2/2「勿忘草(わすれなぐさ)」
「勿忘草の花言葉って、知ってますか」
念のため、僕は聞いた。
「えーと、『忘れ物に気をつけて』?」
僕は膝から力が抜けて崩れ落ちそうになる。
二つ上の隣のお姉さんが、遠くの街へ転校する。僕は勿忘草の花を渡した。その直後の会話がこれだ。
「うーん、違うかぁ。調べとくね!」
にこやかに手を振りながら、お姉さんは家族の車に乗り込んだ。
窓の外を過ぎゆく景色。膝の上の勿忘草に、少し眉を寄せて私は笑顔を作る。
「忘れちゃうのは、そっちのくせに」
(所要時間:7分)
2/1「ブランコ」
遠くに行きたい。空を感じたい。
そんな時、あたしはブランコに乗る。
自転車でもあればどこかに行けるけど、結局戻って来なければならない。だったらブランコも同じ。
どこにも行けない。
ずっと同じ場所でこぎ続けるだけ。
どこにも逃げられない。
日が暮れる。あたしはブランコをこぐのをやめ、帰路につく。
決して戻りたくはない、家へ。
(所要時間:5分)
1/31「旅路の果てに」
「よく、ここまで来たな」
旅路の果てにたどり着いたのは、懐かしい顔。
「ずいぶんと成長したものだ、我が息子よ」
「…どうしてだ」
世界を支配していた魔王。父を殺され、勇者として立ち上がったはずの自分。そう、殺されたはずのその父が、魔王の城の最奥、玉座に座って待っていた。
「お前に言うべき事は何もない。これは私の復讐だ」
魔王が杖を掲げる。
ここまでの旅を支えてくれた、様々な人の顔が浮かぶ。取り落としそうになっていた剣を、握り直す。
―――決戦が、始まった。
(所要時間:7分)
1/30「あなたに届けたい」
あなたに届けたい。
僕はため息をつく。
すれ違ってばかりの僕たち。いつも。いつも。そして今日も。
届けたいものがある。大切なものが。
Amaz○n様からお預かりした大きな箱。今日も不在票を入れながら、ため息をつく。
ちゃんと時間指定をしてくれ。時間指定したらその時間は不在にはしないでくれ。
あなたに届けたい。この荷物。
(所要時間:5分)
1/29「I LOVE...」
お前なしでは、生きられる気がしない。
とろけるように甘いお前は、いつだって俺に幸せをくれる。
森永。
明治。
ロッテもいい。
口に含めばとろりと溶けて、カカオの香りが口いっぱいに広がる。甘党の命綱と言ってもいい。
I LOVE チョコレート。笑いたければ笑え。
ああ、義理でもなんでもいい。バレンタインが待ち遠しいぜ。
(所要時間:7分)
1/28「街へ」
ガタガタ、ゴトゴト。
馬車の荷台はひどく揺れる。だが歩くよりはずいぶん楽だ。
今日は兄貴と街へ買い出し。自分用に買うものはないが、週に一度の楽しみだ。
街は春祭りの頃だ。綺麗に着飾った娘たちに会える。暖かな陽気も相まって、うきうきと心が弾む。
ガタガタ、ゴトゴト。
荷馬車は揺れながら、俺たちを街へ運んで行く。
(所要時間:6分)
1/27「優しさ」
「かわいいね」
そう言ってウサギをなでる君も可愛い。
「うちでも飼いたいな」
穏やかな眼差しが僕を虜にする。
「それで、死んだら残さず食べてあげたい。でも骨は食べられないから、庭に埋めてお墓を作ってあげるの」
優しい君を、うっとりと僕は眺める。
僕も、君が死んだら残さず食べてあげるよ。
(所要時間:6分)
1/26「ミッドナイト」
寝静まることのない都市。空には巨大な月。その月を背景に、ビルの屋上、マントに包まれて立つ姿がひとつ。
「今宵の月は良い」
男が呟く。
「お前を葬るには実によき日だ」
「こっちの台詞だ」
別のビルの陰で、銀の剣を抜く女。
「決着をつけてやる」
剣を構え、月明かりに飛び出す。男はマントを広げ、ふわりと跳躍する。
二人はもつれ合いながら、真夜中の底に墜ちていく。
(所要時間:10分)
1/25「安心と不安」
ようやく見つけた。むすっとした顔で、窓枠に肘をついていじけている。
「また振られたんだって?」
「うるさいなぁ」
「恋多き乙女は大変だな」
恋多き乙女にやきもきする幼馴染みはもっと大変だけどな。
でもよかった。あいつはあんまり良くない噂を聞いてたから。
「でさ、それとは別に気になってる人がいるんだけど」
「えっ」
もしかして、「今、隣りにいる人」…とか?
どぎまぎしていると、
「今、隣りのクラスの牧村くん」
「………」
あいつは女好きで有名だぞ。大丈夫か?
俺の不安が解消される日は、来るのだろうか。
(所要時間:10分)
1/24「逆光」
「また寝てる」
カナミの声が降ってきた。顔に被せていた本がどけられる。
「ミカってほんと、どこででも寝るよね」
そんなことはない。初夏の河川敷は誰しも絶好の昼寝スポットだ。
眩しさに薄く目を開けると、カナミは肩越しに太陽を背負って私の顔を覗き込んでいた。
「起きた?」
「まだ」
「何言ってんの」
鈴を転がすような声でカナミは笑う。
ああ。眩しくて、君が見えない。こんなに近くにいるのに。
(所要時間:8分)
1/24「こんな夢を見た」
私は億万長者だった。
娯楽はもちろん、望ましいベンチャー企業への支援、面倒な連中の買収や始末、慈善事業としての多額の寄付。湯水のように使える金があった。
ある時、夢を見た。
夢の中の私は貧困の底にいた。食べるものはなく、着るものもボロ一枚。無論、住む場所もない。
私は感動した。毎日の衣装を選ぶ必要も、面倒な書類も、命を狙われる事もない。寒さと飢えはこたえるが、それこそ毎日を生きる意欲を新たにさせてくれる。
私はしばらく夢の中で過ごす事にした。
「…っていう夢を見たんだよね」
「波乱すぎん?」
(所要時間:9分)
1/23「タイムマシーン」
「ついに完成したぞ! これがタイムマシーンぢゃ!」
「やりましたね、博士! これで未来に行けるんですね?」
「行けん」
「えっ? じゃあ、過去には?」
「行けん」
「えっ? えっ? だったら、何ができるんです…?」
「タイムマシーンとはすなわち時間の機械ぢゃ。例えば時間を計ることができる」
「ただの時計じゃないですか!」
「特定の時間にベルを鳴らす事もできるぞ」
「だから時計じゃないですか!!」
「他にも様々な機能があるぞ。このボタンがスヌーズ機能、こっちがストップウォッチ機能…」
「つまり時計じゃないですか!!!」
「はて、このボタンは何ぢゃったかのう?」
ポチッ
…シーン…
時が止まった。
(所要時間:0分)(嘘です。7分)
1/21「特別な夜」
豪勢な料理が食卓に上る。クリスマスじゃない。大晦日でもバレンタインでもない。何でもない平日、だけど特別な夜。
今日は久しぶりに会える。1月21日は出張帰り記念日。いやまあ来年には忘れるけど。
子どもたちも、久しぶりに会えるパパとの時間を楽しみにしてる。大きくなったね、って抱き上げられるのを待っている。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。そうか、鍵持ってないんだっけ。まるで他人の家に入るみたいで可笑しい。
子どもたちと一緒にドアを開ける。
「おかえり!!」
(所要時間:6分)
1/20「海の底」
降り注ぐマリンスノーの中を、潜水艦はゆっくりと下っていく。
乗組員は二人。狭い世界だ。
海の深くの小さな小さな空気の塊。ひとたび穴でも開けば、水圧で一瞬のもとに圧し潰される。ひとたび空気がなくなれば、ここで喉を掻きむしりながら命を終える。その事実が、私に不思議な高揚をもたらす。
誰もいない。音すらない。この海の底に、私とお前の二人だけ。
このままだったらいい。このまま、命を―――
(所要時間:9分)
1/19「君に会いたくて」
君に会いたくて、ここまで来た。
洞窟に足を踏み入れ、数々の歴史の壁画を眺め歩き、切り立った崖の側を通り、深い川を渡り、鮮やかに咲き誇る花の園を抜け、門番と死闘を繰り広げ、沸き立つ血の沼を泳ぎ、数々の物と者を踏み越えて。
君に会いたくて、ここまで来た。
―――地獄の底まで。
(所要時間:7分)
1/18「閉ざされた日記」
旦那様が亡くなった。
葬儀が終わった後も机の上に残されたのは、インクと羽根ペン、そして日記。それだけだ。
毎日欠かす事なく書かれていた日記。密かに旦那様に焦がれていた私は、ずっとその中身が気になって仕方がなかった。一行なりとも私の事が書かれてはいまいか。私の想いに気づかれてはいまいか。無論気づかれてほしくもあり、けれど気づかれてはならぬと熟知してもいる。
こっそりと開く事もできた。実際、迷った。旦那様は今や亡き人だ。天国から見守っている、そんな「理由」で私を止める事はできない。
だが、私はそれをしなかった。旦那様は今や亡き人だ。私の想いに気づいていたとて、今さら何になろうか。
私はそっと机を離れた。
(所要時間:10分)
1/17「木枯らし」
「寒い」
襟を合わせて首をすくめ、僕は訴えた。
「寒い寒い寒い」
「軟弱だなぁ〜」
そう呆れるヤスオは北国生まれ。薄いトレンチコートの前を開けて颯爽と歩いている。
「いや、おかしいでしょ。この気温でその格好とか」
「だってそんなに寒くないじゃん」
「いやいやいや」
そういう間にも吹き付ける木枯らしに、僕は身をすくめる。
「そんなこと言って余裕こいてて、しっかり風邪引いたりするなよ?」
「引かない引かない」
ヤスオは軽快に笑い、
「っくしゅん!」
くしゃみは僕の口から飛び出した。
(所要時間:6分)
1/16「美しい」
細い平筆で爪先に彩りを添えていく。白い頬にやわらかな紅を乗せていく。長く艷やかな髪を梳き、丁寧に編んで髪飾りで留める。
さあ、もうすぐ出来上がりだ。
緑水晶の瞳をそっとはめ込む。まぶたを閉じさせ、指で軽く馴染ませる。
肉体も魂も汚れひとつ付くことのない、私の麗しい人形。
彼女は薄く目を開けると、私の生き写しのような満足げな笑みで口元を飾った。
(所要時間:8分)
1/15「この世界は」
この世界は、回っておる。
本を読む。知識を取り入れる。知識を編む。魔法が生まれる。魔法がペンを取る。ペンが本を書く。
この巨大な図書館は、そうして回っておる。巨大なアクアリウムのようにな。
わしは千年の司書。本を読み、図書館を管理するためにおる。
わしがすべての本を読み終える日は、おそらく来ない。たが、それでもこの世界は、回っておる。
(所要時間:8分)
1/14「どうして」
村のため、父さん母さんのためを思っての事だった。
話さなければ村の者の命はない、そう兵士たちが告げていたから。逃げ込んだ男一人の行方を明かすことぐらい、村の命運と天秤にかければどうってことはないと思っていた。むしろなぜ村長たちが男を匿うのか不思議だった。
けれど。
「ここから逃げろ! すぐに!」―――そう叫びながら連行された男。突如、村を襲った空飛ぶ竜の群れ。燃えさかる村。
炭と灰になった村の前で、ぽつりとつぶやく。
「どうして」
(所要時間:9分)
1/13「夢を見てたい」
こうして、瓦礫の上で君と踊りながら。
君のなびく髪を透かす夕陽に目を細めながら。
君のきらきらと光る瞳に目を奪われながら。
夢を見てたい。
僕ら以外の全てが滅び去ったこの世界で、何もかもを、忘れて。
(所要時間:4分)