猫田こぎん

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11/28/2023, 1:10:06 AM

#愛情

 「愛情」とは「優しさ」と同じくらい定義が曖昧だと思う。
 何を以て「愛情」とするのか。
 親から子への愛情、愛しい他者への愛情、しかし、そこに打算や駆け引き、そして損得勘定がない前提でないと愛情とは呼べないのではないか。
 もしくは、愛情というものにはそういった俗物的なものも内包しているのか。
 
 「男」や「女」、または「人」と言った主語の大きな話になると収拾がつかないので、あくまでも私一個人の考えとして、あるいは肌感としての話をしよう。

 例えば親子間の愛情。
 私自身は、親から好きなものや行動を否定されたことはない。自分の好きなものを馬鹿にされるのは本当にしんどいであろうから、その点はマイノリティ寄りの趣味でも恥ずかしげもなく「好きである」と主張できる(もしくは他の人と違っていても気にしない)メンタリティに育った。
 しかし、否定はしないが保護もしない人たちだった。
 勉強もしろと言われた覚えはなく、必ず「知らないからね」という叱られ方をした。
 勉強ができなくても、テストの成績が悪くても、アンタが困っても、全て「知らないからね」と言われた。
 なので、常に自分で決め、自分で判断して、誰もケツモチしてくれない中で生きてきた。
 そしてある程度の年齢になったら、「アンタはどうせ何を言っても聞かないんだから」という言葉に変わった。
 いや、賛成も反対も代替え案も何も提示されなかったから自分でやることに決めざるを得なかったんですけれども?と思うが、早い段階で親と私は違う生き物で見えているものも感じ方も全て異なっており、意見を鵜呑みにする必要はないと断じていたので、「また言ってら」となった。
 母は私の言動の結果が悪かった時のみ、無言を貫いていたのに「だからあの時私は言ったのに」という呪詛を吐きがちで、「アンタに言っても聞かないからね」がセットになる。
 それでも、私は母が好きだし、そういう人なんだと飲み込んでいる。
 「母親らしいことをしてこなかった」と唐突に言われたことがある。結婚してからだ。
 「申し訳なかったかもしれない」と謝罪された。
 特に感情は動かなかったし、母は「私の母親」というくそめんどくさい役割を頑張っていてくれたなと思う。私は自分の子供の頃みたいな子を育てるのは絶対に嫌だ(ものすごく捻くれてて扱いづらい)。

 結婚してから、夫の母、つまりは義母という存在が爆誕した。
 義母はとても素直な田舎の人と言った感じで、私の母とは全く違う(思えば、私の母は新宿育ちの一人っ子で社長の娘、義母は生まれも育ちも青森で7人兄弟の5番目)。
 義母に接していると、「お母さんってこんな感じなんだぁー!」と思う。
 私の夫に対して心配性で、でも過干渉ではなく、毎年たくさんのりんごを送ってきてくれて、私に対してもとても優しくフレンドリー。
 毎年の帰省では、夫の兄弟家族とみんなでご飯を食べに行き、義母が全額出してくれる。みんなで集まれるのが楽しいと言い、帰省中は上げ膳据え膳。手伝いもいっさいしない。夫が運転する車で3人(ないし未婚の義兄も一緒に4人で)青森県内の観光スポットに遊びに行ったり、まじでただの観光旅行。それなのに「来てくれてありがとう」って。え、神?神様なの? 
 ああいう人は愛情深いって言うのだろう。そう感じる。
 子(この場合夫)と子が選んだ女(私)に親切にしてくれ、愛情をかけてくれる。義母を見ていると、親子の愛情ってこういう感じなんだなーと思うのだ。まさに無私。損得なしの掛け値なし。

 私は母のことが「好き」だし、父も「別に嫌いではない」。一番上の姉のことは「嫌い寄りの普通」だし、真ん中の姉のことは「無」である。
 自分の親戚関係はほぼ「かなり苦手寄りの普通」で、ううん、「どちらかというと関わり合いたくない」かな。ちなみに祖父母はどちらも他界している。
 そして、義母は「好き」で、義兄家族も「好き」で、未婚の義兄も「普通」で、夫の親戚関係は「好ましい寄りの普通」である。

 こうなると関わった年数は、相手に対する愛情には関係ないのかもしれない。

 愛情って難しいね。

 最後に。
 私が一番愛情を傾け、愛情をもらっていると感じる人は、言うまでもなくなく夫で、夫が幸せでいれば他のことは概ねどうでもいい。誰が死のうが生きようが関係ない。誰が不幸になろうとも、夫さえ幸せでいてくれればそれが私にとっての最善。夫と母が川で溺れていたら、「お母さんごめーん」って言いながらまっしぐらに夫を助ける。夫を助けたあと母も助けるけどね。
 あとは猫。猫に対しては無限の愛情が湧く。
 まあ、猫はね。唯一絶対神だから。


2023.11.28 猫田こぎん

 

11/27/2023, 12:19:04 AM

#微熱

 まだ万全とはいかないけれど、ようやく高熱が下がった。微熱といったところか。
 人を好きになることを「熱を上げる」とはよく言ったものだ。確かに熱に浮かされたように相手のことしか見えなくなるし、自分の裁量で熱を冷ますことが難しい。
 タカシの好きな歌に「一目惚れはしない方なのに、あれはしちゃうよな」って歌詞があったけれど、一目惚れなんて落ちようと思って落ちるものではない。
 それを痛感したのが1年前の今日。
 付き合って1年目の記念日に、私は熱が冷めている。
 嫌いになったわけじゃない。あの頃の、身の焦がれるほどの熱い性欲を伴った愛情が、今は微熱程度なのだ。
 好きになりかけの頃、無自覚に、でも、なんとなく意識している時も、微熱っぽく感じることがある。
 急に高熱が出た私は冷めるのも早かった。
 告白して、付き合って、3ヶ月もしないうちに「あれ?」ってなって。
 そこからずっと惰性みたいな微熱が続いている。
 いわゆる倦怠期とやらが長丁場になって、これがいつものになった。
「付き合って1年かぁ。長かったような短かったような。今までありがとう。これからもよろしくな」
 記念日ディナーのテーブルの向こうでタカシがワインを掲げながら微笑んだ。
 私は小さく笑みながら、「こちらこそ」と言った。
「なんか、俺さ、ユリと一緒にいると心も体もふわふわ暖かくて幸せなんだ」
「え、なにそれ」
「なんだ、笑うなよ。1人のときはずっと永久凍土に閉じ込められてたみたいだったけど、ユリといろんな所へ遊びに行ったり、美味しいものを食べたり、気づいたらポカポカしている感じでさ」
 タカシの嬉しそうな顔を見て衝撃を受けた。
 私が微熱と感じていた煩わしさをタカシは幸せと感じていたなんて。
「最近はいつもの店、いつもの場所が増えて、それも嬉しいんだ。ユリといつもの所って約束できるの、なんかすごいなって」
 私が感じる倦怠期のだるさも目新しさのないデートも、そんなふうに思っているだなんて。
「ん?どうした?俺、変なこと言っちゃったかな」
「ううん。違うの」
 反省した。そうか、そういう見方もあったか、って。
「そうだね。タカシが幸せに思っててくれて嬉しいよ」
 熱は冷めていない。私はタカシが幸せだと、こんなにも嬉しいのだから。
「これからもよろしくお願いします」
 改まった顔で、タカシが深々と頭を下げた。
 人生は長いし、付き合いは始まったばかりだし。
 
 微熱のだるさも心地よさに変えて。

 この人と歩んでいくことになりそうだと感じた、1年目の記念日だった。



2023.11.27 猫田こぎん
 

11/25/2023, 4:43:40 AM

#セーター

 私は冷え性である。
 いわゆる末端冷え性というやつで、常に手足の先が冷たい。
 冷え性とはずいぶんと長い付き合いのため、対処方法などは講じているが、年を経るごとにひどくなっていく気がする。
 特に寝る時が大変だ。
 まず、電子レンジで温めて使うタイプの湯たんぽと、電源に差し込んで温めて使うタイプの湯たんぽの2つの湯たんぽを肩のあたりと足の先の方に仕込む。
 パジャマの下には長袖のカットソー。ふくらはぎを守るためにレッグウォーマー。足首丈の靴下(足先だけ寝ている間に脱げている)。ネックウォーマーも必須。敷布団には敷布団カバーではなく毛布をかけ、かけ布団はもふもふの羽毛布団。重い布団をかけて寝ていると悪夢を見るため、こうして寝ている。
 部屋着も、色々と重ねまくって最大だと全裸になるまで8枚くらい衣服を脱ぐ必要がある。
 そんな自他ともに認める冷え性の私はもちろんセーターが好きだ。いや、だった。過去形。
 そう、セーターはさ。

 重いんだよ。

 昔はセーターくらいしか防寒に適した洋服がなかったから冬はよく着たもんだけど。
 おばさんね、もう重い服は着られないの。
 ヒートテックとかフリースの軽さを知ってしまった後では、セーターなんて重たいもの着てるだけで疲れちゃう。
 スフレヤーンみたいな軽いセーターもあるにはあるけれど、やっぱり温かいのはウールだし。
 ヒートテックとダウンに慣れた体は、ウールのセーターとウールのコートなんて組み合わせ、一日中着てるのは苦行でしかない。
 若い方は服で疲れるなんてことないのでしょうね。
 でも、貧弱おばさんは本当にしんどいの。
 カバンもそう。バックも重いバックは入れる前から重いんじゃ、中身を入れたら持ち歩けないわよ。
 バックに至っては、重さの感覚がわからないから通販で買えないし(本当に持ち歩けるか、持ってみなくてはわからないのだ)、作ってる。
 最近は自作したかばんしか使ってないよ。
 デニムも重さを感じるようになったわ。スキニーなんてちょっとキュっとするから嫌になってしまう。ゆるいのがいい。何も束縛しない軽い衣服とかばん。
 そうやってゆるゆるでないと形を保てないのがおばさんという生き物なのよ。
 あ、言い過ぎですね。
 ハイパー体力お化けの元気なおばさんも存在しています。
 おばさんという生き物はパワーの具現化と言っても過言じゃないってくらいの人もおりましょう。
 私がとんだ貧弱もやしおばさんなだけです。
 「セーター」というお題から、自分が貧弱もやしおばさんだと暴露するに至ってしまった。おかしいなぁ。
 中身もないので、今回はここまでに。また来週。


2023.11.25 猫田こぎん

11/24/2023, 1:57:00 AM

#落ちていく

 体が真下に引っ張られる感じがして、手をつこうと伸ばした瞬間、目が覚めた。
 落ちていく夢を見るのはこれで10日連続だ。
 夢占いでも検索してみようか。何か悪いことが起きるのではないかと、少し怖い。
 目覚めも悪いし、いつも落ちていくときに起きるから、落ち切った後のことがわからない。下へ到達したときに何が起きるのか、何があるのか。知りたいような、知りたくないような。

 ランチタイムにそんな話を櫻子にすると、軽い調子で「一度落ちてみたら?」と言われた。
 あまり深刻には受け取ってくれていないようだ。
「別に本当に高いところから落ちて死ぬわけじゃないんだし。夢でしょ?夢ならどうなっても大丈夫じゃない」
「確かに一理あるけど、私は怖いのよ」
 アイスコーヒーをかき混ぜながら、櫻子は「ふぅん」と鼻から抜けるような音を出して、「そういえばさあ!」と無理やり話題を変えた。
 これ以上は話を聞いてくれなさそうなので、私も黙って櫻子の彼氏の話にちょっとうんざりしながら耳を傾けた。

 他の人に相談しようにも、同じような反応をされるのではないかと躊躇してしまい、11日目の夜が来た。
 眠るのが怖いが、そうも言っていられない。明日も会社がある。
 そうだ、寝る環境が悪いのかも。
 私はいつものベッドの下に布団を敷き、寝方を変えてみることにした。ベッドから落ちそうになるのを、夢で見ているのかもしれない。
 部屋もいつもは小さな枕元灯を点けるけれど、それも消して真っ暗に。
 これで落ちる夢を見ないといいな。

「落ちるっ……」
 自分の声で目が覚めた。身体中、汗でびしょびしょになっていて気持ちが悪い。
 恐怖で心臓がバクバクいっている。
 ハアハアと息を整え、布団の上に上半身を起こした。
 布団でも駄目だったか。今日も落ちていく夢を見てしまった。
 夢を見る、というと正しくないかもしれない。
 夢の内容は覚えていないのだ。ただ、落ちていくという感覚で目が覚める。
「いい加減にしてほしいな……」
 私が何をしたというのか。つい独り言が口から出る。
 そのとき、枕元の携帯電話が鳴った。
 ディスプレイを見ると、彼氏のミキオからだ。
「おはよー。今日の夜って時間ある?」
「おはよう。残業が急に入らなければ大丈夫」
「そっかー。今夜飲まない?」
 ミキオと付き合い始めて1年半。友達の付き添いで出た合コンで知り合った。10歳も年上とは思えないほど若々しい営業マンだ。
 ミキオはベタベタした付き合いを拒むタイプで、うちに泊まり込むこともほとんどないし、向こうの家に行ったこともない(どうやら実家暮らしのよう)。たまにお互いの仕事終わりに会って飲む程度。それくらいのライトさが私に合っていた。
「あんまり飲みたい感じでもないけど。うん、いいよ。久しぶりだもんね」
「え、なに?体調悪いとか?大丈夫?具合悪いなら止めるけど」
「大丈夫。ちょっと夜眠れないことがあって。いいよ。いつもの店ね」
 電話を切ってディスプレイを見ると、ミキオからのLINEが何件も入っていた。痺れを切らして電話してきたのか。
 汗はすっかり引いていた。気分も少し良くなったかな。一つのびをして朝の支度に取り掛かった。

 ミキオと久しぶりにお酒を飲んで、いつも以上に酔ってしまった。
 これだけ酔って寝たら、落ちる夢も見ないかもしれない。
 シャワーを浴びて、今日もベッドの下に布団を敷いて潜り込んだ。落ちる夢は見ませんように。
 しかし、淡い期待は打ち砕かれた。
 また、落ちている。ああ、落ちていく。
 私はグッとお腹に力を入れ、落ち切ってみる覚悟を決めた。「起きない」と眠っているときに思うなんて不思議な話だが、いわゆる明晰夢というやつなのかもしれない。
 暗くて真っ黒な何もない空間を落ちていく。
 来るであろう衝撃に体を固くしていると、少しして背中からバン!と着地した。
 痛みはなかった。夢だから?
 恐る恐る体を起こし、暗い中で目を凝らした。
「ヒィ!」
 隣に女性がいた。髪の毛の長い女の人が私の隣に座り、ほぼ触れ合う距離でこちらを見ている。
 あまりの恐怖にその女の人から這って逃げた。
「ミ……オ…よ……ほ…で…」
 何か言ってる。聞き取れないが、くりかえし同じ言葉を低い声で呟いてるようだ。
「ミ…オ…キ…ミ…」
「ミ…ミキオ?」
 私が問い返すと、女の人は顔を上げた。
 真っ白い肌に赤い口紅。眼窩は真っ黒で、口角がキュッと持ち上がった。
 その瞬間、自分の絶叫で目が覚めた。
 ゼエゼエと息が荒くなっている。汗もびっしょりと全身にかき、二日酔いの頭痛と相まって最悪な状態だ。
 よろよろと体を引き起こし、シャワーを浴びた。
 穴の底にいた女はミキオと言っていた。ミキオと関係があるのだろうか。まだ心臓がバクバクと早鐘を打っている。
 シャワーを浴びてもあまりスッキリしなかった。
 のろのろと体を拭き、ふと洗面所の鏡に目をやると、私の代わりに知らない女の顔が映っていた。
「だ、誰?」
 驚く間もなく、ひどく青ざめた自分の顔に戻った。
 穴の底にいた女の人とは違う。ショートボブの可愛らしい女性だった。
 全裸のまましゃがみ込み、気鬱なまま今日の仕事は休もうとだけ思った。

 翌日。私はミキオと別れた。
 とりあえずミキオ絡みで恐ろしい目に遭ったのだろうし、少なくとも私の知らない2人の女性が関わっている。
 別れたいと申し出たとき、ミキオは明るく「そっかー。でも飲み友達として引き続きよろしくね」と笑った。むろん、それも断った。
 そして、ミキオと別れてから落ちていく夢は見なくなった。
 体調も上向きになり、気持ちが晴れやかになると、家全体がなんだか汚いことが気になり出した。
 悪夢を見るようになってから部屋の掃除がおざなりになっていたっけ。
 ミキオからもらったもの、思い出の品、ほとんどないけど、それも全部処分した。
 ベッド周りも綺麗にして、シーツやリネンも全て刷新。
 断捨離って気持ちいいなと思いながらゴミを片付けていると、見慣れない赤い花のついたかわいいピンが出てきた。
 私は髪が短くてピンなど使わない。この部屋に遊びに来る友達の中にもこんな趣味の人はいないし。
 灯りにかざしてしげしげと眺めていると、背筋が急にゾッとした。
 ピンに長い髪の毛が一本付いている。
 穴の中にいた髪の長い女の人を思い出した。 
 そのまま捨てて大丈夫かな。お寺とか?何かお焚き上げとか?
 慌ててティッシュで包んで、少し逡巡した後、ゴミ袋の奥の方へぎゅっと押し込んで口を結いた。

 後日、櫻子とお昼ご飯を食べているとき、こんな話をした。
「ねえ、そういえば、落ちる夢って見なくなったの?」
「うん。おかげさまで」
「そっか。良かったねー。なんかその話を純くんにしたら夢占い?とか?調べてくれて。変なことに巻き込まれてるときに見るって書いてあってさ」
「ああ、確かに何かに巻き込まれるところだったのかも」
「なになに?彼氏と別れたことと関係ある?」
「あるのかもしれない。櫻子はミキオと会ったことなかったから知らないよね」
「ミキオっていうんだ。あー、同姓同名かもしれないけど、同じ名前の人のことで、怖い話聞いたよ」

 35歳の庄司幹夫は大手企業の優良営業マンで、3歳年下の妻と2歳の娘、4歳の息子の4人暮らし。家族仲もよく、どこから見ても絵に描いたような幸せな生活を送っていた。
 だが実は女癖が悪く、パパ活で知り合った女性達や、独身と偽って付き合っていた2人の女性とも妻に内緒で関係を持っていた。
 ある日、それが妻に露見し、妻が交際相手の女性たちに警告したため、一度は女性達との関係を清算した。それが1年前。
 しかし酒癖、女癖、手癖、癖と名のつくものは容易に止められるわけがない。
 妻に土下座までして関係を修復したものの、男はまた同じような愚行を繰り返し、独身と偽って婚活パーティーで知り合った女性が真実を知って自死を選んだ。
 
「でもね、まだ女癖、治らないんだって。いっそ離婚して独り身になればいいのにね」
 櫻子が眉を顰めて口を尖らせる。食べないままのパスタが伸びてフォークで突かれてているのを見ながら、私は総身から血の気が引いていた。
「浮気癖って治らないのかなー。奥さんも知らずに付き合ってた女の人もかわいそう。ねえ、そう思わない?」
 ぎこちなく頷きながら、私はカラカラの口のまま言った。
「ねえ、その亡くなった女の人って、髪の毛長かったりしたのかな」
「えー。そこまでは知らないー」
 そうだね。知らない方がいい。知らなくていい。
 もう落ちていく夢は見ないのだし、私は記憶に蓋をすることにした。
 ふと携帯がブルブルと震えて電話がかかってきたことを知らせてきた。
 ディスプレイに「ミキオ」の文字。
 忘れてた。急いで着信拒否にした。
 真相はわからないまま、冷めたカルボナーラを無理やり頬張った。
「それとね、落ちていく夢は、落ちきる前に目が覚めるのは悪いことじゃなくて、何かあるのを回避できるって意味もあるらしいよ。落ち切っちゃえばなんて言ってごめんね」
 櫻子が悪びれるふうもなく笑うのを、私は乾いた笑いで返した。
 ミキオを心底好きになる前で良かった。
 話し終えてた櫻子はデザートのアイスを食べながら、いつものように自分の彼氏の話を始めた。
 これで良かったのだと、思うことにしよう。
 知らなくていいことは、そのままに。


2023・11・24 猫田こぎん


 




11/21/2023, 12:28:39 AM

#宝物

 経験とか、記憶とか。宝物というと、そんな形のないものを思い浮かべる。
 今の私が一番大切にしたいと思っているものは、この平和な日常。
 いつ崩れるかわからないと常々思う。だって、何があるかわからないもの。
 地震や火事、天災、もしかしたら事故や病気。
 一瞬の不注意で全て失することだって容易にあり得るわけで。
 そうなると、「今が人生史上一番若い」のと同じく、「今が人生史上一番幸せ」と思っているから、この日々が一番の宝物ということになる。
 仕事を辞めて、真っ先に感じたのは、「嫌いな人に会わないってことがこんなにも幸せなものか」だった。
 職場に嫌いな人がいて、その人のせいでうつ病にもなった。
 いや、嫌い抜いているのならばいっそ良かったのかもしれない。なまじ「いいところもあるしな」なんて思っていたのがよくない。
 盲目的に他者を「良いもの」と思っていた頃は想像もしなかったけれど、他人なんて、心底嫌ってもいい。それが今ならわかる。
 私はどうしても自己に「ダメなところ」を探しがち。
 自分が悪いからあの人は私に対して不機嫌な態度を取るんだ、とか。
 自分が悪いからあの人は意地悪するんだ、とか。
 違うの。「あの人」がクソなだけ。本当にそれだけのことで、自分を責める必要はない。大抵の場合、原因は「あの人自身」にあって、こちらはとばっちりを受けているだけなのだ。
 仕事って、好むと好まざるとに関わりなく、人間関係を築かなくてはいけないじゃん。
 嫌いな人と一緒に働くことも多いし、好きな人とばかり仕事ができるわけでもない。
 だからさ、どう考えても毎日必ず嫌いな人と会うって生活は、やっぱり無理だよ。あはは。
 そういえば、前述の「あの人」に会わなくなって(仕事を辞めて)、新しく腰掛けパートを始めた時。
 前任者が、これまたハイパー性格合わないマンだったの。
 まさに「最も合わないタイプ」ってこういう人なのか!と開眼した。
 それまでの「二度と会いたくない人」なんてかわいいもんじゃん、って痛感するほどの、合わない人。
 前任者ということで職場に留まるわけではない(一緒に働くわけではない)けれど、引き継ぎされてるだけで無理で、しかも現場と院長で見えているものが違うというパターンの職場だったり、面接で言われた業務とは全く異なることを最低賃金でやらされそうだったんで、すぐに辞めた。
 うつ病が再燃してメタメタになってしまい、最終的には旦那さんに辞めることを伝えにいってもらうという体たらく。まあ、そもそもうつ病から寛解する前に働こうとしたのが間違いだったわけだけれど。
 そういう日々があって、今の引きこもり生活がかけがえのないものだと感じる。
 専業主婦って適正があるから、難しい人には難しいんだろうなと思うよ。やったことない人からは想像もできないことが日々山積するしね。きっとそんなにいいものじゃない(あくまでも向き不向きの話。向いている人には天国)。
 
 手垢のついた結末だけれども、家族が元気でいてくれることが、一番の幸せで、この生活が宝物だと思う。


2023・11・21
 
 

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