猫田こぎん

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#微熱

 まだ万全とはいかないけれど、ようやく高熱が下がった。微熱といったところか。
 人を好きになることを「熱を上げる」とはよく言ったものだ。確かに熱に浮かされたように相手のことしか見えなくなるし、自分の裁量で熱を冷ますことが難しい。
 タカシの好きな歌に「一目惚れはしない方なのに、あれはしちゃうよな」って歌詞があったけれど、一目惚れなんて落ちようと思って落ちるものではない。
 それを痛感したのが1年前の今日。
 付き合って1年目の記念日に、私は熱が冷めている。
 嫌いになったわけじゃない。あの頃の、身の焦がれるほどの熱い性欲を伴った愛情が、今は微熱程度なのだ。
 好きになりかけの頃、無自覚に、でも、なんとなく意識している時も、微熱っぽく感じることがある。
 急に高熱が出た私は冷めるのも早かった。
 告白して、付き合って、3ヶ月もしないうちに「あれ?」ってなって。
 そこからずっと惰性みたいな微熱が続いている。
 いわゆる倦怠期とやらが長丁場になって、これがいつものになった。
「付き合って1年かぁ。長かったような短かったような。今までありがとう。これからもよろしくな」
 記念日ディナーのテーブルの向こうでタカシがワインを掲げながら微笑んだ。
 私は小さく笑みながら、「こちらこそ」と言った。
「なんか、俺さ、ユリと一緒にいると心も体もふわふわ暖かくて幸せなんだ」
「え、なにそれ」
「なんだ、笑うなよ。1人のときはずっと永久凍土に閉じ込められてたみたいだったけど、ユリといろんな所へ遊びに行ったり、美味しいものを食べたり、気づいたらポカポカしている感じでさ」
 タカシの嬉しそうな顔を見て衝撃を受けた。
 私が微熱と感じていた煩わしさをタカシは幸せと感じていたなんて。
「最近はいつもの店、いつもの場所が増えて、それも嬉しいんだ。ユリといつもの所って約束できるの、なんかすごいなって」
 私が感じる倦怠期のだるさも目新しさのないデートも、そんなふうに思っているだなんて。
「ん?どうした?俺、変なこと言っちゃったかな」
「ううん。違うの」
 反省した。そうか、そういう見方もあったか、って。
「そうだね。タカシが幸せに思っててくれて嬉しいよ」
 熱は冷めていない。私はタカシが幸せだと、こんなにも嬉しいのだから。
「これからもよろしくお願いします」
 改まった顔で、タカシが深々と頭を下げた。
 人生は長いし、付き合いは始まったばかりだし。
 
 微熱のだるさも心地よさに変えて。

 この人と歩んでいくことになりそうだと感じた、1年目の記念日だった。



2023.11.27 猫田こぎん
 

11/27/2023, 12:19:04 AM