「君と一緒に」
君と一緒ならなんでもできるさ!
これが彼の口癖だった。
何をしていても、何処にいても。私最優先の彼。
私がやりたいと言ったら、なんでも叶えてくれる。
そんな私無しでは生きていけないような彼が大好きだった。
「ねぇ、私に振り回されてばっかりじゃ駄目だよ。」
ある日そう言ってみた。
何を言われたのか分からないような顔でこてん、っと首を傾げる彼。
「だから、私の我儘ばっか聞いてちゃ駄目だよって。たまには自分のやりたいこともやらなきゃ!」
あぁ、と納得したような顔をする。
「で、やりたい事とかないの?」
私がそう訊くと、一つだけと申し訳無さそうな顔をする彼に、少し苛立つ。
いつも、いつも、私最優先で自分のことを大切に考えない彼に少し呆れを感じていたのだ。
「何でも叶えてあげるから言ってみて?」
本当に?と聞き返す彼にうんと答える。
じゃあ、一つだけ
「僕と死んでくれない?」
え?
「実は僕余命宣告受けてるんだ。だから、生きている間だけでも君に尽くそうと思って。でも、君がなんでも叶えてくれるっていうから、それなら君と死にたいんだ。」
つらつらと並べられる言葉が頭に入ってこない。
余命宣告?いつから。なんで言ってくれなかったの?
次々と浮かんでくる疑問を吐き出そうとしても、重々しい雰囲気がそれを拒む。
「だから、僕と心中して下さい。」
しんちゅう。心中。
自然と涙が溢れた。死ぬのが怖いわけでも、彼にそう言われたのが嫌だったわけでもない。
でも、ただ自然に涙がこぼれ落ちた。
「やっぱ、やだよね。ごめんね?」
「いいよ、」
えっ?と聞き返す彼にもう一度。
「心中しよ?」
夜の街。星なんて全然見えなくて、ロマンチックな雰囲気なんて微塵もない夜空。
「君と一緒なら。」
何でもできるさ!
そんな彼の言葉を最後に遠のく意識。
脳が酸素を求めて暴れるが、繋がった手がそれを許さない。
二人、堕ちていく。
「手を繋いで」
横にいる彼女をそっと見つめる。
僕よりもちょっと幼くて、まだ喋ることも上手にできない小さな女の子。
彼女の手は僕の方に伸びていて、ぎゅっと手を握っている。お風呂に入る時だって、ご飯を食べる時だって片時として、手を離したことは無い。
今までも、これからも。この手が離れることはないだろう。
「ねぇ、そろそろご飯食べよう?」
「うっ…ん!」
だいぶ発音は出来るようになったようだ。
出会った頃に比べれば、上達はしているだろう。
「今日はね、パンだよ!」
「……ってっ、たぁ!」
ニコニコと笑う君。嬉しそうで良かったと出された食事に口を付ける。
もぐもぐと美味しそうに食べる、彼女を尻目に僕は1人考える。此処からどう脱出しようか。
連れてこられたのは2年前。
君はまだ赤ちゃんだったからきっと覚えてないだろう
けど。
起きて、食べて、寝る。
与えられた物で暇を潰す。
そんな、生活にも懲り懲りしていた頃だった。
壁に貼られた紙を見て唖然とする。
生き残りたくば、どちらかを殺せ。
そう書かれた文字とナイフがあった。
殺せ。殺せ?ころせ?コロセ。
横を見る。文字もまともに読めない彼女には、どんなに恐ろしいことが書かれているなんて知る由もないだろう。
巫山戯んな。年端もいかない子を閉じ込めて、挙句の果てにはコロセって。
「いい加減にしろよ!!」
怒りに任せて壁を蹴る。ドンッと音がして、足がジンジンと痛む。
「アッ…どっぅし…て?」
「あっ、ごめんね。君を怒った訳じゃないんだ。」
怖がらせてしまった。頭を優しく撫でる。
どうするかなんてもう決めている。
そっと手を離す。
彼女の大きな目が見開く。
「心ではずっと手を繋いでるからね。どうか、僕のことを忘れて、君として生きて。」
きっと僕は不細工な顔をしているだろう。
グサッと自分の首にナイフを突きつける。
頸動脈を切れば1発だろう。
「ぁっ、!あっあー、ならっ泣」
意識が遠のく。もう痛みも無くなってきた。もうそろそろ死ぬだろう。
カチャっとドアが開く音がした。
君の泣き声も遠のいていく。
大好きだよ。
君に届くことの無い声は喉の中で消えていった。
「夢と現実」
夢と現実は区別するのが難しい。
現実世界にいる時は絶対にありえない事も、夢の世界では有り得る事になる。
午後8時、疲れきった体をベッドに投げる。
髪が崩れる事なんてお構い無しにグリグリと顔をベッドに擦り付けてから、目元まで布団をかける。
これが、彼と出会うまでのいつものルーティンだ。
目を閉じてしまえば、簡単に意識は飛んでしまう。
彼女は刻刻と眠りに落ちた。
アラームの音で目が覚める。
おはよう、と隣から声がかかった。
「おはよう!椿くん」
「椿」それが彼の名前だ。
「あぁ、おはよう。もうご飯は作ってあるから一緒に食べようか。」
「うん!」
落ち着いていて、いつも冷静。穏やかな彼に私はいつしか恋をしていた。
ズキッと頭を殴られたような頭痛がする。
疲れてたのかな、そう思いながら寝室を出ていく彼の後をついて行った。
「君の好きな、鮭を焼いたから好きなだけ食べよう」
「本当?ありがとう」
私の好みもきちんと把握してくれている。
本当に幸せだ。
だが、そんな幸せも数時間経てば消えてしまう。
彼は必ず決まった時間に帰ってしまう。
寂しいが、彼の決めた事に抗う気は無い。
彼を見送った後にまた眠りについた。
そうすれば、また鬱陶しい仕事が始まる。
なんで夢なのにこんな仕事しなきゃいけないんだ。
心の中で愚痴を吐く。
また眠りに落ちる。彼に会う。
ぎゅっと抱き締めながら彼は言った。
「早く堕ちちゃえばいいのに。」
もう僕がいる方が現実でしょ?
夢と現実。もうどちらが現実かなんて彼女には分からない。もう目覚めることの無い深い眠りへと堕ちていく彼女は幸せそうに笑っていた。
「微熱」
目が潤んで、喉が燃えるように熱い。
これから仕事だというのに、頭がぼーっとして、なかなかメイクが進まない。
時刻は午前7時40分。電車が出るのは午前8時だ。
コレは間に合いそうもない。特に大事な用事もない今日はこのままベッドに飛び込んでしまおうか。
一度甘い方に逃げて仕舞えば、もう簡単に軌道に戻ることはできない。
熱が有ると嘘を吐き、会社に休みの連絡を入れる。
はぁーっと、溜息をつく。
溜息を吐くと幸せが逃げていくとは言うが、ため息をつくと気持ちが楽になるのは私だけなのだろうか。
目を閉じて、毛布を頭までかける。
意識がだんだんと遠のいていき、眠りに落ちた。
また、あの男の子に会う。
眠りに落ちると、毎回出会う男の子。
優しく、微笑んで抱きしめてくれる彼に私は一瞬で恋に落ちた。
ずっと彼といたい。
私を認めてくれる。受け入れてくれる彼と。
現実では味わう事のできない幸せに満たされていく。
鏡に映る、赤く頬の染まった私。
また意識が遠のいて、頭が悲鳴を上げる。
あぁ、彼に堕ちていく。
これはきっと、ただの微熱だ。
そう思いながら、彼女は目覚める事のない深い眠りへと堕ちていく。
堕ちる。
「飛べない翼」
⚠️監禁表現あり。
苦手な方は自衛をお願い致します。
薄暗い部屋の中に座り込む。
何週間、いや何ヶ月が経っただろうか。
窓の光さえ入る事のないこの部屋に閉じ込められてから。こんなの、紛れもない監禁だ。
たった唯一の出口に向かおうとしても、私の足に鈍く光るそれがそれを拒む。
長さも調整されていて、丁度出口には届かない。
これさえ取れれば。
足首を締め付けるそれをガンガンと机に打ちつける。
高い強度を持つそれには傷ひとつ付いていない。
なんでよ、外れてよ!!
何度泣きながら願っても何も変わらない。
そんなことを繰り返していたある日のことだった。
カチャ
え?開いた!!
ずっと開かなかった、それが開いた。
外れた嬉しさを前に笑みが漏れる。何で外れたかなんて気にすることよりも先に体が動いた。
気が狂ってしまう前に早く、早く此処から。
そう思い、走ろうと足を着いた瞬間、体が前方に倒れた。手足に全く力が入らない。
もー、馬鹿だなぁ。
彼の呆れたような声が、部屋に響く。
何で、まだ昼間なのに。彼がいるの?
君さ、此処に何ヶ月居ると思ってんの?全く動いてなかった君が急に走れるわけないじゃん。
最初から仕組まれていた。私が逃げ出すと分かった上で足枷を外し、走らせた。もう、逃げられないとでも言うように。
さぁ、部屋に帰ろう。お姫様。
空を飛ぶための翼をもがれた、もう飛ぶ事のできない鳥はまた鳥籠の中へと戻っていった。