の果てに」

「よく、ここまで来たな」
 旅路の果てにたどり着いたのは、懐かしい顔。
「ずいぶんと成長したものだ、我が息子よ」
「…どうしてだ」
 世界を支配していた魔王。父を殺され、勇者として立ち上がったはずの自分。そう、殺されたはずのその父が、魔王の城の最奥、玉座に座って待っていた。
「お前に言うべき事は何もない。これは私の復讐だ」
 魔王が杖を掲げる。
 ここまでの旅を支えてくれた、様々な人の顔が浮かぶ。取り落としそうになっていた剣を、握り直す。
 ―――決戦が、始まった。

(所要時間:7分)



1/30「あなたに届けたい」

 あなたに届けたい。
 僕はため息をつく。
 すれ違ってばかりの僕たち。いつも。いつも。そして今日も。
 届けたいものがある。大切なものが。
 Amaz○n様からお預かりした大きな箱。今日も不在票を入れながら、ため息をつく。
 ちゃんと時間指定をしてくれ。時間指定したらその時間は不在にはしないでくれ。
 あなたに届けたい。この荷物。

(所要時間:5分)



1/29「I LOVE...」

 お前なしでは、生きられる気がしない。
 とろけるように甘いお前は、いつだって俺に幸せをくれる。
 森永。
 明治。
 ロッテもいい。
 口に含めばとろりと溶けて、カカオの香りが口いっぱいに広がる。甘党の命綱と言ってもいい。
 I LOVE チョコレート。笑いたければ笑え。
 ああ、義理でもなんでもいい。バレンタインが待ち遠しいぜ。

(所要時間:7分)

1/29/2024, 12:06:19 AM

1/28「街へ」

 ガタガタ、ゴトゴト。
 馬車の荷台はひどく揺れる。だが歩くよりはずいぶん楽だ。
 今日は兄貴と街へ買い出し。自分用に買うものはないが、週に一度の楽しみだ。
 街は春祭りの頃だ。綺麗に着飾った娘たちに会える。暖かな陽気も相まって、うきうきと心が弾む。
 ガタガタ、ゴトゴト。
 荷馬車は揺れながら、俺たちを街へ運んで行く。

(所要時間:6分)



1/27「優しさ」

「かわいいね」
 そう言ってウサギをなでる君も可愛い。
「うちでも飼いたいな」
 穏やかな眼差しが僕を虜にする。
「それで、死んだら残さず食べてあげたい。でも骨は食べられないから、庭に埋めてお墓を作ってあげるの」
 優しい君を、うっとりと僕は眺める。
 僕も、君が死んだら残さず食べてあげるよ。

(所要時間:6分)



1/26「ミッドナイト」

 寝静まることのない都市。空には巨大な月。その月を背景に、ビルの屋上、マントに包まれて立つ姿がひとつ。
「今宵の月は良い」
 男が呟く。
「お前を葬るには実によき日だ」
「こっちの台詞だ」
 別のビルの陰で、銀の剣を抜く女。
「決着をつけてやる」
 剣を構え、月明かりに飛び出す。男はマントを広げ、ふわりと跳躍する。
 二人はもつれ合いながら、真夜中の底に墜ちていく。

(所要時間:10分)



1/25「安心と不安」

 ようやく見つけた。むすっとした顔で、窓枠に肘をついていじけている。
「また振られたんだって?」
「うるさいなぁ」
「恋多き乙女は大変だな」
 恋多き乙女にやきもきする幼馴染みはもっと大変だけどな。
 でもよかった。あいつはあんまり良くない噂を聞いてたから。
「でさ、それとは別に気になってる人がいるんだけど」
「えっ」
 もしかして、「今、隣りにいる人」…とか?
 どぎまぎしていると、
「今、隣りのクラスの牧村くん」
「………」
 あいつは女好きで有名だぞ。大丈夫か?
 俺の不安が解消される日は、来るのだろうか。

(所要時間:10分)



1/24「逆光」

「また寝てる」
 カナミの声が降ってきた。顔に被せていた本がどけられる。
「ミカってほんと、どこででも寝るよね」
 そんなことはない。初夏の河川敷は誰しも絶好の昼寝スポットだ。
 眩しさに薄く目を開けると、カナミは肩越しに太陽を背負って私の顔を覗き込んでいた。
「起きた?」
「まだ」
「何言ってんの」
 鈴を転がすような声でカナミは笑う。
 ああ。眩しくて、君が見えない。こんなに近くにいるのに。

(所要時間:8分)

1/23/2024, 11:48:16 PM

1/24「こんな夢を見た」
 
 私は億万長者だった。
 娯楽はもちろん、望ましいベンチャー企業への支援、面倒な連中の買収や始末、慈善事業としての多額の寄付。湯水のように使える金があった。
 ある時、夢を見た。
 夢の中の私は貧困の底にいた。食べるものはなく、着るものもボロ一枚。無論、住む場所もない。
 私は感動した。毎日の衣装を選ぶ必要も、面倒な書類も、命を狙われる事もない。寒さと飢えはこたえるが、それこそ毎日を生きる意欲を新たにさせてくれる。
 私はしばらく夢の中で過ごす事にした。

「…っていう夢を見たんだよね」
「波乱すぎん?」

(所要時間:9分)



1/23「タイムマシーン」

「ついに完成したぞ! これがタイムマシーンぢゃ!」
「やりましたね、博士! これで未来に行けるんですね?」
「行けん」
「えっ? じゃあ、過去には?」
「行けん」
「えっ? えっ? だったら、何ができるんです…?」
「タイムマシーンとはすなわち時間の機械ぢゃ。例えば時間を計ることができる」
「ただの時計じゃないですか!」
「特定の時間にベルを鳴らす事もできるぞ」
「だから時計じゃないですか!!」
「他にも様々な機能があるぞ。このボタンがスヌーズ機能、こっちがストップウォッチ機能…」
「つまり時計じゃないですか!!!」
「はて、このボタンは何ぢゃったかのう?」
 ポチッ

 …シーン…

 時が止まった。

(所要時間:0分)(嘘です。7分)

1/22/2024, 12:04:21 AM

1/21「特別な夜」

 豪勢な料理が食卓に上る。クリスマスじゃない。大晦日でもバレンタインでもない。何でもない平日、だけど特別な夜。
 今日は久しぶりに会える。1月21日は出張帰り記念日。いやまあ来年には忘れるけど。
 子どもたちも、久しぶりに会えるパパとの時間を楽しみにしてる。大きくなったね、って抱き上げられるのを待っている。
 ピンポーン、とチャイムが鳴った。そうか、鍵持ってないんだっけ。まるで他人の家に入るみたいで可笑しい。
 子どもたちと一緒にドアを開ける。
「おかえり!!」

(所要時間:6分)




1/20「海の底」

 降り注ぐマリンスノーの中を、潜水艦はゆっくりと下っていく。
 乗組員は二人。狭い世界だ。
 海の深くの小さな小さな空気の塊。ひとたび穴でも開けば、水圧で一瞬のもとに圧し潰される。ひとたび空気がなくなれば、ここで喉を掻きむしりながら命を終える。その事実が、私に不思議な高揚をもたらす。
 誰もいない。音すらない。この海の底に、私とお前の二人だけ。
 このままだったらいい。このまま、命を―――

(所要時間:9分)



1/19「君に会いたくて」

 君に会いたくて、ここまで来た。
 洞窟に足を踏み入れ、数々の歴史の壁画を眺め歩き、切り立った崖の側を通り、深い川を渡り、鮮やかに咲き誇る花の園を抜け、門番と死闘を繰り広げ、沸き立つ血の沼を泳ぎ、数々の物と者を踏み越えて。
 君に会いたくて、ここまで来た。
 ―――地獄の底まで。

(所要時間:7分)



1/18「閉ざされた日記」

 旦那様が亡くなった。
 葬儀が終わった後も机の上に残されたのは、インクと羽根ペン、そして日記。それだけだ。
 毎日欠かす事なく書かれていた日記。密かに旦那様に焦がれていた私は、ずっとその中身が気になって仕方がなかった。一行なりとも私の事が書かれてはいまいか。私の想いに気づかれてはいまいか。無論気づかれてほしくもあり、けれど気づかれてはならぬと熟知してもいる。
 こっそりと開く事もできた。実際、迷った。旦那様は今や亡き人だ。天国から見守っている、そんな「理由」で私を止める事はできない。
 だが、私はそれをしなかった。旦那様は今や亡き人だ。私の想いに気づいていたとて、今さら何になろうか。
 私はそっと机を離れた。

(所要時間:10分)



1/17「木枯らし」

「寒い」
 襟を合わせて首をすくめ、僕は訴えた。
「寒い寒い寒い」
「軟弱だなぁ〜」
 そう呆れるヤスオは北国生まれ。薄いトレンチコートの前を開けて颯爽と歩いている。
「いや、おかしいでしょ。この気温でその格好とか」
「だってそんなに寒くないじゃん」
「いやいやいや」
 そういう間にも吹き付ける木枯らしに、僕は身をすくめる。
「そんなこと言って余裕こいてて、しっかり風邪引いたりするなよ?」
「引かない引かない」
 ヤスオは軽快に笑い、
「っくしゅん!」
 くしゃみは僕の口から飛び出した。

(所要時間:6分)

1/17/2024, 12:22:36 AM

1/16「美しい」

 細い平筆で爪先に彩りを添えていく。白い頬にやわらかな紅を乗せていく。長く艷やかな髪を梳き、丁寧に編んで髪飾りで留める。
 さあ、もうすぐ出来上がりだ。
 緑水晶の瞳をそっとはめ込む。まぶたを閉じさせ、指で軽く馴染ませる。
 肉体も魂も汚れひとつ付くことのない、私の麗しい人形。
 彼女は薄く目を開けると、私の生き写しのような満足げな笑みで口元を飾った。

(所要時間:8分)



1/15「この世界は」

 この世界は、回っておる。
 本を読む。知識を取り入れる。知識を編む。魔法が生まれる。魔法がペンを取る。ペンが本を書く。
 この巨大な図書館は、そうして回っておる。巨大なアクアリウムのようにな。
 わしは千年の司書。本を読み、図書館を管理するためにおる。
 わしがすべての本を読み終える日は、おそらく来ない。たが、それでもこの世界は、回っておる。

(所要時間:8分)



1/14「どうして」

 村のため、父さん母さんのためを思っての事だった。
 話さなければ村の者の命はない、そう兵士たちが告げていたから。逃げ込んだ男一人の行方を明かすことぐらい、村の命運と天秤にかければどうってことはないと思っていた。むしろなぜ村長たちが男を匿うのか不思議だった。
 けれど。
 「ここから逃げろ! すぐに!」―――そう叫びながら連行された男。突如、村を襲った空飛ぶ竜の群れ。燃えさかる村。
 炭と灰になった村の前で、ぽつりとつぶやく。
「どうして」

(所要時間:9分)



1/13「夢を見てたい」

 こうして、瓦礫の上で君と踊りながら。
 君のなびく髪を透かす夕陽に目を細めながら。
 君のきらきらと光る瞳に目を奪われながら。
 夢を見てたい。
 僕ら以外の全てが滅び去ったこの世界で、何もかもを、忘れて。

(所要時間:4分)

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