いつまでも捨てられないもの
人からもらった手紙は大事に取っておいてある。
読み返すことはあまり無いけれど、それでも捨てるということに気が引けてしまう。
手紙を書いている時は、相手のことを考えて書いている。だからこそ、想いがこもっている。
だから読んで捨て去ることなんかはできないのだ。
特に好きな人からの手紙は。
例え、それがメモ用紙の走り書きだったとしても、
いつまでも忘れていたくはないのだ。
『中庭に午後3時に』
そう書かれた紙切れ。
彼が首まで真っ赤な顔をして待っていてくれたことを思い出した。
やっぱり、捨てられないな。
誇らしさ
『誇らしさ』
人に誇りたい。人に自慢したいという気持ち。
人に誇れることと言われるとすぐには思いつかない。
皆さんはコレというのがすぐにありますか?
私はあるようで無いような、正直、そんなこと考えたくないような…。
就職の面接で聞かれるアピールだ。
大学卒業したら働かなきゃいけないと思うと、ちとだるい。
書類選考はことごとく落ちた。面接に行くまで大変だし、面接も面接で色々と考えなきゃいけない。
決まり文句のような文章を覚えていくのが本当にだるい。
学生の頃は、早く大人になりたいと思ったけど、今は学生のままがいいなんて思ってしまう。
あーーー、しんど。
夜の海
彼女を誘って来たのは、夜の海。
向こうに灯台の灯りが見える。
ここはあまり人が来ないから、2人っきりになるにはいいところだ。
何回か来ているが、彼女の瞳がキラキラしている。
本当に海が好きなんだなと思った。
特段に何か話さなくても居心地が悪いということはない。ただ波の音を聞くだけでもいい。
彼女が肩に寄りかかってきた。
それに合わせて僕も彼女に寄り添う。
瞳を閉じれば、静かな波の音と彼女の呼吸音。
時折り瞳を開ければ、満点の星空。
今日は何時までこうしていようか。
このままでもいいけれど、身体を重ねたい衝動にも駆られる。
彼女が僕の指を絡めてきた。
もう少しだけ、このままで。
その後は、どこか一つになれる場所へ。
自転車に乗って
小学生の頃、幼なじみの彼と2人乗りで自転車に乗った。
風がとても心地よくて、彼のお腹に回した手が何だか熱く感じて、少しドキドキしていたのを覚えている。
あの頃は、その胸の高鳴りが恋だとは思っていなくて、単純にスピードを出していたから、ドキドキしてたんだと思ってた。
中学生になったら、お互い少し距離を取るようになった。クラスが違ったというのもあるけれど、それ以上に何だか恥ずかしかったから。でもそれと同時に淋しい気持ちになった。たまに会えば挨拶くらいはするけれど、そんな距離感。
変わったのは、高校生になってから。
同じ学校を志望していたと知ったのは、入学式を終えて、教室に入った時。しかも同じクラスだった。
私は嬉しくて「おはよう」と声をかけた。
向こうも驚いた顔をしたけれど「おはよう」と声をかけてくれた。
それから彼は高校でもバスケ部に入った。私はなぜだか、バスケ部のマネージャーに志願した。
話す機会が増えて、また前のように普通に話せる幼なじみになった気がする。
彼が久しぶりに一緒に帰ろうと言ってくれた。嬉しかった。小学生の時みたいに、自転車を2人乗りした。
高鳴る鼓動はこれが恋だと告げていた。
君の奏でる音楽
君の歌は心が安らぐ。
君が奏でる楽器は心が軽くなる。
君の笑顔は、いつだって僕の心を捕らえて離さない。
上司と揉めて、会社を辞めた。
スッキリしたが、お金が稼げなくなる不安は拭えない。
そんな時、路上ライブをしている君を見た。
いつもは足を止めることなんてないけれど、何故だか耳に残る声だった。
歌詞が僕の心にすっと入ってきた。
心地いい音楽だった。
その日の夜はぐっすり眠れた。
転職活動中も、彼女の路上ライブを見に行った。
お客さんは変わらず疎らだった。
こんな綺麗な声なのに、見る目がないなと思った。
それと同時に自分だけが知っている大切な音楽になっていた。
不採用をもらった日も、面接で落ち込んで帰った日も、彼女の音楽を聴いて帰った。
自作のCDがギターケースに並べられていた。
本当は欲しかったけれど、お金が無い俺は買えなかった。
採用をもらった。
その日は、僕以外にも何人か足を止めているお客さんがいた。
出社日の帰りも聴きに行った。
歌っている彼女と目が合ったような気がした。
初の給料日はお金をおろしたあと、聴きに行った。
CDが置いてあったことにほっとした。
売り切れておたらどうしようかと思った。
初めて最後まで聴いた。
彼女が片付けをしているときに声をかけた。
「あの、素敵な声ですね。CDいいですか?」
緊張して声が上擦った。
彼女は「いつもありがとうございます」と綺麗な声でそう言った。
自然と「また明日も聴きにきます」と伝えた。
彼女は嬉しそうに微笑んだ。