紙ふうせん

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5/13/2023, 11:55:04 AM

「おうち時間でやりたいこと」

「おうち時間」、なんていい響き!
私には関係ないけれど。
朝はとにかく忙しい。昨夜のうちに今日着ていく服を選んでおかなかった事を絵理子は後悔しながら、とにかくクローゼットからこれとこれ、と選び出した。
するとブラウスにシワがあった。

チッと舌打ちして、仕方ないので、かけたまま使えるスチーマーアイロンで大きなシワを取る。
そして忙しくメイクをすると、冷蔵庫のミネラルウォーターを飲み、バッグを持って慌ただしく玄関を出る。カチリ、と鍵の音がした。

夜、カチリ、と音がして玄関が開く。
靴を無造作に脱ぎ捨てて、部屋に入るとバッグを投げ出し、ソファにどさりと座る。

体が重い。疲れが溜まっているのが自分でもわかる。
手にしているレジ袋には、コンビニで買ったチキンサラダとビールが入っている。
疲れていて動く気がおきない。
食欲もない。

ノロノロと立ち上がり、袋ごと冷蔵庫に放り込み、シャワーを浴びに行く。

メイクを落とし、髪をドライヤーで乾かす頃には、少し元気が出ていた。

タオルを首にかけたまま部屋着兼パジャマでソファに座り、冷蔵庫から出してきたビールをごくごくと喉に流し込む。
「あ~、美味しい!」そういうと適当にテレビをつける。
芸人が何かを言うたびに爆笑が起こる。
(なにがおもしろいんだか)そう思いながら
チキンサラダを食べる。が、ひとくち、ふたくち食べると割り箸を放り出す。

このところ、食欲がない。
ビールを飲み終わる頃、胃がキリキリと痛みだす。
「……つぅ」額に汗がにじむ。
横になり体を海老のように丸め痛みに耐える。
しばらくすると、痛みが去り、ノロノロと体を起こす。

そうだ、明日の服、決めておかなきゃ、と立ち上がった、と思ったら目の前が暗くなり、記憶が無くなった。


目が覚めるとベッドにいた。
だが、自分のベッドではない。真っ白いカバーの掛かった布団をかけ、腕には点滴の針が刺さり、目で追っていくと上に点滴の容器がかかっていた。

私、どうしたんだろう。そう思っていると、
「あ、目が覚めた?」と聞き覚えのある声がした。
声の方に顔を向けると、何故か姉がいた。
「……お姉ちゃん、どうしてここにいるの?」と言うと、とたんに姉のお小言が始まった。

「あんたが何時になっても会社に来ないんで電話しても出ないし、って会社の子が管理人さんに話してドアを開けてもらったら、あんたが倒れていたわけ」「あんた、急性胃炎だって。疲れもかなり溜まっていて、ほとんど食べてなかったんだって?先生が言っていたよ。」「ドクターストップ」「は?」と言うと姉が「は?、じゃないよ。点滴が終わったら帰っていいけれど少し休みなさいって。会社には少しオーバーに言ったら課長さん?が焦って、ひと月休ませる事にしたから」

「もう、会計も済ませたし、薬ももらったからここに置いておくよ。じゃあ、私も行くよ。全く、娘にご飯を食べさせていたら急に電話が来て、隣の奥さんにとりあえず預かってもらってきたんだから」と姉は一気に話すと、そこで真面目な顔になり「あんたね、会社にあんたの代わりはいてもあんたの代わりは居ないんだから、体をもっと大切にしなさいよ。これでもすごく心配したんだから」「……ごめんね、お姉ちゃん。心配かけて」と言うと「お、珍しく殊勝じゃない。しばらく、ゆっくりしなさい。」と言うと病室を出ていった。

私、そんなに体を酷使してたのかぁ。急性胃炎って何食べればいいんだろう。スマホで調べるか。

ひと月、休みだとお姉ちゃんが言った。
普段は日曜日は疲れ過ぎて、ただただ、寝て過ごしていたっけ。

点滴が終わり、ナースコールで看護師さんが来て、外しながら、「まだ顔色が悪いわね。とにかく今はあまりいろいろ考えないで体を休めてくださいね」と言ってくれた。

私は、お世話になりました、と頭を下げ、荷物置きに、姉が持ってきてくれた紙袋があったので中を見ると、薬の袋と私の服とビニール袋に入った靴、バッグがあった。バッグの中のお財布を見ると、姉が3万円、入れておいてくれた。サンキュー、お姉ちゃん。

病院から外に出た。陽射しが眩しかった。
こんな時間に外を歩いたのはいつぶりだろう。

帰りに花屋で、可愛いサボテンを1つ買った。
世話が楽そうなので。でも花が咲くらしい。

その日は、疲れてタクシーでうちに帰った。
まだ明るいし、点滴をしたので少し元気が出た。すると、グー、とお腹が鳴った
いつぶりだろ。
家に帰ると、お粥を炊いた。
卵であえてたまごのお粥にした。

フーフーと冷ましながら、ひとくち食べたらとても美味しかった。
こんなに食べ物が美味しいと思ったのはいつぶりだろう。急にポタリ、と涙が出た。すると涙が止まらなくなり、泣きながら、美味しい、と思いながらお粥を食べた。


あれから1週間、薬をきちんと飲んで早寝早起きの生活をしていたら、びっくりするくらい
、体が健康になった。
どうせならと、胃腸病の本を買い、それを見ながら少しずつ、食べられる物が増えてきた。テーブルの真ん中には、あの日買ったサボテンがある。
なかなか花は咲かない。ゆっくりでいいよ、と私はサボテンに話しかけた。

まだ疲れるので、お散歩を日課にしている。
みんなが会社で外も見ずに働いている時間に、私は街路樹を揺らす心地良い風に吹かれて歩いている。いい天気だ。

あんなに憧れた「おうち時間」が思いがけず手に入った。

私は、会社でポスターなどのデザインの仕事をしていた。

ひと月の間にいろいろ調べて、もう少し時間に余裕のある会社に移るか、自宅で仕事を受けて、働くか、それとも全く違う仕事をしようかといろいろ考えていた。

まあいい、まだ時間はたくさんあるのだから。私は今、とても人間らしい正活をしている。これもおうち時間のおかげかな。

胃はあれから一度も痛くならない。
何より、本を見ながら、食べたい物を自分の体と相談しながら作るのがとても楽しい。

やった事が無かったパッチワークを始めてみた。これが意外と楽しい。
仕事柄、色の組み合わせとかはいろいろ思いつくのでおもしろい。

趣味なんて、勤めるようになってから初めて持った。

ふと気がついたら、サボテンに小さな赤い色がポツンと見えた。わ〜!蕾だ!
「赤い花かぁ、いいね」と言いながら、スマホで写真を撮る。

私も、まだまだ人生では蕾だ。
どう咲こうか、これからゆっくり考えよう。

何しろ、おうち時間はまだまだ十分あるのだから。


5/12/2023, 2:25:35 PM

私は小さい頃から変な事ばかりしている子だった。

その頃、銭湯に行っていたので、母は小さい弟を抱いて「お姉ちゃん、バスタオルをきちんと畳んで掛けてきてね」と言って先に入って行った。

私は言われた通り、バスタオルを几帳面にきれいに畳んで、腕にレストランのボーイよろしく掛けてお風呂に入って行った。

すると母が、妙に優しく「……服が入っているかごに、掛けてきてね」と言った。

そこで気がついた。そうだ、いつもかごがあり、皆、そこに脱いだ服や新しい肌着を入れ、上に見えないようにバスタオルをかけていた。

いつもやっているのに、何故その時そんな事をしたのか、一番知りたいのは自分だ。

小学校でも、運動会などで、入場が対角線に赤組のクラスと白組のクラスが、端から入場するのだ。
私は間違えないように、先生の説明をよく聞いて、翌日並んで待っていた。15分位経ってから、まわりを見ると知らない子ばかりだった。何故か分からなくて泣きたくなった時、「あ!やっぱり逆側にいた。先生が呼んでるよ」と、クラスの友達が迎えに来てくれた。

地獄に仏とはこの事だ。

ちゃんと聞いてるはずが、私はそんな事ばかりしていた。

でも、こんな私でも『大人』というものにいつかなったら、ちゃんとするのだと思っていた。そう信じて疑わなかった。


私は今は、世間的には立派な大人だ。

でも、違うのだ。私の思っていた『大人』というのは、変な失敗なんかしないでもっときちんとしているものだと思っていた。

私は今でも、相変わらず変な事ばかりしている。よく母に「困ったねぇ、もう○才なんだからいい加減、懲りなさいよ」とよく言われた。

私はかなり手酷い思いをしても、ケロっとすぐに忘れる。
そしてまた、同じ事をする。

そして、ようやくわかった。

きちんとした子は、きちんとした『大人』になるのだ。

だから私は、思っていた『大人』になれないのだ、という事を。

考えてみたら、変な子だった私が夜になると寝て、朝になると起きて生活をする、という事を延々と繰り返して来た結果が今の『私』なのだ。

みんな、子供が大きくなっただけなのだ。

だけど、どこから違っていったのだろう。

線を一本引いて、分度器でほんの5度に印をつけ線を引いていく。

最初は大した差はないが、先に行けば行くほど、どんどん差が大きくなっていく。
つまりはそういう事なのだ。

線を一本引いてその先にあるのが、私の思った『大人』なのだろう。

ところが、私は変な子だったのでたぶん5度ばかりズレてしまったのだ。

だから私は思い描いた『大人』にはなれなかった。

見た目は一応大人で、社会的にも普通に知り合いと会えば、ちゃんと挨拶もするし普通に会話も出来る。

だけど、その中身は昔の『変な子』がいるままなのだろう。

その代わり、普通、大人が思いつかない事を思いついたり、たまには役に立つのだ。

私の中の『変な子』と仲良くやるしかない。

だって、その『変な子』は紛れもなく私自身なのだから。

5/11/2023, 12:46:06 PM

早いものだ。久保樹(いつき)と私、間宮有希が付き合いだして5年になる。

樹は、その方が毎日が大切で新鮮だから「1年間だけ付き合おう」と毎年言うのだと言った。「バカみたい。そんなのヤメヤメ!」の私の一言で3度目はなかった。
樹は本気で毎年やろうとしてたらしい。
呆れて何も言う気になれない。

樹と私は大学生になった。同じ大学に通っている。
言っておくが、断じて合わせたのではない。
たまたま志望大学が同じだったのだ。

相変わらず樹は優しい。
私が腹が立つことがあり、文句を言っていても「うんうん」と穏やかにきいている。

一度、聞いてみた事があった。
「ねえ、私、樹が怒った顔って見た事ないんだけれど、腹立つ事ってないの?」と言うと
アイスコーヒーを飲んでいた樹が、困った様に「うーん」と言ってから軽く5分は考えてから「ないと思う」と言った。

「たとえば、そうやってアイスコーヒーを飲んでる時にそばを通った子に熱いコーヒーかけられたら?」と言うと「わざとじゃないんだから、しかたないよ」と言う。
「じゃあ、すれ違いざまに転んだ人が樹のお気に入りの服を掴んで破ったら?」
「それは悲しいけれど、布は破れるからね」

私はだんだんイライラしてきた。
「なんで、腹が立たないのよ!!」と言うと、樹はアイスコーヒーにむせながら、コンコンと咳をして「……なんで有希が怒るの?」と言った。
私は呆れて、もう何も言う気がしなくなり、残りのアイスティーを飲んだ。

「僕、何かまずい事言った?」と言うので
テーブルに顔を伏せたまま「何もありません」と言った。
そうなのだ。樹は優しい。
こんな私に、本当に優しい。

すると樹は「ねえ、今年で有希と付き合って5年目だから、今年のクリスマスは、ちょっと贅沢なお店で食事をして、お互いプレゼント交換しようよ」と言った。
それは、私も考えていた。先を越されちょっとムッとなった。

でも、それを言うのはあまりに大人気ないので「うん!私もそう思っていた!」と言うと、樹は嬉しそうに「じゃあ、決まりだね」と言って穏やかに笑った。この笑顔だ。
私は樹の、この全てを包み込むような笑顔に弱いのだ。

そして、それから私は、テストでもここまで真剣だったか、と思うくらい、樹へのプレゼントをひたすら考えていた。

ありきたりの物じゃだめだ。
だって、記念のプレゼントだもの。
バイト代を貯めていたのでけっこうな金額の物でも買える。いやいや、金額じゃない。
気持ちのこもった物でなきゃ。
そして、出来たら身につけてもらえる物がいい。
ベッドの上をゴロゴロしながら熱が出そうなくらい、考えた。

結局、男の人が身につけていてもおかしくない物、という事で、腕時計にした。
ーあんなに考えたのに、ありきたりじゃんー
そう思いながら、それでも樹に似合いそうな腕時計を真剣に選んだ。

その日、私は樹と初めてクリスマスに出かけた時の、襟のたっぷりしたモヘアのタートルネックのセーターを着て、初めて樹にもらった、雪の結晶のネックレスをつけた。

待ち合わせの場所に、やはり樹はもう来ていた。いつもそうだ。樹は時間よりかなり早く来る。そしてこれもいつもの事で「お待たせ!」と私は言う。

「ううん、僕も来たばかり」と樹が言い、ウソばっか、と思いながら、並んで歩く。

そこはホテルのレストランで、かなり高級そうだった。お金は多めに用意したけれど(私と樹は、私の提案で必ず割り勘なのだ。樹は渋々承知したのだけれど)足りるかな、と少し心配になった。
樹は、そんな私の心中を察したかのように、
「ここ、見た目のわりにリーブナブルなんだよ」と言った。

店内に入り、コートを脱ぐと、樹は初めてのクリスマスプレゼントの、私の編んだネイビーブルーのセーターを着ていてくれた。
びっくりして「そのセーター、まだ持っていたの?」と聞くと「有希だって、僕のあげたネックレスをしてくれているよ」と言った。

メニューを見ると、樹の言うとおり、案外そんな高いものばかりでもなかった。

こうして、テーブルを挟んで座っていると、あの時のことが不意に蘇る。1年だけ付き合おう、と言われていたので、最初で最後の一緒のクリスマスだと思って、胸が詰まって嬉しいのに淋しかった事。

デザートを食べ終わり、コーヒーを飲んでいる時、私は「はい、これ、プレゼント!」と言ってプレゼント用にラッピングされた、腕時計を渡した。実は樹は物を大切にするので、今している腕時計もずいぶん古くなっているのだ。

「開けていいの?」と嬉しそうに言って、箱を開けて腕時計を見ると「嬉しいな。そういえば、この腕時計ずいぶんと古びているものね」と言うと、早速今のを外して、プレゼントした腕時計をつけてくれた。
かなり吟味した甲斐があり、それは樹によく似合った。「ありがとう。大切にするね」と樹はにっこりして言った。

樹は小さい箱にリボンがかかっている物を「はい、僕の気持ち」と言って微笑みながら渡してくれた。

わあ、なんだろう?開けるね?」と言って小さな箱をあけると、プラチナの小さなハートのついた指輪が入っていた。
そんな事思った事もなかったのでびっくりして、すぐにお礼が言えなかった。

「気に入らなかった?」と不安そうに樹が言う。やっと口が聞けるようになり、「指輪って、いつサイズ知ったの?」と私はお礼も言わずに間の抜けたことを聞いた。

すると樹は「2年目に雑貨屋さんで、有希がかわいいな〜、って言って指輪をはめたじゃない」と言われ、よくやく思い出した。

そうだ、あれはデート中、可愛い雑貨屋さんがあったので入ってふざけて指輪をしたのだ。
ー覚えていてくれたんだー

指にそうっとはめてるとサイズがピッタリだった。指輪をはめた指がやけに重く感じた。

「ありがとう、一生大切にするね」と心を込めて言った。

すると樹が「僕は、有希とずっと一緒にいたいから、婚約指輪のつもりなんだけど」と言った。ハッとして顔を上げるといつになく、真剣な顔をしていた。

「まだ若いし学生だから有希はゆっくり考えて」と穏やかに微笑みながら樹は言った。

お店を出て、並んで歩きなら、私はいつもより無口だった。

そして、いつも別れる場所で、反対側に渡った私は、暗い道を戻っていく樹に向かって「謹んでお受けしまーす!!」と叫んだ。

すると、樹が振り返り手を振るのが見えた。
ぶんぶんとやたら手を振るので、可笑しくて笑いながら涙が溢れた。


5/10/2023, 12:23:53 PM

私、森村加奈子は死んだ。

ちゃんと信号が青になるのを確かめてから
横断歩道を渡っていたのに、スマホを見ながら運転していたトラックに轢かれて死んだのだ。

まだ、花の16才なのに。
片思いだけど、好きな人もいるのに。

世の中、あまりにも無情だ。

お葬式には、高校のクラスの子達がみんな来てくれた。
高校2年の春だから、仲の良い子もたくさんいる。
私はどちらかというと、活発な方だったから男子の友達もたくさんいる。

あ、松田君だ。五十音順で席が並んでいるので私の斜め前の席だ。
びっくりするほど町田君泣いている!

アハハ、ほら、女子が引いてるよ。

あ!私の片思い中の中川君だ!
沈んだ顔をして唇を噛み締めている。
何を思ってくれているんだろう。

もう、二度と中川君と話せないんだ、と思ったら急に悲しくなった。

ー彼女とか作るんだろうなー

ただのクラスメイトでいいから、もっと中川君と話したかった。
けっこう、いい感じでよく話してたんだけれどな。



日常が否が応でも戻ってくる。
私の机の上には、毎週誰かがきれいなお花を花瓶に差して置いておいてくれる。

きっと、優子じゃないかな?
彼女とは特に仲が良かったから。

あれ?ところで私は今、意識だけなんだよね?このまま意識も消えていくのかな。

それは嫌だな。

だって、まだ16才だよ。
嫌だ、嫌だ、このまま消えちゃうなんて嫌だ〜!!



え?どうなったの?これ。
私、ヒラヒラしてるよ!
あ!そうだ!お店のショーウインドーにうつしてみよう。

ウソ!!私、モンシロチョウになっている!!

わ〜!飛べるんだ!!
おっとと、まだうまく飛べないな〜。
……うん、だいぶコツが分かってきた!

あ〜、お花の香りがする。どこだろう。
庭?あれ?ここは学校の庭だ。私の通っていた高校の庭だ!

中庭があって、そこはタンポポやシロツメグサ、アカツメグサ、芝桜などたくさんの小さなお花が咲いていて、そこでお昼を食べたり、休憩する生徒がたくさんいる。

おひさまが真上だったので、お昼休みだといいな、と思いながらヒラヒラ飛んでいたら、ちょうどお昼休みだった。

町田君が見えた!もしかしたら、と思って
飛んでいくと、なんと!中川君がいた!!

そばに行こうと一生懸命飛んでるけど、何しろ小さなモンシロチョウだ。
なかなか進まない。

焦りながら、やっと中川君のそばに行けた!

中川君!私だよ!森村加奈子だよ〜!
中川君の肩のあたりをヒラヒラ飛び回る。

「中川、お前の周りにさっきからこのモンシロチョウ、飛び回ってるぞ」「町田の辺りにもヒラヒラしてるよ」
「案外、森村の生まれ変わりだったりしてな」ふたりで笑っている。

え?どういう事?
中川君が笑いながらからかうように言葉を続ける。
「だって、町田、森村の事、好きだったろ?毎週、早く教室に来て森村の机の上の花を替えてるもんな」

町田君は赤くなって、バカ!誰にも言うなよ!と言っている。

なんて事だ!!あのお花は町田君だったんだ!ありがとうね、町田君。

うん?町田君が私のことを好きだった?!
え〜!!中川君じゃなくて?!

予鈴が鳴った。

中川君が笑いながら「バイバイ、森村かもしれないモンシロチョウさん」と手をヒラヒラ振って、町田君と教室に戻ってしまった。

なになに?この展開!!
私は町田君は楽しい男子、とだけ思っていて、いつも中川君を見ていたのに。

ー死んでもうまくいかないなんてー

でも、町田君、いつもきれいなお花をありがとうね。

私はいつまでモンシロチョウでいられるかわからないけれど、あちこち今まで見れなかった物を見てみるよ。

さようなら、中川君、町田君、クラスのみんな。

あっちの方にお花があるんだ。いい香りがする。

私はヒラヒラと春の暖かい陽射しの中、いい香りのする方に飛んでいった。

5/9/2023, 2:41:11 PM

私は、学校が嫌いだった。
体が弱くて、みんなより2学年くらい小さくて、クラスのいじめっ子の男子にいじめられていた、といっても昔の事なので、今の様な陰湿ないじめではなかった。

ただ、本の虫のせいか近眼で、高学年からメガネをかけていた。

ひとりの男子が「やーい、カニクイザル、メガネザル、テナガザル、タイワンザル〜!」と
レアなサルの名前を挙げ連ねて私をからかっていた。

その事に、私はとても感心した。
からかう為に、わざわざ図鑑で調べて覚えたのだと思うと、努力家だなぁ、とひどく心に残っている。

不思議な事に、たしかに3年間行ったはずなのに、中学生の頃の記憶が殆ど無いのだ。

小学校までは、それこそ幼馴染ばかりだったからみんなの事をだいたい入学前から知っていた。

それが、中学生になったら、道路を挟んでK小学校があった為、そこの生徒が全員同じ中学校に行ったのだ。運悪く、私は学区がギリギリのその中学校で、入学式の日、自分の名前がついた机に緊張していたけれど、私以外の子は、みんな同じ小学校からなので、初日から男子は騒ぎ、女子は友達を見つけて、〇〇ちゃーん!とキャッキャと楽しそうだった。

記憶がないのはそのせいかもしれない。
かろうじて、入り口のところに春になると綺麗に芝桜が咲いていた事、小学校と違って給食の重い汁物などは、先生がついていて、荷物用のコンテナで上まで上げてくれるので、なかなか便利だな、と思った事は覚えている。
クラスメイトも覚えがない。

高校は、男子が怖かったので女子だけの高校に入った。
1クラス50人の、今までで一番人が多かったと思う。

でも、高校はとても楽しかった。
友達もたくさん出来たし、みんなとニックネームで呼びあった。
やってみたかった合唱を部活に選び、いい先輩や先生、そして後輩に恵まれ、とても楽しかった。

夏休みなど、親は仕事でいないので、暇になると、定期を使って学校に行き、部室になってる音楽室に行った。
すると、誰か誰か来ていた。
最初は3人くらいだったのが、最終的には10人くらい集まり、誰かが普段お世話になってる音楽室のお掃除をしようよと言い出し、そうだねとみんなでお掃除をした。

休みなので、合唱曲を大きな音でかけながら心を込めてお掃除していると、顧問の先生が音を聞きつけ顔を出し「お、これはご苦労さん」と言ってくれた。

ピカピカになってひと休みする頃、先ほどの顧問の先生が「みんな、ありがとう」と学校前の商店で飲み物やポテチなどを両手に1袋ずつ持って来てくれた。

みんな喉も乾いていたので、「わ〜!ありがとうございま〜す」と言って、床に座り込み大きなペットボトルの飲み物とたくさんのお菓子を食べた。

みんなで頑張った文化祭、悲しくて涙が出る時は黙って手を握ってくれていた友達。

初めて学校が楽しい、と心から思えた。

卒業したくないねと友達と言いあった。
心底、あと2年は学校に通いたかった。



あれから時は流れ、なんの縁か、娘も同じ高校に行き、やっぱり「それまでイジメられたりして嫌だったけれど、最後があの高校で良かった!」と言っていた。

幾ら年月が経とうともキラキラ輝いていつまでも、私の心の中の大切な思い出を保管する場所にデーンと居座り続けている。

私にとって、決していつまでも忘れられない、楽しい思い出たち‧⁺ ⊹˚.⋆ ˖ ࣪⊹‧⁺ ⊹˚.⋆ ˖ ࣪⊹


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