1/21「特別な夜」
豪勢な料理が食卓に上る。クリスマスじゃない。大晦日でもバレンタインでもない。何でもない平日、だけど特別な夜。
今日は久しぶりに会える。1月21日は出張帰り記念日。いやまあ来年には忘れるけど。
子どもたちも、久しぶりに会えるパパとの時間を楽しみにしてる。大きくなったね、って抱き上げられるのを待っている。
ピンポーン、とチャイムが鳴った。そうか、鍵持ってないんだっけ。まるで他人の家に入るみたいで可笑しい。
子どもたちと一緒にドアを開ける。
「おかえり!!」
(所要時間:6分)
1/20「海の底」
降り注ぐマリンスノーの中を、潜水艦はゆっくりと下っていく。
乗組員は二人。狭い世界だ。
海の深くの小さな小さな空気の塊。ひとたび穴でも開けば、水圧で一瞬のもとに圧し潰される。ひとたび空気がなくなれば、ここで喉を掻きむしりながら命を終える。その事実が、私に不思議な高揚をもたらす。
誰もいない。音すらない。この海の底に、私とお前の二人だけ。
このままだったらいい。このまま、命を―――
(所要時間:9分)
1/19「君に会いたくて」
君に会いたくて、ここまで来た。
洞窟に足を踏み入れ、数々の歴史の壁画を眺め歩き、切り立った崖の側を通り、深い川を渡り、鮮やかに咲き誇る花の園を抜け、門番と死闘を繰り広げ、沸き立つ血の沼を泳ぎ、数々の物と者を踏み越えて。
君に会いたくて、ここまで来た。
―――地獄の底まで。
(所要時間:7分)
1/18「閉ざされた日記」
旦那様が亡くなった。
葬儀が終わった後も机の上に残されたのは、インクと羽根ペン、そして日記。それだけだ。
毎日欠かす事なく書かれていた日記。密かに旦那様に焦がれていた私は、ずっとその中身が気になって仕方がなかった。一行なりとも私の事が書かれてはいまいか。私の想いに気づかれてはいまいか。無論気づかれてほしくもあり、けれど気づかれてはならぬと熟知してもいる。
こっそりと開く事もできた。実際、迷った。旦那様は今や亡き人だ。天国から見守っている、そんな「理由」で私を止める事はできない。
だが、私はそれをしなかった。旦那様は今や亡き人だ。私の想いに気づいていたとて、今さら何になろうか。
私はそっと机を離れた。
(所要時間:10分)
1/17「木枯らし」
「寒い」
襟を合わせて首をすくめ、僕は訴えた。
「寒い寒い寒い」
「軟弱だなぁ〜」
そう呆れるヤスオは北国生まれ。薄いトレンチコートの前を開けて颯爽と歩いている。
「いや、おかしいでしょ。この気温でその格好とか」
「だってそんなに寒くないじゃん」
「いやいやいや」
そういう間にも吹き付ける木枯らしに、僕は身をすくめる。
「そんなこと言って余裕こいてて、しっかり風邪引いたりするなよ?」
「引かない引かない」
ヤスオは軽快に笑い、
「っくしゅん!」
くしゃみは僕の口から飛び出した。
(所要時間:6分)
1/22/2024, 12:04:21 AM