鐘の音
教会の鐘が鳴り響く――
白い鳩たちが一斉に飛び立った。空遠く、彼方へと。
木の下で座っている黒髪の青年が一人。教会の扉をじーっと見つめていた。
しばらくすると扉が開き、銀髪の少年が出てきた。疲れた表情をしている。
「やっと出てきた、おかえりエリオ」
へにゃと笑って、銀髪の少年――エリオに近づく黒髪の青年。
すると、一気に怒った表情になったエリオ。そして、黒髪の青年を拳で殴り飛ばす。
見事、宙に舞う黒髪の青年。そのまま地面へ。
「おかえり、じゃないですよ。あんな依頼だなんて、聞いてないです。死にかけましたっ、ギルさんのせいで」
「うん、俺も聞いてないよー」
ハハハッと笑う黒髪の青年――ギル。
彼らは今まで、狼の討伐依頼を受けて、森奥深く進んでいたところ、狼ではなく、巨大なトロールが生息していた。
そして、そのままボコボコにされてしまい、なんとか近くの教会まで戻ってきたのだ。
「生息地が変わったのかなぁー」
「絶対、ギルさんが道を間違えたんだ」
「えぇー、そんなわけないって」
頬をぽりぽりと掻いて苦笑いをするギル。
「途中から道が険しくなっていったじゃないですか」
「そんな道もあるよねぇー」
「あるよねぇー、じゃないですよ」
少し背伸びして、ギルの右の頬をつねったエリオ。
怒りに満ちているので、更に強くつねる。
「いひゃい、いひゃい。いひゃいよ、エリオ」
「だから、ポンコツって舐められるんですよ、他のパーティーに‼︎」
つねっていた頬を離し、ギルをキッと睨む。
「えぇー、俺は気にしてないよ、別に」
「気にしてください、だって、あなたは元勇者パーティーにい――」
教会の鐘がまた鳴り響く。風が強く吹き、二人の間を通った。
「俺はエリオがいてくれれば、わかってくれていれば、それだけでいいから」
寂しい表情を浮かべたギルは、エリオの頭を優しく撫でる。
その言葉を聞いて、口をもごもごと動かすが、静かになったエリオ。
しばらく無言の二人。鳥たちが今度は話しだす。ぴちぴち言いながら。
「さぁーてと、行こっか、エリオ」
ギルは両手を組んで上へ伸びる。そして、歩き始めた。
「ちょっ、どこに行くんですか、待ってください」
慌てて後を追うエリオ。教会の鐘が二人の無事を祈るように鳴った――
つまらないことでも
あなたにとってつまらないことでも、私にとっては楽しいこと。
ページを一枚、静かにめくる。一文字一文字の文字を目で追う。
本を読むだけで、創造力と想像力が広がり、いろんな世界に行くことができる。
魔法に溢れた世界、お姫様と王子様がいる世界、偉人の世界、動物の世界。
わくわく、ドキドキが止まらない。素敵な世界が目の前に広がる。
また、ページをめくった。読むのがやめられない、時が経つのが早く感じる。
ふふっと笑みが溢れた。明日も、明後日も、明明後日も楽しみが待っている、新しい世界が広がると思うと。
つまらないなんて言わせない。
この素晴らしい世界を味わえないのは、残念だと思う。
にやりと笑って、本をパタンっと閉じた――
目が覚めるまでに
どこか知らない土地だった。周りは山で囲まれている。
なぜか、私はいつ壊れてもおかしくない、古い木で作られた橋を渡っていた。
恐る恐る下を見ると川が流れていて、そこに大きな鯉がたくさん泳いでいる。
足元にあった、石を川に向かって落としてみた。すると、鯉たちが一斉に反応して、石に群がる。
その様子を見て、ごくりと生唾を飲んだ。落ちたら確実に食べられる。そう思った。
このままここにいても仕方がない、向こうまで渡りきろうと決意。
震える体に鼓舞をした。一歩、前に踏み出した瞬間、バキンっと音が。
足元に穴があいて、そのまま川へ向かって落ちていく。
「これは夢だ、これは夢だ、これは夢だ‼︎」
何度も何度もそう呟く。下に落ちていく感覚。
体にビリビリと伝わってくる。口から内臓が出そうだった。
ふと、後ろを見ると、金の大きな鯉が口を開けて待っている。
パクパク、パクパクと。
「だめだ、目が覚めるまでに、食べられ――」
ひゅっと口の中に入った。真っ暗な場所にドンっと落ちた。
心臓が早く鼓動している、まだ生きているが、身体中とても痛い。
起きあがろうとしても起き上がれない。声も出ない。
さっきの金の大きな鯉と一緒。パクパク、パクパクするだけ。
意識が少しずつ遠のいていくが、目が覚めるまでにまだ少し時間がかかりそうだ。
病室
手術が終わり、入院1日目の夜。
気分が悪くなり、目が覚めてしまった。暗い病室の天井。
病院の夜は少し怖い。段々天井の模様が、得体の知れないモノに見えてきた気がする。
何も考えないようにしていると、手術痕に痛みが走る。
どうすることもできないので、強く目を瞑って寝ようとした時だ――
誰かに足を引っ張られた。下に向かって引っ張られるかのように。
怖くて目が開けられなかったし、確認をしたくもなかった。
ずりずりと下に引っ張られる感覚。でも、ベットから落ちる感じはない。
だが、ずっと引っ張られている。ずりずり、ずりずり、ずりずりと。
薄目を開けようと思ったが、やっぱり怖い。見たくないものを見る羽目になるのは嫌だ。
助けを呼ぼうと思っても、体が言うこと聞かない。――金縛りだ。
このまま、朝を来るのを待とうと思っていたが、ふとあることに気がついた。
「あ、ここの病院、初めて入院するから案内してほしいかも。お願いできますか……?」
小声でそう言った。すると、足が軽くなり、体も軽くなった。
少し周囲に警戒しながら、ゆっくりと上半身を起こした。
「……案内するのは嫌なのね」
思わず苦笑してしまった。あんだけ、アピールがあったのに。
「しばらく、入院が続くと思うけど、よろしくお願いします」
また小声で言った。次の日以降、金縛りも足を引っ張られることもなかった――
認めてくれたのだろうか?それとも――
明日、もし晴れたら
窓に雨の雫が当たる。雲が悲しくなって、涙を流したのだきっと。
「泣きたいのはこっちのほうなのに」
はぁーっとため息をついた。この時期は雨が多い。
毎年、毎年、雨なような気がする。
ざぁぁぁと本格的に降ってきた。私は窓に手をついて、肩を落とした。
「降らなくていいよ、本当に……明日、大事な日なのに」
窓から離れて、ベッドに向かって倒れた。
ばふんっと音を立てて、体が一瞬沈んで跳ね返る。
「毎年、雨じゃん。晴れた時、少ないよ」
枕を手に取り、顔に押し付ける。涙がじわりと出てきた。
「神様は意地悪だわ、そうよ、意地悪なのよ」
グリグリと枕に顔を擦り付けた。ヒリヒリするけど、それどころじゃない。
この抑えきれない怒りは誰にぶつければいいのか。いや、八つ当たりはよくない。
そう思いつつもイライラするのは止められない。
「年に一回しか会えないのに」
起き上がって、枕を窓に向かって投げつけた。
ばふっと虚しく床に落ちていく枕。
「晴れてほしい……明日、もし晴れてくれたら、彦星に会えるのに」
窓に近付いて、空を見つめる。そして手を組み、お願いをする。
みんなは願いを叶えるために、短冊に願いを書く。その願いが叶うならば、私のお願いも叶えてほしいものだ。
「はーれーてーくーれー」
強く強く空へと願う。明日、晴れますように――